三十話 決意

 洞窟へと向かった片桐たちが、矢吹たちにやられてボロボロになって帰ってきた。

 問題児たちの中でも、それなりに喧嘩慣れしているヤツらだったが、洞窟の連中を甘く見ていたようだ。

 矢吹と浦賀との対立は知っている。二人の喧嘩話についても聞いたことがある。二人の実力が互角で、互いの身体の骨を何本か折った死闘だったという話は、三年なら殆どが知っていた。

 それでも、浦賀の手下が十人もいれば、矢吹もただではすまないはずだった。

 矢吹の見た目は、茶髪で少し人相の悪いヤツだが、仲間思いのいいヤツだと宮木は知っていた。浦賀の手下だろうと、病院などの設備がないこの場所で、容赦なく叩き潰すような真似はしない男だ。浦賀はその甘さを読んで、手下を差し向けたのだ。

 だが、帰ってきた片桐たちの報告は、まるで歯が立たなかったとのことだ。

 講堂内には校舎内の全員が集められ、片桐たち十人は今、壇上前に正座をさせられていた。それを、壇上から無表情の浦賀が椅子に座って見下ろしている。その手には刃渡り二十センチはある柳刃包丁が握られていた。

 浦賀が片桐たちに訊いた。

「それで、洞窟の奴らの二、三人は殺してきたんだろうな?」

「あ、あの猿計画では、一人が死にました」

「それは重畳。で、お前ら襲撃犯の成果は?」

「え? べ、別に更に俺たちが殺さなくても……。あの猿で一人死んだし……」

 焦って額に汗を滲ませて答える片桐。

 洞窟組の誰かが命を落とした……。矢吹が気に入らないからって、ここまでするなんて異常すぎる。

 浦賀は深くため息をついた。

「あー、そうだな。ソレに関しては俺が悪かったな。矢吹はともかく、他の連中の数人は殺してくるだろうって、勝手に俺が思っていただけだな」

「な、そこまでしなくても……」

 片桐グループの男子が言って、それを浦賀が半目で見た。

「……どうやら俺自身、務所に入っている間に、少し鈍っちまったようだ」

 浦賀はそう言って、柳刃包丁の切っ先を片桐へと向けた。

「ひぃ!」情けない声を出す片桐。

「お前らも知っているだろうが、俺は暴力団と繋がりがある。そこでの組の抗争は殺るか殺られるかだ。負けるにしても、必ず何人かを殺して痛手を負わせている。俺はそういう世界にいたんだよ」

