二十一話 反発

 この日も料理部の宮木弘人みやきひろとは、食堂の厨房にてフライパンを振るっていた。

「モヤシ炒め出来たぞ! 皿に盛り付けてくれ!」

「はい! ジャガイモの処理と肉の下処理、それと肉のタレ出来たので置いておきます!」

「おう、サンキュー。そっちのオーブンで焼いてる肉はどうだ? そろそろ見てくれ!」

「了解です!」

 厨房は実に慌ただしかった。

 宮木は料理部の後輩たちに指示を出し、次の調理へと取り掛かった。

 ここにいるのは宮木を含めて四人。毎日、朝昼晩この校舎にいる三十四名分の食事を作っているため、食事時は忙しい。

 食欲を唆る匂いが、食堂内に充満していく。

 出来た料理を皿に盛り付けようとして、宮木はふと、隣でキノコパスタのタレを作っている一年生の高田を見た。少し小太りの生徒なのだが、彼が持っているキノコを見て眉を顰める。探索グループが採取してきた白いキノコだ。柄がささくれていて、ツバがあるのが確認出来た。瞬間、ソレが何かを思い出して大声で怒鳴った。

「うぉい! お前それドクツルタケじゃないのか!」

 高田は目をぱちぱちさせて首を傾げた。

「え? シロツルタケじゃないんですか?」

「よく間違えられるんだよ! て言うか、マイナーなのにシロツルタケは知ってんのかよ! それなら似ているキノコと間違わないように覚えておくもんだろ! ソレはささくれているしひだの色も白い! 間違い無く毒キノコのドクツルタケだ!」

「ど、毒キノコぉ!」

 高田はそのキノコから慌てて手を離した。咄嗟に宮木は持っていた皿でそのキノコを受け止めた。

「馬鹿野郎! 気をつけろ! 料理に入ったらどうする! お前はみんなを殺す気か!」

 顔を引き攣らせて高田は聞いた。

「これ、死ぬヤツですか?」

「下手すりゃ死ぬ可能性のある毒キノコだ!」

 ドクツルタケは、日本の猛毒キノコ御三家とよばれるうちの一つである。他にもタマゴテングタケ、シロタマゴテングタケなどが挙げられる。

「他の食材も見せろ!」

 宮木は厨房奥の食糧庫の段ボールに入っている食材を確認した。中にあるのは殆どが探索グループが採ってきたものだ。

 すると、毒のあるものが出るわ出るわ。オオワライタケ、ツキヨタケ、カキシメジ、ニラに似た水仙の葉などなど。

「探索グループは図書室にある野生の食材図鑑を見てないのか! 病院もないのにこんなもん持ち込んで食中毒起こしても知らんぞ!」

 怒る宮木に、部員たちは困惑顔だ。

「でも、見分けが難しいのも沢山あるし、間違えるのも無理ないと思うんですけど」

 言ったのは、一年女子の睦月理央むつきりおだ。もう一人の一年女子、倉崎伸子くらさきのぶこと、先程間違えた高田も首を縦に降っている。

「見分けがつきにくいモノは基本的に採らなくていいんだよ。確実にわかるものだけ採ってくればいいんだ。幸い、この地底のジャングルには様々な食べ物がある。無理してわけの分からないモノを採ってくる必要はない」

 後で探索グループに強く言っておこう。

 とりあえず、安全な食材を使い料理を完成させていく。そして、完了した所で食堂の扉が開いた。問題児グループの一人だ。

「うおお、今日も美味そうな匂い……。おい、宮木、浦賀さんがお呼びだ。皿持ってついてこい」

 ちょうど良かった。浦賀には色々言いたい事があるのだ。



 宮木たち料理部は、浦賀に校舎を乗っ取られた後、校舎にいる人数分の食事の支度を命じられていた。

 部員の一年生三名は料理経験が浅く、その為に夏休みを使って料理を教えていたのだが、そのタイミングで地底世界へと放り込まれた。

 宮木は浦賀のやり方に反発を覚えていた。

 役割分担については文句はない。体育会系の男子は食材の調達。電子工学部は電気設備のメンテナンス。調理部は食事の用意など適材適所をしっかりと取り入れている。だが、部活に所属していない者や、ここで役に立たない能力の持ち主たちには酷い仕打ちが待っていた。

