二十四話 三つ巴

 程なくして矢吹と九条がやってきた。手には武器となるサバイバルナイフが握られていた。

 洞窟メンバーは警戒態勢を取り、竹や太い枝の先端を尖らせたバリケードを洞窟前に設置して、相手の出方を伺っていた。

「……にしても、デカいナメクジに、デカいカエルに、デカいミミズか、気持ち悪いな」

 と、九条も顰めっ面だ。

 壁面にぬらりと粘液の跡を残して動くナメクジに、九条は顔を顰めた。ナメクジの数は五匹程。サイズは、小型犬くらいだろうか。

「無理無理無理無理! 塩ないの塩!」雪野がナメクジを見て少しパニックに陥っている。

「ミミズもヤバいぞ。というか、あれミミズか?」

 矢吹が顔を少し引き攣らせた。

「ヤバいって! あのミミズマジで気持ち悪いって! 鮫島! 兵藤! あんたたち何とかしなさいよ!」

 上原が涙目になって鮫島たちをけしかけている。

 二人は高速で首を横に振っていた。

 ミミズ、というよりは、イソメのような生物だった。うねうねとムカデのような足を蠢かせており、そのサイズは人間の腕程あった。イソメは海岸沿いなどに生息しているものだが、ここでは地中にも生息しているらしい。七匹程が地中から頭部を覗かせている。