 浦賀は包丁の切っ先を十人の間で行き来させた。

「失敗した者には大体死が待っている。役立たずは不要だからだ。ということで、お前らの中で誰か責任を負って死んで貰う事にする」

 講堂内がざわめいた。つまりは公開処刑というわけだ。

「ま、待ってくれ浦賀さん! 今度は絶対にやってくる! だから、今回は許してくれ!」

 必死に懇願する片桐だが、浦賀は聞く耳持たなかった。

 包丁の切っ先をまず片桐へと向けて、それから順番に動かしていく。

「だ、れ、に、し、よ、う、か、な」

 片桐たちは当然、講堂の全員も青褪めた。

「正気か浦賀! ここは暴力団じゃないんだ! バカな事はよすんだ!」

「そうだ! これ以上、こんな横暴を許すわけにはいかん!」

 教壇へと向かおうとしたのは数学の辻本と現代文の増田だった。が、彼らの前に菅原が立ちはだかった。相変わらず金属バットを持っていた。

「菅原先生! 何しているんですか! 浦賀を止めてください!」

 菅原は肩に金属バットを肩に乗せて「何で止める必要性があるんですか?」と不思議そうに首を傾げた。

「弱い者は淘汰される。浦賀は自然の摂理に従っているだけですよ。俺は浦賀にその事を教わった」

「何を言ってるんですか! 我々は教師なんですよ! 既に浦賀のせいで二人も亡くなっている! これ以上犠牲者を出してはいけないんです!」

 菅原は深くため息ついて、「辻本先生、増田先生、残念です」と言って、その手に持っていた金属バットを振り上げた。

「……え?」辻本の頭部へと、バットが思い切り振り下ろされ鈍い音がした。

 辻本の頭が陥没して、目玉が一つ飛び出ていた。

 うつ伏せに倒れ、動かなくなる辻本。

「……な、な、な」増田はそれを見て声にならないようだった。そして、その横顔に菅原は容赦なく金属バットをフルスイングした。

 増田は吹っ飛び、壁に身体を叩きつけられた後、床へと倒れそのまま動かなくなった。

 講堂内に悲鳴が響き渡ったが、菅原が「うるせーぞ! お前ら黙れ!」と一喝して静まり返らせる。

 咽び泣く女子生徒。恐怖で身体を震わせる男子。

 呆然となる残りの教師。

「浦賀、喧しいヤツは黙らせといてやったぜ」

「ああ、菅原センセーありがとよ。お前らも、センセーを見習えよな」

 そして、浦賀は続きを始めた。

「か、み、さ、ま、の」

「待ってくれ浦賀さん! あの洞窟には矢吹以外にも強いヤツがいたんだよ! 九条とかいう警備員と、あと、名前は知らねーけど二年の男子がやたらと強くて!」

 だが、浦賀は既に聞いてないようだった。菅原が九条の名前を聞いて、「九条っ!」と強く歯を噛み締めていた。

「い、う、と、お、り。ハイお前に決定ー」

 目の前に突きつけられた包丁に、その男子は顔を真っ青にして頭を横にをふった。

「か、勘弁してください! 何で俺が──」

 彼は最後まで言う事が出来なかった。浦賀がその喉に深々と包丁を突き立てたからだ。ゴボゴボと血の泡を口から吐き出し、周りに助けを求めようと手を伸ばすが、直ぐに横に倒れて動かなくなった。

「あ、あ、中山……」

 片桐たちは顔面蒼白で、それをただ呆然と見ていた。

 座り込み泣き出す生徒たち。肩を落とし、絶望に打ちひしがれる教師たち。

「……う、う、もうこんなとこイヤぁ」

「誰か……誰か助けてよ……」

「……終わりだ…。ハハ、ぼくたちはもう浦賀には抗えないんだ……」

 そんな彼らを見て、宮木は拳を握りしめた。

 ……俺がもたもたしていたせいで、犠牲者が多く出てしまった。

 もう迷ってられない。これ以上犠牲者を出してはいけない。

 宮木は決意をした。



 翌朝、宮木は校舎内の朝食の準備をしていた。

 手伝いをしている高田の顔色が悪い。昨晩の事がまだ尾を引いているのだろう。

「……大丈夫か?」

「大丈夫じゃないです……。僕、もう限界ですよ……」

 限界なのは高田だけではない筈だ。他の生徒たちの顔も暗くて、いつ自殺衝動に駆られてもおかしくない。

「先輩、高田にはわたしが付いてサポートします。先輩は仕込みの仕上げをお願いします」

 睦月が高田の隣に立ち、その背中をそっと優しく撫でた。

「ショックだろうけど、こんな時こそ美味しいもの食べて元気を出さないと。それが例え空元気だとしてもね」

 力強い言葉に宮木は驚いた。睦月は確かにどこか芯が強そうな所があったが、思った以上だった。

 一方で、倉崎の方はブツブツ何かを呟きながら林檎の皮を剥いている。彼女も高田と同じできっと昨晩の光景が忘れられないのだろう。瞼に力はなく、どこを見ているのかわからないので、手元が危なっかしい。

「……睦月、倉崎も頼むよ」

「はい。あっと、倉崎どこまで剥くのよ! 実がほとんどなくなるわよ!」

 慌てて倉崎のフォローへと入る。頼もしい事だ。

 宮木は睦月にまかせて、食糧庫に入った。そして、前日毒入りとそうでない食材を分けた段ボールの前に立ち、毒入りの蓋を開けた。

 ふと、違和感を覚えた。毒のあるキノコや植物が少ない気がした。

 誰かが毒物を持って行ったのか。

 ふと、背後に気配を感じて振り返ると、睦月がいた。

「先輩、どうしました?」

「……誰かが毒の食材を持ち出したみたいなんだ。ここは、鍵がかかっていて、部員しか鍵の場所は知らないはずなんだが、何か知らないか?」

「ああ、それなら科学部の人たちが猛獣撃退用に使えるかもってことで、わたしが少し渡したんです」

「そ、そうか。それならばいいんだが、そういう事は報告してしてくれ。物が物だけに、心臓に悪い」

「す、すいません! 今後はちゃんと気をつけます!」

 必死に謝る睦月を見て、宮木はため息をついた。

「もういいよ。それより、高田と倉崎は大丈夫なのか?」

「あ、すいません! 食材を取りに来たんでした!」

 睦月はトマトを手にして戻って行った。

 彼女が出て行ったのを確認して、宮木は毒の食材からソレを持ち出し、そして見た目は殆ど区別のつかない食材に紛れ込ませ、厨房へと戻り調理を再開する。

 出来上がったのは、猪の肉ステーキの和風キノコソースかけ、である。

 浦賀はとにかく肉を欲しがる。朝だろうと関係なかった。 

 ソースに入っている毒キノコは、ツキヨタケという椎茸に似たキノコである。倦怠感、嘔吐、下痢などの症状が出るものだ。下手をすれば死に至ることもある。単体でも椎茸に似ているが、宮木は更に細かくしてわからないようにした。後は、コレを浦賀や林、菅原に食べさせ、症状が出て弱ったところで逃げ出し、矢吹たちに助けを求めればいい。

 ここが正念場だ。

「先輩、全員分の食事完了しました」

 睦月が笑みを浮かべて言った。対して高田、倉崎は俯いていて表情がよく見えない。

 安心しろ。コレで終わらせる。

 そして、朝食の時間となった。

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