二十話 生命
夏休みに、部活動で怪我する生徒たちの為に学校に勤務していたら、突然、校舎と共に地底世界へとやってきた。
状況確認の為に、探索するグループが結成されたが、早瀬紀子は気分が悪かった為に辞退した。
ショックで気分を悪くしたのだと思っていた。
探索グループが帰ってきて、数名が命を落としたと聞いて愕然となり、更に気持ちが悪くなって吐いた。
保険医として、これ以上醜態を見せる訳にはいかない。
早瀬は気を引き締めた。
九条という警備員が武器となる物を集めて、脱出する為の手がかりを探すため、そして、食糧調達のため再探索すると言い出した。
早瀬は怪我人が出た時の事を考え、保健室にある物資の確認をして、更に医療の本を読み返していた。
その最中に、巨大な蝿が校舎に侵入してきて、生徒たち数人と教師の三田を蜂のように刺した。
痛み止めと刺された箇所を消毒して様子を見ている間に、探索グループが帰ってきた。そして間も無くして、生徒一人と三田に異変が起きた。
体内から蛆が皮膚を食い破って出てきたのだ。さながら映画で見たことあるエイリアンのようだった。
早瀬は頭の中が真っ白になってへたり込んだ。その間に動いたのが、問題児グループの一人、矢吹だった。そして、へたり込む早瀬に喝を入れたのも彼だった。
それから早瀬は、どうにか気持ちを切り替えて、生き残った彼らを処置した。
だが、やはり身体は変調をきたしたままだ。
何度もえづいて、食欲も湧かない。腹の辺りが気持ち悪くて仕方がなかった。
一つの可能性が思い浮かんだ。
地上にいた時、早瀬には付き合って三年になる男がいた。結婚を視野に入れていて、子どもも欲しいと思っていた。
まさかと思い、自分用に用意しておいた検査キットを使った所、陽性反応が出た。
妊娠していたのだ。
この状況下で妊娠発覚だが、絶望などしていられない。
お腹の子のために必ず生きて地上へ戻る事を決意した。
二日目。
浦賀という生徒が校舎を乗っ取った。暴力で教師や生徒を従えたのだ。探索から帰って来たメンバーの一部や、浦賀について行きたくない者は、校舎を追い出された。
現在彼らは、洞窟を見つけてそこで暮らしていると聞いていた。
五日目までは浦賀は特に校舎に残った者に無茶な事はしなかった。むしろ、自ら危険なジャングルに赴き、猪のような生き物を仕留めて食糧を確保してきた。
猪を解体したのも浦賀だった。どこで学んだのか、解体の手際も良かった。
「人間の方が簡単だけどな」と恐ろしい事も言って、皆を恐怖に陥れていた。
だが、その猪の肉は今までに食べた事のない美味さだった。
問題児グループをまとめ上げ、役割を与え、他の生徒や教師たちに指示をした。
腕っ節に自信がある生徒にはどんどん狩りや探索をさせて、食糧を確保させた。
電子工学部には発電機を改良させ、校舎内の配線と繋いで電気が使えるようにし、さらにその電気を使って調理部には取って来た食材の調理をさせた。
そして、保険医の早瀬には怪我人の手当てをさせた。
浦賀は恐ろしい人物だと聞いていたが、その統率力は並外れていた。
意外とうまくいくかも知れない。そんな希望は、七日目にして崩れ去った。
役割を与えられた者たちは良かったが、力のない者や、何の技能を持たない女子には地獄が待っていた。
男子には戦闘訓練として一方的な暴力が振るわれ、女子には貢献した男子への性処理をさせられたのである。
当然、最初は生物の桑田と数学の辻本、現代文の増田も反発し、早瀬も一緒になって浦賀に文句を言った。大人の教師が四人もいれば、さすがに浦賀も話を聞いてくれるだろうと、強気になっていた。
結果。三人の男性教師は、完膚なきまでに叩きのめされた。
