二十七話 復讐

 矢吹龍哉は小学生の時から腕っ節が強く、常に頼れるクラスの頼れるリーダーだった。

 両親は矢吹が十歳の時に離婚。矢吹と九歳の妹は、母親の元へと引き取られた。

 離婚の原因は父親の酒癖が悪く、仕事での鬱憤を家族に当り散らすことだった。暴力こそ振るわなかったものの、言葉の暴力は容赦がなかった。

 十歳ながらに矢吹は、父親は負け犬になったのだと理解した。会社ではいつまでたってもうだつがあがらず、ただただ上司や同僚の悪口を言う。

 父親はアテにならない。父親のような弱い人間には絶対にならない。

 その思いが、矢吹を強い存在にした。

 中学生になってから、あえて髪を茶色に染めて周りの反感を買った。

 ガラの悪い他の生徒に目をつけられたが、全て返り討ちにした。上級生でも、矢吹には歯が立たなかった。

 それでいて、矢吹は決して弱い者イジメなどはしなかった。むしろ、他の生徒たちに「弱者をいたぶって満足してるヤツは、器が小せえのを露呈しているのと同じだ」と言い聞かせていた。

 次第に、矢吹の周りには人が集まった。

 表立って悪さをすることもないため、教師たちもそこまで問題視はしなかった。

 矢吹が中学三年の時、同じ学校に浦賀直人が転校してきた。

 浦賀は異質な雰囲気を纏っていた。

 背が高く面長の顔で、腕に絡みつく蛇の刺青をしていた。我侭で粗暴、誰もが彼に近づかなかった。

 問題児グループは当然そんな彼に目をつけた。生意気だという理由で。

 だが、それは三日ともたなかった。

 一日目で五人。次の日に十人。三日目で残り全部が病院送りにされたのである。

 こうして、浦賀は問題児たちのトップへと踊り出た。さらにそれだけではなく、浦賀は頭がよく、テストなどでは学年の上位にいた。

 数日後、その事を巡って事件が起きた。

 勉強などしているように見えない浦賀に、カンニングしているだろうとある男性教師は決めつけたのだ。

 その教師は柔道の段持ちで幾多の不良を更正させてきていた。浦賀をも更正させようとしたのだろう。

 そんな彼は今、車椅子での生活を与儀なくしている。

 浦賀が彼を刺したからだ。神経に傷がつき、下半身不随となった。

 その時の浦賀は警察に補導されている。傷害罪ではあったが何故か補導で済んだらしい。その背景には暴力団との繋がりが大きく影響していた。

 その事があってからは誰も彼に注意する者はいなくなった。

 中学を卒業した後、何の因果か、矢吹と浦賀は同じ高校へ進学した。

 高校に入ってからは、浦賀と些細な衝突がしばしば起きた。

 矢吹に対して、嫌がらせをし始めたのだ。

 中学の時から気にいらなかったと言う。矢吹をやろうとした時に補導をされてしまったと、浦賀本人が不適な態度で言ったことがあった。

 一度、お互いに本気でやりあったことがある。

 矢吹は、肋骨を三本に手首骨折、十針以上を縫う切り傷が数ヶ所という重傷をおった。浦賀も似たような重傷をおっている。殺し合いのようなものだった。

 その時以来、矢吹も周囲から危険な生徒として扱われるようになった。

 仲良くしていた仲間は、浦賀の嫌がらせで次々と矢吹から離れていった。

 矢吹もまたこれ以上仲間を傷つけたくなかった。だから、なるべく一人でいることにしたが、一部の矢吹を慕う仲間たちは浦賀の嫌がらせにも屈せずに離れなかった。

 浦賀はとにかく全てに強欲であり、陰湿だった。金に関しても、女に関しても、地位に関してもありとあらゆる手で奪いとった。残った仲間も、家族を脅されるようになり悔し涙を流して矢吹の元から去っていった。

 仲間はもういない。浦賀が奪い取るものは何一つないと思っていた。

 高校二年の冬に事件が起きた。矢吹の妹が行方不明になったのだ。直ぐに警察へと連絡したが、見た目に問題がある矢吹に対して、警察はろくに取り合わなかった。

 そして、妹は数日後に川の土手で全裸の死体となって発見された。

 強姦殺人だった。

 犯人は暴力団の数人だった。他にも関与している人物がいないか警察は調査している。

 現実を受け入れられず、放心状態のまま葬式が行われた。

 式の終わりの時に、外で放心状態でいると浦賀が顔を見せた。

 そして、矢吹にお悔やみの文句を言うどころか舌なめずりしてこう言い放って去った。

「お前の妹、うまかったぜ。最後の相手が俺で本望だろうよ」

 その言葉の意味がすぐには理解できなかった。理解して追いかけた時には浦賀はもういなかった。

 その夜、矢吹は浦賀を殺す事を決意した。

 復讐を決意したが、この時、浦賀は別の傷害事件で警察に連れていかれていた。

 憎悪を溜め、浦賀が戻ってくるのを待った。

 そして、三年の夏休み。浦賀は補習のため学校にやってくると聞いていた。チャンスだった。妹を蹂躙した浦賀に報いを受けさせてやる。

 そう思った矢先、校舎は地中へと沈んだのだった。


 矢吹の話を神矢は黙って聞いていた。

 かける言葉がなかった。矢吹自身も、そんなつもりで話したわけではないだろう。

 タバコをふかして、地面に擦り付けて消した後、矢吹は神矢を見た。

「俺はあいつを殺す。絶対にな。邪魔すんなよ」

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