 そのイソメに近づいてくる生物がいた。

 中型犬程のサイズのカエルだった。ヤドクガエルのようなカラフルで赤と黒が混ざったような色をしている。その数三匹。

 カエルがイソメの近くまで近づこうとするが、その視線をナメクジへと向けた。

 そのナメクジは洞窟入り口にまで迫ってきている。ナメクジを捕食対象として捉えたのだろうか。

 本来、カエルはナメクジのように鈍重な動きをする生物を捕食する確率は低い。動きのあるものに対して、本能的に襲い掛かるのだ。

 ここのカエルは違うのだろうか。

「う、動きが遅いナメクジならオレでも勝てるわ!」

 鮫島が竹槍を持ってナメクジへと突き刺そうとした。瞬間、ナメクジがその身をよじって竹槍を避けた。

「……は?」

 信じられないものを見て、鮫島は呆気に取られた。いや、鮫島だけではない。その場にいた全員が、その動きに驚愕した。

 ナメクジは突き出された竹に絡みついて、その先端を口へと運んだ。

「は、離せこの!」

 鮫島が竹槍を無理矢理引くと、その先端は溶けていた。

「ヤバいヤバいヤバい!」

 地面にへたり込んで、鮫島は後ずさった。

 キシキシと何か音がした。その音にナメクジの動きのが止まり、音がした方をその触覚みたいな目で見る。

 イソメが鳴らした後だった。どこをどう鳴らしているのか不明だが、ナメクジはそれに反応してしているようだ。

 三種類の生物の動きが止まった。互いが互いを牽制しているように、見合っている。

「……この構図って、三竦み状態か?」

 九条が言った。

 確かに似てはいる。ヘビではなくて、一匹はイソメだが。

 少しの間、膠着状態が続いた。

 先に動いたのはナメクジだった。その動きにまた神矢たちは度肝を抜かれた。

 泥濘の地面などものともせず、ナメクジとは思えない凄まじいスピードで蛙へと向かって行ったのだ。目測でおよそ時速三十キロは出ていると思われた。

 その秘密は身体から出している粘液のようだった。多量に分泌させて、その身をくねらせ滑らせるようにして進んでいるのだ。

「うおお、まるでローションで滑る泡姫のようだ!」

「なんつー例えしてんだ! 世の泡姫に謝れ!」

 兵藤が下ネタな例えをして、周りにつっこまれている。

 しかし、何故ナメクジはカエルに向かったのか。音を出していたのはイソメだというのに。

 カエルは逃げるようにナメクジに背を向けて飛び跳ねた。が、間に合わずナメクジに追いつかれしがみつかれた。

 ナメクジがカエルの身体にその口をつけた。たちまちその場所が溶解して、ナメクジによる捕食が始まった。

「う、ウソだろ? ナメクジがカエルを食うのかよ?」

 カエルの捕食をしているナメクジに、今度はイソメが襲いかかった。ナメクジの身体に鋭い顎で噛み付き、ジュルジュルと液体を飲むかのように吸い始めた。

 そして、今度は別のカエルがそのイソメに食いつくといった三つ巴が始まった。

「……なんつーキモい戦いだよ」

 さすがの矢吹も顔が引き攣っていた。

 雪野と上原及び、女子たちは完全に目を逸らして、「あ、今日は肌しっとりだね。雨のせいかなー」「また髪の毛洗いたいねー。後で温泉いこーね」などと、現実逃避していた。

 しばらくして、三つ巴の戦いは決着が着いた。

「……泥塗れの戦いだっただけに、ドローに終わったな」

 兵藤のくだらないセリフはともかく、三種類の生物の戦いは互いの全滅だった。

 どの生物も襲って来られたら厄介そうだったから、結果的にコレで良かったのだが……。

「だけどよ、アレあのまま放置しておくわけにはいかないよな? 死骸にまた変な生き物が集まってきても厄介だし」

 心底嫌そうに言う九条の肩を矢吹が叩く。

「こういう時こそ警備員の出番だぜ」

「地上ではもう警備員はクビになってるだろうし、もう違うぞ? こういうのは、やっぱりリーダーとしての気質が問われると俺は思うんだ」

 かくして、気持ち悪い生物の処理の押し付け合いが始まった。


 竹の繊維で編んだ作りかけのベッドが担架のような形だったため、それを利用して、巨大ガエルたちの死骸を運ぶ事になった。

 作業員は、やはりというか神矢と九条と矢吹になった。河野も手伝おうとしてくれたのだが、地面で転んで泥まみれになったので、泣く泣く今は洞窟奥のトイレで洗濯中である。

 素手で触るわけにもいかないので、竹や木の棒で死骸を上手く転がして担架に乗せる。

「全く何でもかんでも俺たちにやらせやがってよ! 腰抜けどもが!」

 おぞましい戦いを見ていた男子たちは完全に腰がひけていて、カエルたちの処理を全力で拒否したのだ。

 その時の一部始終を思い出し、神矢はため息をついた。

「お前らアレの処理を手伝え」そう言った矢吹の言葉に全員が嫌な顔をした。

「お前に譲るよ」「いやいや、お前がやれよ」「遠慮するなよ」とお互いに、押し付け合っていた。

「か、神矢がやりたそうな顔してますよ、ホラ」

 鮫島が言って、兵藤、田川、小山がそれに便乗した。

「こういうの神矢得意だろ? な?」

「教室で飼ってた金魚の死体を埋めたことあるよな? ホラお手のもんじゃん」

 どこをどう考えたら、アレの死骸と金魚の死骸を同列に並べられるのか。

 どっちみち早く処理しないと、九条の言う通り厄介な事になっても困る。

 仕方なく神矢がやる羽目になったのだが、九条と矢吹も仕方なさそうな顔で手伝ってくれた。

 竹棒でイソメを担架に転がして矢吹が言う。

「神矢、なんでアイツらに文句を言わない。お前の実力なら黙らせるのもわけないだろう。コレの処理もアイツらにやらせりゃ良かったんだよ」

「……アイツらがちゃんと処理すると思います?」

 神矢が言うと、矢吹は「あー絶対中途半端に処理するな」と納得顔になった。

 そこに九条が話に加わる。

「だからと言って神矢くんがする必要ないだろう。前にも言ったが、君は全部一人でやろうとしすぎだ」

「九条さんたちが手伝ってくれているじゃないですか」

「当たり前だろ。こんなモン一人でやらせるわけがない」

 矢吹が眉を寄せて、神矢をジロリと見た。

「……おい、まさか、オレたちが手伝うのを見越していたんじゃないだろうな」

 それに対して神矢は、

「二人を信頼してますから」と言った。

 その言葉に自分で驚いた。信頼? 他人を? まさか自分がそんな言葉を使うとは思わなかった。

「モノは言いようだな。まあいい。ちゃっちゃと片付けるぞ」

 カエルたちの死骸は、ピラニアなどが住む川に流す事にした。

 バシャバシャと水面が弾けるように、何かがカエルたちの死骸へと群がって行く。見ていて気持ちいいものではないので、神矢たちは早々に洞窟へと戻った。

 


 洞窟に戻ると女子たちが申し訳無さそうに出迎えてくれた。

「神矢くん、九条さんも矢吹さんもゴメンなさい。この埋め合わせは必ず」

 手を合わして謝る雪野。

「神矢たちの食事は美味しいモノを作るから、ね?」と、上原も片手で謝り、ウインクしてくる。

 そんな女子たちに、矢吹と九条は苦笑した。

「かまわねーよ。さすがにアレを女子にやらす訳にはいかないからな」

「まあ、飯に期待させてもらうよ」

 彼女たちがホッとして、次いで男子たちを冷めた目で見た。

「それに比べて、他の男子たちは肝心な時に役に立たないわね。三人を見習いなさいよ」

「そーよそーよ! 情けないったらありゃしない!」

 居た堪れない雰囲気になっているところに、矢吹は大きな声を出した。

「この際だから、お前らにハッキリ言っておく事がある! 今はオレがリーダーだが、副リーダーも必要だと判断した! よって、九条と神矢を副リーダーにする!」

 突然の宣言に、神矢たちは慌てた。

「おいおい! 聞いてないぞ!」

「矢吹さん、いきなり何トチ狂ってるんですか。まさか、さっきのカエルの毒にやられたんじゃ?」

「今言ったからな。少し前からお前たちが適任だと思っていたんだよ。……というか神矢、お前、時々オレに対して度胸ある発言するよな。まあ、そういう所含めて適任だと判断したんだが」

 矢吹の宣言に洞窟組にも動揺が広まる。特に問題児たちには納得できないようだ。

「矢吹さん! 何でそいつらなんですか! 俺たちでは役不足だっていうんですか!」

「まあ、お前らもそれなりにはやってくれているが、やはり俺の肩腕としては役不足だ。納得いかないと言うならコイツらと勝負したらどうだ?」

「勝負? ソイツらをボコボコにすればいいんですか?」

 冗談ではなない。神矢はあからさまに嫌な顔をした。負ける気は毛頭ないが、それで勝てばまた目立つではないか。面倒くさい事になる前に、神矢は矢吹に言った。

「オレは辞退しますよ。ここはやはり、良識のある大人の九条さんが適任だと思います」

「うぉい! そりゃないぜ神矢くん!」

「……ふむ。まあ、いいだろう。菅原を倒した実績もあるしな。九条、アンタを副リーダーに命ずる」

「勝手に話を進めるなよ……」九条は頭を掻いた。そして、仕方なさそうに言った。

「まあ、しゃーないか」

 そして神矢は副リーダーの座を逃れ、九条が副リーダーへとなった。


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