二十六話 凶行

 木下あずさが逃亡した三日前。

 この日は浦賀の指示で全員が講堂へと集められた。出入り口の扉には鉄パイプを持った林と、金属バットを持った菅原がいた。二人はこれから何が行われるかを知っているのか、ニヤついた笑みを浮かべていた。

 浦賀は講堂の教壇へ立ち、笑みを浮かべて言った。

「さて、今回みんなに集まって貰ったのは他でもない。実はな、面白いゲームを思いついたんだ。それをみんなでやろうと思うんだよ」

 全員が耳を疑った。言っている意味がわからない。

「ゲームだと? こんな時に何を言っているんだ?」

「こんな時だからこそ、息抜きが必要だ。毎日危険なジャングルの探索や戦闘訓練で疲れているだろう。俺はな、みんなに息抜きをして欲しいんだよ」

 浦賀の言葉に、顔を見合わせる教師と生徒たち。

 暴君だと思っていたが、意外とみんなの事を考えているのか。そう考えた者は多かった。

「ゲームはしりとりだ」

 全員訝しげになった。それのどこが面白いゲームだというのだろうか。

「しりとり自体はごく普通のしりとりだ。だが、負けた者には罰ゲームが待っている」

 それを聞いて、嫌な予感がした。浦賀が考える罰ゲームがまともなはずはない。そして、それは案の定だった。

 浦賀は教卓の上に、段ボールを置いて中に入っていたソレを取り出した。

 ソレを見て、女子たちが悲鳴を上げた。アダルトグッズであるディルドだ。問題児たちが所持していたものである。

「んな、な、何を考えているんだ! そんなものどうするつもりだ!」

 数学の辻本が抗議した。

「しりとりって言っだろ? つまり、負けたヤツはこいつをケツに突っ込まれるってわけだ。言っておくが男も女も関係ねーからな」

 全員の顔が青褪めた。

「い、イカれてる……」

「じょ、冗談じゃないぞ! 誰がそんなことするか!」

「そうよそうよ! そんなことできるわけないでしょう!」

 みんなの怒りの声に、浦賀の顔に笑みが浮かんだ。

「そうか。お前ら、俺がせっかく考えたゲームを拒否するのかよ。まあ、そういう反応は当然だな。だが、お前らはこのゲームをしなければならない理由がある」

 浦賀はそう言って、一本の小瓶を手に持って見せた。

「コイツは解毒薬だ。実は、お前らが朝食べた料理の中の一つに、俺が毒入りの食材を入れたんだ。遅効性の毒で、手足が痙攣し嘔吐して意識が混濁し最後に死に至るものだ。しりとりが終わったらコレをやる」

