二十五話 逃亡者

 地底生活十四日目の朝。

 洞窟内の生活にもかなり慣れた。

 ここにきて、かなり探索の成果が表れていた。食材の種類が増えたのだ。バナナ、ミカン、ブドウなどの果物の他に、ジャガイモやトマトの野菜までもが見つかった。

 ジャングルにこんなものが自生するなど不思議で仕方なかったが、やはり考えても無駄なので気にしないことにする。

 洞窟内では、食事の準備をしたり洗濯をする女子たちがいる。指示を出し、一緒に行動する矢吹や九条がいる。だが、一方でこの生活に慣れてきた者の中には全く働かずに事の成り行きに身を任す生徒もいた。

「ちょっとあんたたちも動きなさいよ!」

 怒る女子生徒に、その生徒の一人が、鼻でフっと笑い、

「なあ、働き蟻の法則というのをお前らは知っているか?」

 そんな事を言い出した。お世辞にも賢そうには見えないが、そういうのに限って余計な知識を得ていたりする。

 働き蟻の法則。働き蟻のうち、良く働く蟻と、普通に働く蟻と、全く働かない蟻が2:6:2の割合になっている。良く働く蟻だけを残して他を排除しても、また同じ割合になるという法則だ。

「オレらはあえて働かない蟻になってんの。自然の摂理ってヤツだ」

 そんな事をのたまう彼らは問題児グループの一つだった。笑いながら近くに積まれた果物の一つに手を伸ばす。

 突然その肩を掴み後ろに引き倒した生徒がいた。

 矢吹だった。

「いってぇな! いきなり何しやがる!」

「働かないくせに食料に手をつけるな。何様だお前は?」

 睨み付ける矢吹。彼らはその迫力に負け、押し黙った。

「ここで生き延びたければ働け。俺らと一緒が嫌なら校舎の連中の仲間に入れてもらうんだな」

 彼らは口をつぐんで顔を見合わせた。

「……わかったよ。やりゃいいんだろ」

 渋々といった感じで周囲の生徒を手伝う。

「……やっぱり頼りになるわね。さすがリーダーって感じね」

 神矢の後ろから声がした。振り向くと上原と雪野がいた。

「神矢、朝食まだだよね? はい、これ」

 上原が林檎を放り投げた。

「ん、ああ。ありがとう」

「あとこれも」雪野がペットボトルに入ったミツアリの蜜を渡した。

 最近彼女たちがやたらと神矢に対して親切だった。

 学校ではろくに会話などしたことがないのだが、彼女たちの命を助けたのだから、それの礼だろうと神矢は解釈していた。

「お、いいなー神矢君は。俺には何もないのかい?」九条が細い枝を束ねた薪木を肩に担いで運んできた。

「九条さんはこれ」雪野が渡したのは昨晩の焼き魚の残りだった。

「夜は寒いし、悪くなってないと思いますよ」

「はっはっは、神矢君と扱いが全然違うぞ? 何故だ?」

「別に深い意味はないですよ。ね、綾ちゃん」

「そうですよ。神矢には命助けられたし」

 上原はちらりと神矢を見て言った。

 彼らのそんなやり取りを横目で見てから視線を矢吹に戻すと、丁度こちらへと近づいてくるところだった。

「神矢、ちょっとついて来い。それとあんたもだ」

 矢吹は神矢と九条に言った。「話がある」

 神矢は九条と顔を見合わせ「わかった」と答えた。

 矢吹は洞窟の奥、三叉路真ん中へと向かった。数日前、菅原たちが女子たちに乱暴しようとした場所だ。

「こんなところまで連れてきて何ですか?」

「ここに来て何か感じないか?」

 矢吹は腕を組んで尋ねた。

「……何かって。霊的なもんなら俺はさっぱりだぞ」と九条。

 神矢も何も感じないと言おうとして、やめた。

「何だ、この音」

 僅かに、地響きのような、岩と岩が擦れるような音がする。

「確かに聞こえるな。だが、言われなければ気づかんぞ」九条も聞き取れたらしい。

「オレも最初は気づかなかったんだが、どうやら周期的に鳴っているみたいだ。次は壁を触ってみろ」

 命令口調で言う矢吹。九条も神矢も気にせずに言われた通りにした。

 壁に手を当てると振動が感じられた。

「この振動も周期的にですか?」神矢が尋ねると、矢吹は頷いた。

「これが何だ? 何か問題があるのか」九条が聞いた。

「さあな。だからお前らを呼んだ。どう思う?」

「どうって言われても……。なあ?」

 九条は神矢を見てきた。

 神矢は顎に手を当てて少し考えた。

 周期的に聞こえる振動と音。ここが地中内にある空間ならばその空間の外から聞こえるものは、プレートが動いているからではないのか。だが、やはり所詮素人の仮説なので、何とも言えない。

