二十三話 休息
地底生活十日目。
この日、洞窟組は洞窟内で全員休む事になった。
理由は外の状況にあった。
「……なあ、何で地底なのに雨降んの?」
男子の誰かが洞窟から外見て不思議そうに言った。
彼の言う通り、外は豪雨だった。幸い洞窟の外側の地面は緩やかな勾配になっているために、水が浸入してくる事はなかった。
「別におかしな事じゃないだろう。これだけ自然の環境が整ってるんだ。熱で水分が蒸発して上に溜まり、雲となって雨を降らす。地上と同じで自然のサイクルがそのまま適用されているんだろうよ」
黒縁メガネをかけた三年の男子生徒がそう説明した。科学部の青田という生徒だ。
「んー、まあ、この地底世界が色々とおかしいのは今更なんだけどな」
「そうだな。もうさすがに慣れた」
結局、雨も不思議現象として片付けてしまう一同だった。
雨が止むまで、とりあえず神矢たちも男子部屋で休息を取っていた。この地底に来てからというもの、毎日動いていたのだが、矢吹と九条から、「きみは」「お前は」『一度ちゃんと休め!』叱責されてしまったのだ。
この洞窟にいると体力の回復も問題ないために、休みなどいらなかったのだが……。
休みを貰った所で何をしていいかがわからない。
周りを見ると、みんな仲の良い者同士が集まって色々と話をしていた。その中で、気になる発言をした生徒がいた。
「なあ、アイツらどうなったかな……?」
アイツらとは菅原たちのことだろう。
三日前の夜。菅原と二年の男子三名は、女子を襲おうとして返り討ちに遭い捕らえられた。彼らの処遇をどうするか話し合っている時に、猛獣が現れたと見張りの誰かが言って、警戒態勢をとった。
その間に、菅原たちはどうやって蔦を切ったのかは分からないが、夜のジャングルへと逃げ出したのだ。
神矢たちは猛獣の警戒へと当たっていたが、結局猛獣の姿は見受けられなかった。
「どっか行ったんじゃないか? 良かったじゃないか。襲ってこなくてよ」と、兵藤の言葉に、みんなは「それもそうだな」と頷いていたが、神矢は引っ掛かりを覚えていた。それは九条と矢吹も同じだったらしい。
「……菅原たちが逃げ出したタイミングと被っている。ひょっとしたら、菅原たちにはまだ仲間がいたのかもしれん」
「だとしても、夜のジャングルに自分から入るか? 死にに行くようなもんだぞ」
結局菅原たちは自暴自棄になったのではないかと、無理矢理結論づけた。
「……まあ、オレたちは悪くないよな? アイツらが勝手にジャングルに入って行ったわけだし。死んだとしても知った事じゃないよな?」
数人の生徒たちは自分たちには非はないと自分に言い聞かせていた。それでも、後味が悪いものが胸の中に漂っているようだった。
「お前らよく聞け」矢吹がそんな彼らに言い聞かせた。
「この際ハッキリさせておくぞ。お前らは悪くない。アイツらが勝手に逃げて勝手に自滅したんだ。オレたちにはどうしようもなかったんだ。だから、お前らが気に病む必要はない。いいか。もう一度言う。お前らは悪くない」
人は基本的に多かれ少なかれ罪悪感を感じる生き物だ。神矢たちのような多感な年頃で、なおかつそれが、人の命に関わっていると余計にそう感じてしまう。だから、罪悪感を消し去る為には、否定の言葉が必要だった。お前は悪くない、仕方がなかった、という言葉が。
もちろん、世間一般で通用しない場合もある。だが、今は前に進まなければ生きていけないのだ。とにかく、ここから脱出する為にも、余計な事に頭を悩ませている余裕はない。
矢吹は言った後、神矢の元にやってきて隣に座り愚痴った。
「あーもう面倒臭え奴らだ。お前もそう思うだろう?」
「はぁ、そうですね」
答えながら、神矢は疑問に思う。
何故矢吹は隣にやってきたのか。他にも話相手はいるだろうに。
例えば九条──は、そういえば、先程洞窟入り口付近で何やら鮎河と話し込んでいた。
他の問題児グループ──は、いつの間に作ったのか、竹で作成した麻雀牌を使用して麻雀をやっている。
他の男子も、遊びに来た女子たちと仲良く話をしているようだ。場所は違うが、校舎にいた時に見た光景と同じような風景に、少し懐かしく思った。
そういえば、矢吹は基本一人でいる事が多い。頼られはするが、好んで他人と一緒にいるようではなかった。だから、何かの用で来たのだと思った。
「何か用ですか?」
「神矢、いい機会だからお前と少し話がしたい」
神矢は矢吹の顔を見た。真剣な表情だ。
「いいですけど、オレと話しても面白くないですよ。基本無口ですし」
「そうか? 九条やいつもいる女子相手とはそれなりに喋ってんじゃねーか」
そういえばそうだった。まあ、別に無駄話をした覚えもないし、それなりに必要な事だけ話していたのだろう。
