二十九話 影のヒーロー
兵藤が見つかったのは、捜索して二十分程してからだった。
どこかの茂みに隠れていた兵藤だが、校舎を襲った巨大蝿が現れて慌てて飛び出してきたのだ。
蝿は武装した生徒たちによって退治され、兵藤は縄で体を巻かれて洞窟内に連れてこられた。
「兵藤、てめえ何したかわかってんだろうな?」
兵藤を突き倒し、周りを囲んで殺気立つ男子たち。
「違うんだ! 話を聞いてくれ!」
兵藤は怯えた目で訴えた。
「何が違うんだよ! お前があの猿に石投げたせいで俺たちは殺されるとこだったんだぞ! 実際一人死んだんだ! どう責任取るんだよ!」
「わ、悪かったよ。だけど……」
「だけど何だ!」
兵藤は誰か助けてくれる者はいないか周りを見回した。だが、周りは皆敵意の視線を注いでいる。
その中で、神矢と目が合った。
「神矢! 頼む! 話を聞いてくれ!」
「てめえ馬鹿か! 神矢もてめえのせいで殺されそうになったんだ! 話なんか聞くか!」
「てめえには愛想が尽きたぜ!」
小山と田川が怒鳴った。
「とりあえず話してみろ」神矢の言葉に驚く一同。
「アホかお前! 話なんざ聞く必要ねーだろ!」
神矢は彼らを無視して、兵藤を顎で指して、話を促した。
「浦賀だよ! 俺は浦賀に無理矢理そうしろって言われたんだ! そうしないと彼女をどんな目にあわすかわからないって言われて! それでパニックを起こせって言われて……」
「彼女って?」神矢は訊ねた。
「俺の彼女だよ。三年の先輩だ。最近付き合うようになったんだ。地中に来て浦賀が学校を占領した時、先輩を人質にとられてこっちの動向を探るように指示された。そして、時期が来たらパニックを起こすように言われたんだ」
「……連絡とか取り合ってたのか?」
「……探索の時に、こっそりと校舎の連中と連絡を取り合っていた。相手は浦賀じゃなくその取り巻きのやつらだけどな。それで、一人女子を逃がしてそっちへ送るから、それを合図に混乱を起こせと言われたんだ」
それが木下というわけか。彼女は自力で逃げてきたわけではなかったのだ。浦賀の思惑通りに動いたに過ぎない。
なるほど。確かにしたたかさを持っている。
神矢は浦賀に対し、内心で舌打ちした。
「それでどう混乱を起こそうか考えていたら、あのオランウータンが現れた。怒らせば、みんなパニックになると思って俺は石を投げたんだ。動きは遅いだろうと、みんな走って逃げれば大丈夫だろうと思って。まさかこんなことになるなんて……」
「それでパニックになってその後の計画は?」
「……いやその後のことは聞かされていない。すぐにまた何かが起きると思うけど」
神矢は嫌な予感がした。それだけのしたたかさを浦賀がそんな中途半端な指示を与えるだろうか。
そもそも今回の騒ぎのオランウータンは偶然のはず。そう考えたが、神矢はまさかと思った。
あのオランウータンは偶然ではないのか。そういえば、手にバナナを持っていたが、アレであのオランウータンを洞窟前まで誘き寄せたのか。
そこで兵藤が何かするだろうと考えた。もし彼が何もしなければ、自分たちで何かすればいい。そういうことだったとしたら……。
今のこの状況。外の見張りは誰もいない。皆、兵藤へと視線を注いでいる。
これが浦賀の策略だったとしたら。
そう考えた時、外から洞窟へ向けて何かが幾つも投げこまれてきた。
投げ込まれたそれは、黒い筒のような物でゴキブリの絵が描いてあった。
バルサンだ。
バルサンから煙が噴き出し洞窟内に広がった。
咳込み、涙目になる一同。ただのバルサンではなく何か改良されているようだ。
「ちくしょう! 何だよこれ!」
「これ職員室にあったバルサンじゃない!」
鮎川が咳き込みながら言う。
「俺たちはゴキブリかよ!」
九条も怒鳴った。
とにかく洞窟内から脱出しようと、全員が外へと走った。
神矢は腕で口元を覆いながら少しだけその場に留まった。これだけの人数が出口に殺到すれば、転倒して怪我人が出てもおかしくない。
周囲を見回すと、矢吹と九条もそれを考えていたのか様子を見ていた。
「何してるの神矢君! 早く避難しないと!」
雪野と上原が口元をハンカチで覆い近づいてきた。
「雪野さん、上原さん、兵藤を頼むよ」
兵藤は腕ごと身体を縛られているため、顔を覆うことが出来ない。涙目になり煙に咽せたいた。
「わ、わかった」
雪野たちは兵藤を両側から支えて兵藤を連れだした。
「す、すまねぇ」
本当に申し訳なさそうに兵藤は謝った。
洞窟内に誰もいないのを確認し、神矢たちは目を合わせて頷いた。
そして、三人で最後洞窟を出た。
外に出て目にしたのは、一カ所に集められた生徒たちだった。
校舎で見かけた問題児グループが手にナイフや釘バットなどの武器を持ち生徒の前に立っている。
神矢たちが出てきたところで、問題児の十人が神矢たちを取り囲んだ。
「よう、矢吹」
金髪で耳と鼻に大きめのピアスをつけた不良が、矢吹の前に出た。
「……誰だお前?」
矢吹の言葉にその不良の目が釣り上がった。
「片桐だ! 同じクラスだろうが!」
「全く知らん」
片桐の顔がみるみる怒りで真っ赤になった。
「この野郎! なめやがって!」
矢吹に釘バットで殴りかかる片桐。その瞬間に矢吹は彼のバットを持つ手を蹴り上げた。宙を二回転してバットは、矢吹の手に渡る。
他の不良たちの視線が矢吹に注いだ。