「テメェらは大切な労働力だからな。ちゃんと手加減してやったんだからありがたく思えよ」
それから、浦賀に歯向かう者は少なくなった。
早瀬も同様だった。
どうしたらいいかわからなかったが、女子たちの数人が泣きながら男子の性処理をさせられるのを見ていられなかった。
ある時、浦賀が血塗れで保健室にやってきた。猛獣と格闘した時についた返り血で、怪我したのは腕だけだと笑って言っていた。
イカれているとしか思えなかった。
血の匂いに気持ち悪くなり、早瀬は保健室前の手洗い場で吐いた。その時、腹を無意識に大事そうにさすっていたのを、浦賀に見られていた。
「……センセーよ。その様子だと腹にガキでもいんのか? 保健室のゴミ箱にも検査キットが捨ててあったしよ」
早瀬は顔面蒼白になった。何という勘の良さと洞察力だろう。身重の女など、この極限状態では足手まといでしかない。
「安心しな。追い出したりはしねえよ。それに、怪我の治療はセンセーにしかできねえんだからよ」
その言葉に少し安堵した。だが、彼が女子たちにやっている事は、やはり受け入れられない。
「……浦賀くん、ダメで元々だけど、やっぱり女子生徒たちに乱暴はしないで欲しいの」
早瀬が言うと、少し浦賀は考えた後、「いいぜ」と言った。
「本当!」まさかこんなにあっさり受け入れて貰えるとは……。意外と良識もある生徒では、と思ったのは、やはり間違いだった。
「その代わり、センセーが俺の相手をしろよ。なあに、別にヤらせろってんじゃねえ。口とか手、胸で処理をしてくれりゃあそれでいいからよ」
早瀬は言葉を失った。嫌に決まっている。だが断れば、女子生徒たちは凌辱され続けるだろう。
浦賀の提案はあくまでも、下半身の処理だ。犯されるわけでもないのなら、それで何とか我慢するしかなかった。
「わかったわ」
「交渉成立だな。女子の数は少しずつ減らしてやる」
早瀬は渋渋頷いた。さすがに自分一人と女子の数人分が釣り合うとは思ってはいない。
後で、女子たちと話し合う必要があった。
とにかく、こうして早瀬は浦賀の性処理をすることになった。
「ダメだよセンセー! お腹に赤ちゃんいるんだから無茶しないで!」
夜、女子たちが集められている教室に、早瀬は話し合いにやってきた。いくつも教室があるが、その一つにマットなどを運び込んで、寝る場所を確保している。
マットの上で正座をして、早瀬は女子たちの顔を見回して言った。
「あなたたち生徒を護るのが教師の務めよ。別に無理矢理犯されるわけじゃないから大丈夫よ」
「浦賀の言う事を信じるんですか? アイツ、斧持って猛獣相手に嬉々として挑むようなヤツですよ! 頭がおかしいんです! そんなヤツの言う事など信じちゃダメですよ!」
浦賀が斧を振り回す姿を想像してゾッとした。人間相手にも容赦なく振り回しそうで怖い。
「だ、大丈夫よ……きっと。浦賀くんは、わたしのお腹に赤ちゃんがいるってわかっているから、無理な要求をしないでくれたのよ……たぶん」
言葉尻がどうしても締まらない。そんな事を言っていると、
「……は、バッカじゃない?」
と、嘲笑うような声がした。
少し離れた所にいる三人グループの女子の一人だった。
言ったのはやや肌が黒くて、髪を茶髪にした生徒だ。名前は三年の
「誰が馬鹿だっていうのよ! 先生はわたしたちの為に自分を犠牲にしてくれるのよ!」
女子の一人が櫛谷たちに文句を言う。
「はん、だからそれがバカだっつってんのよ。お腹に赤ちゃんいるのに、大事な生徒の為に身体張って助けますってか? どのドラマの主人公だよ。マジウケるわー」
言って三人で笑い合う。
「あんたたち、やっぱり最低の人間ね」
女子たちが櫛谷たちを睨みつけたが、そのあと直ぐに小馬鹿にした笑いを浮かべる。
