十九話 命令

 菅原たちが洞窟から逃走した翌日。

 彼は外に出て、校舎がある方向を見ていた。

 菅原たちは、危険な夜のジャングルを抜けて無事に校舎にまで辿り着けただろうか。

 もし辿り着けずに死んでいたら……。そう考えて、彼は息苦しさを感じた。

 昨晩の鮎川の言葉を思い出す。

 ──危険なジャングルに放り出して、彼らが命を落としたら、それは私たちが彼らを死に追いやった事になるのよ──

 彼はその言葉を必死に頭から振り払おうとした。

 違う! 俺は悪くない! 俺はただ浦賀に言われた通りにしただけだ!

 心の叫びを聞いてくれる者はいない。拳を握りしめ呟く。

「……クソ、なんでこんなことに……」

 彼は俯き、そして浦賀の内通者として矢吹たちのグループに入った経緯を思い出していた。



 地底世界に来て二日目の昼過ぎ。

 彼は一人の女子と二人きりで用具室に隠れて抱きしめ合っていた。三年の先輩で、名前を浜崎佐智子はまさきさちこといった。

 お互いが不安な状況で、少しでも一緒にいて気を紛らわしたかった。

 浜崎とは地上にいた時、四月になってから付き合うようになった。夏休みになったら二人で旅行の計画も立てていた。

 だが、それも二人とも補習が終わってからの話だった。だが、学校で補習を受けている時に、この地底世界へとやってきたのだ。

「大丈夫よ。あなたはわたしが守ってあげるから」

 震える彼を、浜崎は優しく包み込んだ。

 用具室で彼女の母性を感じて安らぎを得ていたのだが、そこに校舎に残っていた突然問題児グループが乱入してきた。

「こんな所でいちゃついてるヤツがいやがった。おう、お前ら講堂に集まれ。浦賀さんが待っている」

「……誰だよ浦賀って」

 言うと突然殴られた。

「ちょっと何すんのよ!」浜崎が彼を庇うように、問題児たちの前に立ち塞がった。

「……女に守られていい身分だな。とにかくお前、浦賀さんを呼び捨てすんな。殺されてーのか」

 三年の問題児たちに睨まれて、彼は恐怖した。

「……何で浦賀がいんのよ? アイツは確か刑務所にいたはずでしょ? ここに来て最初に集められた時もいなかったし」

「今まで隠れてたんだよ。そんで、状況を知るために様子を伺っていたんだ。矢吹が探索に向かった今がチャンスだと思ったんだろうな。とにかく、続きは講堂で浦賀さんに聞け」