機を逃さず、神矢、そして九条は動いた。
神矢はしゃがみ、近くにいた一人に後ろから足払いをかけた。間髪いれず、その横にいた不良にも足払いをかける。二人は後頭部を地面に打ちつけ悶絶した。
九条は一人の腕を掴み背負い投げで地面に叩き付け、その手から木刀を奪い、別の一人の横腹に叩きこんだ。
一瞬で四人がやられ戸惑う不良たち。
「な、何だこいつら?」
「要注意なのは矢吹だけじゃないのかよ!」
不良は残り六人。神矢、矢吹、九条に二人ずつ襲いかかってきた。
矢吹はあっさりと二人の攻撃を避け、腹や顔に拳に叩き込んで倒した。
木刀を持った九条も、襲い来る二人の手首を打ちつけ、腹を横から打ち据える。
神矢もまた一人の攻撃を軽く避けて顔に掌底を食らわし、もう一人には膝蹴りを腹に食らわした。
呆気なく十人の不良たちは撃沈した。
「す、すげえ。あの三人、一体何者だよ?」
洞窟の生徒たちも呆気に取られていた。
「矢吹さんが強いのは知ってる。九条さんが強いのも驚いたけど、それよりも何で神矢があんなに強いんだよ?」
クラスでは目立たない存在。ろくに話もしない根暗な生徒。何を考えているかわからない。そんな印象をクラスのみんな持っていたはずだった。そういう印象を植え付けるようにしていた。
みんなの視線が注がれる中、神矢は少し居心地悪くなって九条の後ろに隠れるようにして視線を避けた。
「お、おまえらこんなことしてただですむと思うなよ」
不良の一人がうずくまりながら吐き捨てた。
矢吹はそいつの目の前に立って訊ねた。
「あのオランウータンもお前らが仕掛けたのか?」
「……そうだよ。浦賀さんの指示に従ってやったんだ。あの人はすげえよ。あの猿の性格を利用して餌でおびき寄せお前らに一泡ふかせたんだからな。そこの兵藤も浦賀さんの思うように動いてくれたしな。あの人こそ最高の人だよ!」
「最高の人だと? 君たちは本気で言ってんのか? 浦賀のせいで死人が出ているんだぞ! そんな人殺しにおまえらはついていくのか!」
九条が怒鳴った。
「この世界じゃ強い人についていくしかないんだよ。浦賀さんについていけば俺たちは生き残れるんだ。それが俺たちの考えだ」
「なるほど。自分が生きるためなら他人のことはどうでもいいというわけか」
矢吹は冷めた口調で言った。
「まあ、その考えが間違っているとは言わん。それもこの世界ではありだしな。だが」
矢吹は突然、片桐の顔を殴った。
「俺の考えは別だ。ここでは協力しないと生きていけない。お前らがどうなろうが知ったことじゃないが、俺の仲間への攻撃は許さねえ。戻って浦賀に伝えろ。つまらん小細工はやめて、お前自身が来いってな」
片桐は殴られた頬に手を当てて、少し怯えながらも言い放った。
「い、いい気になんなよ。お前なんか浦賀さんの足元にも及ばねえ」
そして片桐たちは「覚えてやがれ!」と捨てぜりふを残して逃げて行った。
その背中に向けて、生徒たちは強気に言った。
「ばーか! おとといきやがれ!」
「帰るときに猛獣に喰われてしまえ!」
「次来る時は俺の本気を見せてやるよ!」
問題児たちが退散した後、九条と矢吹にみんな群がった。
「やっぱ矢吹さん凄ぇなぁ! みたかよあいつらの顔!」
「九条さんも強いじゃないですか! 剣道かなにかやってるんですか?」
「一番驚いたのが神矢だよ! 何だあいつ! 大人しそうなくせして目茶苦茶強いじゃねえか! オランウータン追っ払ったのも神矢だしよ! んで、その神矢はどこ行った?」
神矢はこうなることを見越して、森の木の影に隠れていた。こういうのは苦手だ。少し落ち着くまで避難していよう。神矢は少し目の付かない場所に移動することにした。
その後ろから声をかけられた。
「どこ行くの? 神矢君」
「ヒーローが何こそこそしてんのよ」
雪野と上原だった。
「……こういうの苦手なんだよ。ほとぼり冷めるまでちょっと辺りを探索してくる。みんなには適当に言っておいてくれないか」
神矢は頭を掻きながら言った。
二人は顔を見合わせた。
「うん。いいよ。適当に言っておく」
「控えめなヒーローねぇ。損な性格。ま、それがあんたらしいけど」
神矢は頭を掻きながら「……じゃ」と言ってその場を去った。
周囲を警戒しながら少し歩いて行くと、その先には小さいが澄んだ川が流れている。この川が給水所となっている。
そこで神矢は一息つくことにした。
ここならば見通しもそれなりにあるし、洞窟までも近い。何かあってもすぐに応援は呼べる。
神矢は近くの岩に腰掛け、体の力を抜いた。
ここに来て十四日余り。未だ救助が来る気配はない。
神矢は救助の見込みはないと思っていた。他のみんなも薄々感じているはずだろう。
救助がこないならば、自分たちの力でどうにかするしかない。どこまで出来るかわからないが、やれるだけのことはやろう。神矢は早い段階でそう決意していた。
ふと、神矢は両親のことを考えた。
ノイローゼの母親は今どうしているだろうか。海外に出張している父親は息子の事を聞いているだろうか。
今ここで地上のことを考えていても仕方ないが、考えずにはいられない。
神矢は頭上を見上げた。
地上では今どうなっているのだろうか?
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