 絶句する一同。誰がその毒を食べたのかはわからない。自分かもしれない。仲の良い誰かかもしれない。

 浦賀の言いなりになるしかなかった。

 そして、しりとりが始められた。みな必死だった。みんなの前で尻にディルドを突っ込まれるなど、羞恥と屈辱の極みだ。

 次々としりとりが続けられ、言葉がなくなるにつれ、やがてその一人が決まった。

 一年の男子生徒だった。

「い、嫌だ嫌だ嫌だ! やめろ! やめてくれ!」

 必死に抵抗したが、問題児たちに押さえつけられズボンを脱がされ、そして悲鳴が室内に響いた。

 みんな目を閉じて見ないようにしたが、浦賀がそれを許さなかった。

「うははは! てめえらしっかり見ろよ! 見ないとお前らも同じ目に合わせるぞ!」

 見るしかなかった。男子は泣き喚き、見ないでくれと懇願していた。

 浦賀は一回のしりとりで爆笑して満足したらしい。

「あー面白かった。んじゃ、解散していいぞ」

「ちょ、ちょっと! 解毒薬は!」

「ああ、そんなもんねーよ。コレはただの水だ。そもそも、毒入れたってのが、嘘なんだよ」

 全員が茫然となった。そんな嘘に踊らされて、こんなことをやらされたというのか。

「いいねいいね、その顔。ドッキリ大成功だ」

 愉快そうに言う浦賀に、怒りの視線を向ける生徒たちだったが、鉄パイプの林と金属バットの菅原が浦賀の前に立ったために、直ぐに目を逸らした。

 歯向かうことは出来なかった。

 その夜、被害にあった一年の男子が校舎の三階窓から飛び降りて自殺した。名前を、杉浦良太すぎうらりょうたといった。

 女子生徒たちは我慢がならなかった。今回は何とかのがれたものの、いつ同じような事が起きるかわからない。こんな所にはいられなかった。

 翌朝、彼女たちは校舎を出る決意をした。一人が見張りを誘き寄せている間に逃げようとしたが、その先に何故か浦賀が待ち構えていた。

「逃げようとすると思ったぜ。お前たち女には大事な仕事があるから、逃げられると困るんだよ」

「う、浦賀くん、こんな事はもうやめなさい!」

 吹奏楽の飯田が、一歩前に出て言った。

「あ、でもお前はいいや。オバハン相手だと勃つもんも勃たないし、いらね」

 次の瞬間、銀色の筋が空を描いた。

 飯田の喉笛が横に裂けて、とめどなく血が流れ出てくる。

 浦賀が、飯田の首をナイフで掻き切ったのだ。

 その場に倒れ、首からゴボゴボと血の泡を流し、助けを求めようと手を伸ばすも、直ぐに彼女の目からは生気が消えた。

 あまりに突然で容赦のない浦賀に、女子たちは恐怖して動けなくなった。

 そして、ここらかは逃げられないと諦めたのである。



 だが、彼女たちの中に一人決意をした目の女子がいた。

 その手に握られていたのは、昨晩自殺した生徒の制服のボタンだった。



 木下の話を聞いて、全員言葉を失っていた。

「……だけど、お前はどうして逃げ出せたんだ?」

 男子の問いに、木下は自分の身体を抱き抱え、絞り出すように言った。

「……見張りをしていたヤツらが、外でヤりたいなんて言い出したのよ。命がかかった危険な場所でするのが興奮するとかでね。どいつもこいつも、浦賀に影響されておかしくなってる」

 そして、その最中に近くの茂みが揺れて、男たちが慌てている隙に、木下は逃げ出したということだった。

 木下は涙を流していた。自分の体を抱えるようにして震えている。

「やっぱり浦賀がヤバイって話は本当だったんだ……」

「何でそんなヤツがうちの学校にいるのよ……」

「俺たちこっちに来て良かったな」

 矢吹が口々に言う生徒たちに言った。

「今ここでそんなことを言っても仕方ないだろうが。あいつは、暴走し出すと歯止めが利かないぞ。そのうちここにも攻めてくるだろう」

 その言葉に、この場にいる全員が凍りついた。

「じょ、冗談だろ? 何でここまで来るんだよ?」

「言っただろう。歯止めが利かないって。校舎一つ手中にしたところで満足するようなヤツじゃないんだよ。この洞窟も奪いにくるぞ」

 神矢は矢吹に訊ねた。

「……その浦賀って人、良く知ってるんですか?」

 矢吹は冷たい目をして神矢を見た。そこに浮かんだ色は、憎悪だろうか。背筋がゾクリとした。

「ああ。よく知ってるよ。あいつは俺の妹を殺したヤツだからな」

 衝撃的な発言に、またみな騒然となった。

 矢吹もまた言ってから口元を押え、後悔した顔になった。

「……そういや、人を殺したことがあるって噂があったけど、それが矢吹さんの妹?」

 言った生徒を矢吹は睨みつけた。

「それは別の話だろうな。とにかく、あいつは強欲だ。攻めてくる前に色々と対処しておいた方がいい」

 矢吹は不愉快そうに言って、背を向け外に出ていった。

 洞窟内は依然として騒然となったままだ。

「矢吹さんの様子を見てきます」

 神矢が言うと、九条も「俺も行こうか」と聞いてきたので首を横に振った。

「わかった。彼、感情的になってるかもしれないし気をつけろよ」

 九条の忠告に神矢は頷いた。

 外に出て辺りを見回すと、横手にある樹にもたれ掛かってタバコを吸っている矢吹がいた。

「……それ、どうしたんです?」神矢はタバコのことを訊ねた。

「職員室にあったやつだ。校舎を出る前に貰ってきたんだよ。で、何しに来た?」

「様子見に来ただけです。大丈夫そうなんで戻りますね」

 神矢は言って戻ろうとした。すると、矢吹がタバコをふかして、神矢を見た。

「何も聞かないんだな。てっきり、事情でも聞きにきたのかと思ったが」

「聞いて欲しいんですか?」

「……相変わらず生意気なヤツだ」矢吹は苦笑した。「やっぱり、お前は他の連中と少し違う」

「何が違うんです?」

「何が違うかは自分でよくわかってるんじゃないのか。……まあいい。少しだけ話してやるよ。聞いていけ」

 神矢は黙って矢吹の話をきくことにした。

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