 そう言われて、彼は問題児たちに連れられて講堂に入った。中では校舎に残っていた全員が集められていた。

 その中で一人、壇上に腰掛けている金髪の生徒がいた。

「浦賀さんコレで全員です」

 彼が浦賀らしい。浦賀は頷いて、目で手下たちに目で何か合図した。手下たちは扉前に移動して、見張りを始めた。この部屋から出さないということか。

「さて、それじゃ、お前らよく聞けよ。面倒くさいから二度は言わねー。この校舎は俺のもんにした。気に入らなければ、死の待つジャングルに放り出す」

 その言葉に全員が猛反発を覚えた。

「ふざけんなコラぁ! 何トチ狂ってんだお前はよ!」

 威勢の良い男子生徒が声をあげた。その男子生徒の元に問題児グループの一人が後ろから走っていき、背中に飛び蹴りをくらわした。

 倒れるその生徒の髪を鷲掴みにして持ち上げ、ドスの効いた声で言う。

「テメェ、浦賀さんになんて口聞きやがる。死にてーのか?」

 男子生徒は先ほどの威勢はどこへやら、「ゴメンなさいゴメンなさい」と、情けない顔になって謝った。

 騒めく生徒たち。やがて女子の一人が言った。

「……ちょっと待って。浦賀ってまさか……人を刺して逮捕されたっていうヤバい人のこと?」

 その声に当の浦賀が笑い声をあげた。

「正解。いやあ、アレは参った。殺したと思ったら生きてたんだもんなー。やっぱり、トドメって重要なんだなって再認識させられたよ。反省反省」

 全員絶句した。反省するところが違うと全員が思っただろうが、誰一人言えない。

「……捕まったのに、何でいんのよ? 刑務所にいたんじゃないの?」

 気の強い女子が怯えながらも訊ねた。

「保釈金制度ってホンット便利だよなー。俺のバックにいる組織の人が俺を随分気に入ってくれていてさ。出してくれたってわけ。そんで、せめて高校ぐらいは卒業しておけってことなんで、補習を受けてたら、こんな楽しい事態になったわけだ」

 イカれてる。みんながそう思った。この状況のどこが楽しいというのだろうか。

「まあ、そんな怯えんな。悪いようにはしねーよ。ちゃんとやるべき事をやれば、な。まあ、俺のやり方が気に食わねーってんのなら、今のうちに出て行ってもいいぞ? この校舎以外に安全な場所が有ればだけどな」

 その言葉に顔を見合わせる一同。

 結局、殆どが校舎に残る事になった。一部の者は、探索グループが戻ってきてから決めるらしい。

 どうしようか彼が悩んでいると、浦賀は彼に目をつけた。

「おい、お前」

 浜崎が庇うように彼の前に立った。

「何よ!」

「お前、矢吹の下につけ」そんなことを言い出した。

「何言ってんのよ! どういうつもりよ!」

「ギャンギャン喚くメスだなぁ。お前ら、そいつを黙らせろ」

 手下たちが寄ってきて、浜崎の口元を押さえて捕まえて羽交締めにした。

「や、やめろ! 彼女に手を出すな!」

 浦賀は彼と浜崎を交互に見て、笑みを浮かべる。

「よし。その女を助けたければ、俺の言うことを聞け。矢吹は探索チームどもと連んで、そのうち俺を何とかしようと動くだろう。お前は矢吹の下に行って、色々と邪魔をしてこい」

「じゃ、邪魔って、どうすれば……」

「何でも良いんだよ。食糧を減らすとか、コッチに寝返りそうなヤツがいたら勧誘して数を減らすとかな。あと、そうだな。こっちも何らかの事をするから、それに合わせて騒ぎを起こせ」

 何らかの事って何だよ……。そう思ったが黙っていた。

 彼は浜崎を見た。目が合い、そして彼女は首を横にを振った。何もするなと言うことだろう。

 いつも、彼女に守られてばかりだ。今度は俺が守ってみせる。

「それをやれば、彼女は返してくれるんだな?」

「ああ、約束しよう」

「わかった。わかったから、彼女を離してくれ」

 浦賀が顎で手下に合図を出して、浜崎は解放された。彼女は彼の下に走ってきて、

「馬鹿! 何でそんなの引き受けたのよ!」と涙混じりに訴えた。

「言うことを聞かなかったら、君が危ないと思ったから……」

「馬鹿……」

 彼は浜崎を抱きしめた。と、そこに浦賀が冷めた声で言ってくる。

「あー、そういうのはいーからさ。お前ら、自分らはそうやって自分たちだけの世界に入れていいけどさ、周りはぜんっぜん面白くねーからな。はい、離れた離れた。んで、さっさとお前は出て行って、矢吹の所に行け」

 彼は手下たちに浜崎と引き離され、校舎前に置いて行かれた。それから程なくして、矢吹たちが探索から帰ってきて、浦賀が校舎を乗っ取った事を伝えた。自分は、浦賀の下にいるのが嫌だからと言って矢吹の仲間に入れて貰った。

 本当の事を話そうかとも思ったが、浜崎に何かあってはいけないので、結局話さなかった。

 そして、七日目にして菅原たちが事件を起こし、彼は菅原たちを逃がすことにしたのである。

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