「何でこれを俺たちに?」

「これに気づいたのは俺だけだ。他の連中には言っても無駄だと判断した。気にするほどの事ではない、とか言われるのがオチだしな。お前らなら、何か意見が聞けると思った」

 それは、神矢と九条を高く評価してくれているということだろうか。

「買い被りだな。俺も他の連中と一緒だよ。気にするほどの事じゃないと思う。何となく、嫌な感じはするがな」

「それだよ」矢吹は九条を顎でしゃくった。「俺も何がどう気になるのかはわからない。だが、何となく嫌な感じがする。そういった意見が聞きたかったんだ」

 神矢も頷いた。「確かに…。嫌な感じですね。何かの腹の中にいるような……」

「おいおい、生き物の中だってのか?」九条が嫌な顔をした。

「例えですよ。もっとも地中なんだから地球の腹の中と言ってもいいんじゃないですか?」

「ふむ。うまい例えだな。と、感心してる場合じゃないな。このことはみんなには伝えないのか?」

「とりあえずは黙っておきましょう。ただ嫌な感じというだけでは、どうしようもないし。いたずらにみんなを不安にさせることはない」

 神矢はもう一度壁を触って言った。

 九条と矢吹は頷いた。

 その時、皆がいる所から矢吹を呼ぶ声が聞こえた。

「矢吹さん! どこですか! 大変です!」

 神矢たち三人が急いで戻ると、生徒たちが一カ所に群がっていた。

「何だ? 何があった?」矢吹の姿を見ると、彼らは道を開けた。女生徒が一人仰向けに寝かされていた。

 見張りをしていた三年の男子が言った。

「外で見張りをしていたら走ってきて、目の前で急に倒れたんだ。俺と同じ三年で同じクラスの木下あずさだよ。確か、校舎の奴らと一緒にいたはずだけど」

 神矢たちは彼女を見た。制服はあちこちが破け、肌が露出している。痣のような傷も見受けられた。

 校舎を占領した連中に乱暴されたのか、と誰もが思った。

 木下が呻き声をあげて、目を薄く開いた。何回か瞬きをして、目をはっきりと見開いた。その目には恐怖の色が浮かんでいた。

「い、いや、来ないで! あっち行って!」

 座ったまま後ずさりをして壁を背にする木下。

 鮎川がそっと近づいて言った。

「落ち着いて木下さん。何があったの?」

 彼女は震えたまま、恐怖に怯えた目のまま、首を横に振るだけだった。

「……男は少し、離れて様子を見よう。お前ら女は彼女を宥めてくれ」

 矢吹の言葉に従い、男子生徒たちは木下から離れて持ち場についたり作業の続きをし、女子生徒たちは彼女が落ち着くまで優しい声をかけたり、飲み物を渡したりして待った。

 やがて、少し落ち着きを取り戻した木下は、校舎でのことを話し始めた。

「……あいつら……特にあの浦賀は段々とエスカレートしてるの……。もうやりたい放題よ。最初はまだ食料を分けてくれたりしてそれなりにしてくれてたけど、じょじょに本性を現したわ。女生徒は性奴隷扱いしだすし口答えすれば乱暴されるし。男子生徒と菅原も浦賀の言いなりだし……」

 その名前を聞いて、全員が驚いた。

「菅原だと! アイツ生きてやがったのか!」

「数日前に校舎に戻ってきたのよ。そして、浦賀の手下に成り下がったの」

 教師が生徒の手下になるなんてあるのか。浦賀はそれ程の男なのか。

「……だけど、菅原はただの筋肉バカだから何とでもなるだろ」

「とんでもないわよ! アイツ浦賀に命令されて探索によく行ってて、今ではめちゃくちゃ強くなったんだから!」

「そ、そうなのか? 確かにあの筋肉は侮りがたいモノがあったけど」

「とにかく、アイツらの所はみんなもう嫌なのよ!」

 ヒステリックに叫ぶ木下。

「そんな所早く逃げ出してこっちくれば良かったじゃねーか」

 誰かが言ったその言葉に、木下はみんなを睨み付けた。

「数日前に逃げようとしたわよ! だけど、飯田先生が見せしめに殺されたのよ!」

「……え? 飯田先生が?」

「そうよ。それに彼女だけじゃないわ。浦賀のせいで一年の男子も自殺したのよ」

 衝撃的な発言に、一同はざわめいた。

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