 その一つが、女子生徒たちによる性処理だった。

 これでは性奴隷と変わらないではないか。

 宮木は憤慨し、浦賀にやめさせようと文句を言おうとしたが、いつも側近の林豊久はやしとよひさに門前払いを食らってしまっていた。

 だが、今回浦賀の方から来いと指示がきた。話を聞いてもらうチャンスだ。その為に、今まで腕を振るい食事を作っていたのだから。

 三年の教室へと入ると、浦賀が校長室にあったソファーに座って、ラジコンカーで遊んでいた。このラジコンは電気工作部が作ったモノだ。浦賀の横には林が立っている。

 更に壁際には、上半身裸の五人の女子生徒が立たされていて腕で胸を隠すようにしていた。

 その内三人は宮木のクラスメイトだった。櫛谷、山田、友坂である。残り二人は、別のクラスの木下と井上だった。

 宮木は浦賀を睨みつけた。

 浦賀はラジコンの操作を止めて、笑みを浮かべる。

「何を怒っている。お前の料理が美味いから、褒美に女を抱かせてやるんだ。喜べよ。どの女が良い?」

「ふざけんな。浦賀、こんな事はもうやめろ。彼女たちは性処理の道具じゃない」

 そこで笑い声を上げたのは櫛谷だった。

「一人で何カッコつけてんの? わたしたちに不満はないわよ。むしろ、男子たちの相手して美味しいもの食べられるんだから喜んでやってんのよ」

 櫛谷は腕を下ろして胸を晒し、宮木に近づいてきてその手を取って胸に当てた。

「ホラ、あんたも好きでしょ? わたしを好きにしていいのよ? 美味しいもの作ってくれているからそのお礼」

 宮木はそっと櫛谷の胸から手を離して、目を見つめた。

「オレはこんな形でお前としたくない。ちゃんとお前に俺を好きになってもらってからじゃないと嫌だね」

「……は?」

 宮木の言葉に櫛谷は唖然とした。そして、それを聞いた浦賀と林が手を叩いて爆笑した。

「あ、あんた何言ってんの? 頭オカシイんじゃない?」

 戸惑う櫛谷。その背後では、山田と友坂が呆気に取られて口を開けている。

「オレとしては普通の事を言っているつもりだけど」

「言っている意味がわかんないのよ!」

 浦賀が笑いながら言う。

「要するに、宮木はお前に惚れてるから、ヤルなら相思相愛じゃないと嫌だってことだよ。こんな純情バカ初めて見たぜ……笑いすぎて腹いてー」

「ば、バカじゃないの! わたしがみんなから何て言われてるか知ってるでしょ! パパ活もしてるウリもしてるヤリマンのどこに惚れる要素があるのよ!」

「まったくだぜ。ただの淫乱バカ女に惚れる心境が理解できねーな」

 林が馬鹿にしたように言う。

「お前らに櫛谷の良さはわからねーよ」

「分かるぜ。顔も良いし、身体の具合とテクニックも最高だ」

 林がそう言うと、一瞬だが櫛谷の顔に翳りが見えた。それを見た瞬間頭に血が昇り、宮木は林へと殴りかかっていた。が、拳が届く前に、林の長い足が宮木の腹を蹴っていた。

 息が詰まり倒れる宮木。

「バーカ。お前がオレに勝てるわけねーだろ」林は言って、更に宮木の身体を蹴った。

「それくらいでやめとけ。そいつは大事な飯担当だ」浦賀の声に、林はすぐに従った。

 宮木は蹴られた箇所を押さえたまま動けなかった。

「ちょっと面白かったぜ。まあ、櫛谷を抱きたくなったらいつでも言えや。おい、お前ら、宮木を連れて行け」

 浦賀に命令され、櫛谷と山田が宮木に肩を貸した。

「……大丈夫? 歩ける?」

「な、なんとかな。それより、胸を隠してくれ。目のやり場に困る」

 言うと、二人は直ぐにブラをつけカッターシャツを着た。

 教室を出て少し進んだ所で、櫛谷が訊ねた。

「……なんでわたしなわけ? さっきも言ったけど、わたし何人もの男とヤって金もらってんだよ? そんな女、普通好きにならないって」

「お金は家族のためなんだろ?」

 宮木が言うと、櫛谷は驚いた顔でこちらを見た。

「地上にいた時、校舎の中で山田と友坂が話しているのを偶然聞いたんだよ」

 櫛谷は山田を睨みつけた。

「アンタたち……」

「ご、ごめん京香。聞かれてるなんて思わなかったから」

 櫛谷には十歳下の妹がいた。妹は先天性の難病で、治療費が相当なものになった。親の稼ぎでは足りず、櫛谷はバイトなどをして稼いだが雀の涙だった。そこで手を出したのが、パパ活とウリだったのだ。

「それと前にさ、デパートで偶然見たんだけど、お前迷子の子どもの親探してやってただろ? で、親見つけた時にメッチャ優しい顔になって子どもに微笑んだのを見て、オレは一発で惚れてしまったんだよ」

「し、知らねーし。人違いだろ?」

「今回の男どもの相手も、他の女子たちを守るためだろ? お前はそういう女だ」

 突然、櫛谷は宮木に貸していた肩を外した。バランスを崩した宮木はその場に尻餅をついた。

「お、お前がわたしの何を知ってんだよ! いい加減な事を言ってると引っ叩くぞ!」

 顔を真っ赤にさせて、櫛谷は怒鳴った。それを見て、隣で山田がため息をつく。

「京香、もういいじゃん。宮木は京香の事をちゃんと見ていたんだって。他の連中と違うんだよ」

 櫛谷は口をつぐみ、そして黙ったまま再び宮木に肩を貸した。

「悪いね宮木。京香、今までそんな事言ってくれる男いなかったからどうしていいかわかんないんだよ」

 山田が言うと、櫛谷はジロリと彼女を睨みつけ、「黙りな」と威圧した。

「はいはい。おしゃべりな口にはチャックしときまーす」

「……まったく、どいつもこいつも」

 ブツブツ櫛谷は呟いていたが、不意に少しだけ黙り、小さい声で「ありがとう」と言った。

 宮木は聞こえないフリをした。

 彼女たちにいつまでもこんな事をさせてはいけない。だが、どうしたらいいだろう。浦賀どころか、側近の林にも歯が立たないのだ。

 料理しか取り柄の無い自分に何ができるというのか。

 ふと、宮木の頭に閃くものがあった。だが、それをしていいものか自分の良心に問いかける。

 それは、料理をする上でやってはいけない事だ。料理を食べてくれる人たちを裏切る行為ではないか。

 だが、やらなければ浦賀の支配が続く。

 宮木は頭を悩ませた。



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