「……わたしたち知ってんのよ。アンタたち、パパ活やらウリやって稼いでいるって」
それを聞いて、早瀬は眉を顰めた。
「あなたたち、それ本当なの?」
櫛谷は、「ふん」と鼻で笑った。
「だったらどうだっていうの。世の中のオジサン連中は、女子高生というブランドが大好きなの。それを提供してお金を得ているだけよ。女子高生を抱きたいという夢を叶えてあげてるんだから、その対価を貰って何が悪いの?」
「そうよそうよ!」
「パパ活やウリが悪い事だとして、それじゃあそれを求めてやってくるオジサンたちは悪くないの? 法律で悪い事だって決まっているのに、それが蔓延っている世の中は悪くないわけ?」
櫛谷の言葉に何も言い返せなくなる。
「バ、バカのくせに屁理屈だけは立派よね!」とだけ言うのが精一杯のようだった。
「誉め言葉として受け取っておくわ。ついでに言うと、わたしたちは無理矢理男子の相手をさせられてるんじゃない。わたしたちは、自分から男たちの相手をしてやってんのよ」
「……このヤリマンども」
女子の罵倒に、櫛谷はニコリと笑った。可愛らしい笑みだった。
「そうよ。わたしたちはヤリマンなの。早瀬先生よりも経験豊富だしね。男子たちはわたしのテクですっかりわたしの虜よ。先生の出る幕なんてないのよ」
「そうよそうよ! 悲劇のヒロイン気取るのもいい加減にしときなさいよね! いい歳して気持ち悪いのよ!」
いい歳というが、早瀬はまだ二十四歳だ。彼女たちからすると、それでももうオバさんになるのだろうか……。
「わたしたちは男子たちを満足させて美味しい食事を貰うのよ! ギブアンドテイクでしょ? この役は渡さないわよ!」
櫛谷、山田、友坂の三人は言って笑い声をあげた。
「……最低のクソビッチども。先生、あんなクズどもは放っておきましょう」
「そうですよ! アイツらこそ浦賀にめちゃくちゃにされてしまえばいいのよ!」
憤慨する女子たちだが、早瀬は違うと思った。口元を引き結んでそして三人に頭を下げる。
「な、何よ? 何のつもり?」
戸惑う三人に、早瀬は言った。
「ありがとう。そして、ゴメンなさいね」
絶句する櫛谷たち。
女子たちは訳がわからないと言ったように、顔を見合わせている。
櫛谷たちはあえて男たちの相手をしているのではないだろうか。確かに打算はあるかも知れない。生きていくために、欲しい物を手に入れる為に、浦賀に従っているだけかも知れない。だが、それだけなら早瀬の事は別に気にしなくても良いはずだった。むしろ、早瀬や他の女子たちが男たちの相手をした方が、負担は減る筈なのだ。
勘違いかも知れない。おめでたい考えなのかも知れない。けれど、早瀬は彼女たちの言葉には裏があると思いたかった。
早瀬は決意した。
「……どっちみち、浦賀くんはわたしを指名したのよ。拒否したらそれこそどんな目に遭わされるかわからない。だったら言う事を聞いて、気持ちよくさせて少しでもあなたたちの待遇を変えてもらうようにしてみせるわ」
それを聞いて、櫛谷は舌打ちした。
「……ふん、やっぱりバカね。好きにするといいわ。まあ、あんたの下手くそなテクでは満足しないと思うけどね」
早瀬は苦笑して立ち上がり、教室を出た。
廊下を歩いていると、誰かが追いかけてきた。櫛谷だった。
「どうしたの?」
櫛谷は少しの間目を逸らしていたが、やがて早瀬の目を見て言った。
「……センセー、浦賀にはホントに気をつけなよ。それと、お腹の赤ちゃん、大事にしなよ」
……やはり、櫛谷は優しい生徒だった。
早瀬は櫛谷に微笑んで頷いた。
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