「まあいい。話ってのはこれからの事だ。本当は九条も交えて話をしたかったんだがな、鮎河先生と二人で話しているのに邪魔するのも野暮ってもんだ。でだ。今のこの洞窟には、男が十二名、女が十三名いる。この洞窟は快適にはなってきたが、いつまでもこんな所で生活する訳にはいかない」
それは神矢も同感だった。
「この辺りもある程度の探索は終わった。だから、もう少し先へと進もうと思っている」
「賛成ですね。確かにこのままここで過ごして救助を待つのも一つかも知れないけど、俺は先へ進んで脱出への手がかりを探したい」
矢吹は頷いた。
「お前ならそう言うと思っていた。だがな、その前に俺にはやる事がある」
そう言って、外へと視線を向ける。その方角にあるものを考えて、神矢は「校舎の奪還ですか?」と聞いた。
「そうだ。そして、その為にはお前と九条の力が必要だ」
「九条さんはともかく、オレが役に立つとは思えませんけど」
「……本気でそう思ってんのか?」
半眼になって、矢吹が問う。
「ええ、まあ」
「そうか」
言うと同時に、矢吹の拳が神矢の顔目がけて飛んできた。咄嗟に反応して、手のひらで受け止める。
「……いきなり何するんです?」
矢吹は笑みを浮かべた。
「今のに反応できていたら充分だ。初めに見た時からお前はただもんじゃないって思っていたぜ」
「買い被りですよ。今のもたまたま反応できただけです」
「お前はどうやら実力を見せたくないようだが、他の奴もちらちらお前を認め始めているぞ」
神矢はため息をついた。自分でも少し目立ち過ぎたと思ってはいたのだ。本当はこれ以上は目立ちたくはないのだが、校舎の奪還は確かに必要だった。
「わかりましたよ。できるだけの事はしますが、期待しないでください」
「わかった。期待してるぜ」
そう言って、矢吹は神矢の肩を叩いて去って行った。
期待するなと言ったのに、期待すると返すのはいかがなものか。
「……変にプレッシャーを与えないで欲しいな」
神矢はため息混じりに独りごちた。
昼過ぎになり雨が止んだ。
地面はぬかるんでいて、午後も作業は困難な状況だった。洞窟の入り口から外を見て雪野が神矢の右隣で言った。
「これじゃあ探索も無理そうね」
「ジャングルも水浸しだろうし、わたしだったら絶対行かないわね」
神矢の左隣で、上原が腕を組んで言う。
何故みんな近くに来るのだろうか。さりげなく離れようとしても、彼女たちは離れてくれなかった。
彼女たちが嫌というわけではない。ただどう対応していいかが分からないだけだ。
他の男子たちの憎悪の視線が神矢へと突き刺さる。その中の一人、鮫島が雪野たちに声をかけてきた。
「雪野さん上原さん、あっちで俺らと話そうぜ。田川が面白え話してんだよ」
雪野たちは鮫島の方を見もせずに、
「わたしたちの事は気にしないでくれていいよ。鮫島くんたちで楽しんで」
「そうそう。わたしたちに気をつかう必要はないから」
と、そう答えた。
神矢に向けられる男子たちの視線が殺気へと変化したような気がした。
何でお前なんだ……。よくも雪野さんを……。上原まで唆しやがって……。猛獣に喰われてしまえ……。彼らの口から呪詛のような声が聞こえてくるのは、きっと気のせいだ。
神矢は別の事を考える事にして、周りの声をシャットダウンした。
雨が降った事による影響はないだろうか。この辺りの川が反乱するとか、濁って暫く飲み水として機能しないのではないか。地盤が緩くなり、土砂崩れなどは起きないかなど。
ふと、神矢はぬかるんだ地面に何かが蠢いていて顔を覗かせているのに気づいた。そういえば、地上でも雨の日に姿を見せる生物がいるのを思い出した。
地中にいるそれだけではない。ジャングルの近くの大きな木にも、そいつらはいた。更には、洞窟入り口付近の横壁にも別の生き物が這っている。
地中から覗いているのはおそらくミミズ。ジャングルの木にしがみついているのは蛙。洞窟横にいるのはナメクジだ。
ただし、もはやこのジャングル恒例で、どれもサイズが桁違いだった。
「雪野さん上原さん、九条さんと矢吹さんに警戒態勢を取るように伝えてくれ」
「え? 何? 何かいるの……ってイヤァ! デカいナメクジィィ!」
「ひぃ! わたしミミズは無理なのよぉ!」
雪野と上原が叫び、神矢へと両側から抱きついてきた。が、神矢は矢吹の不意打ちを受け止めた時と同じく、持ち前の運動神経で素早く退がってそれを避けた。結果、二人はお互い抱き合う形になり、尚且つ勢いでおでこをぶつけた。
「痛ー! ちょっと何で避けるのよ! ここは素直に抱きつかれる場面でしょうが!」
おでこをさすりながら、上原が文句を言う。
そんな事を言われても、身体が勝手に反応したのだから仕方がない。
「と、とにかく矢吹さんたちに伝えてくるね!」
同じく雪野もおでこを押さえながら、そう言って矢吹たちの元に走った。
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