十八話 裏切り

「猛獣が出たぞ! みんな持ち場につけ!」

 その言葉に、全員の注意が菅原たちから逸れた。

 今は菅原たちの処遇など後回しなのだろう。これはチャンスだったが、身体を締め付ける縄が硬すぎてとても引きちぎれそうになかった。

 外と洞窟内を生徒たちが往復して、猛獣を撃退する為の準備をする。長い竹槍を装備し、細い竹をいくつか紐で括り付け、それを身体に巻きつけた竹の鎧を着る。ご丁寧に、竹の籠手に脛当てまであった。

 統率の取れた動き。矢吹がいかに優れた司令塔であるかを物語っている。

 慌ただしく動く生徒の中で、一人こちらへと向かってくる者がいた。そいつは、菅原を見下ろして、

「見張っているからな! 余計な事を考えるんじゃないぞ!」

 と周りに聞こえるように言った。

 思わず菅原は舌打ちした。だが、次のそいつの言葉に耳を疑った。

「菅原先生、逃してやるよ。浦賀さんなら、先生たちを受け入れてくれるだろう。もっとも、この夜のジャングルを上手く生きて抜ければの話だけどな」

「……なんだと? お前は……」

 そいつは、口元に指を立てて、しーっと言った。

 なるほど。こいつは面白い。この洞窟内には既に浦賀の手のものが入り込んでいたというわけか。

 そいつは、果物ナイフを菅原の手にコッソリと渡した。

「俺が出来るのはここまでだ。下手に動けば勘づかれるからな。後は機を見て逃げろよ」

「だけど、猛獣が来ているんだろ? 俺らに死ねと言ってんのか?」

「猛獣は嘘だよ。お前らを逃がす為の方便だ」

「……何故そんな事を」

「先生たちがあっち側につけば、浦賀さんたちが少しでも有利になる。こっちの数も減る。そういうことだ」

 菅原は舌を巻いた。浦賀はどこまで狡猾なのだろうか。

「じゃあな。気をつけて行けよ」

 そいつは言って去っていった。

 菅原は手にナイフを隠し持ち、周囲の様子を見ながら身体に巻かれた蔦を切った。

「せ、先生、オレたちも」

 同じく捕まった戸狩たちが懇願してくる。菅原は瞬時に判断して、生徒たちにナイフを渡した。

 夜のジャングルを一人で動き回るのは余りにも危険だ。人数が多い方が生存確率はあがるだろう。

 戸狩たちも自由に動けるようになった。

 そして、時は来た。

 洞窟組のメンバーが、いもしない猛獣への警戒で、菅原たちへの注意は完全に逸れていた。

 ゆっくりと立ち上がり、壁沿いにそって外へと向かう。洞窟内は松明などが灯してあって明るいが、隅々まで光が届いているわけではない。

 洞窟の岩も少し光を帯びているが、人が隠れて移動する分には問題ない。

 薄闇に紛れて、菅原たちは洞窟の外へと脱出した。

 校舎は洞窟を出て南東の方角にある。この夜のジャングルを正確にそこに向かって行くことができるだろうか。全く見えない程の真っ暗闇ではないから、何とかなると思いたいが。

「あ! おい、お前らどうやって縄を抜けた!」

 洞窟組の生徒の誰かが、菅原たちに気づいて声をあげた。

 迷っている暇はない。

「行くぞお前ら!」

 菅原たちは、夜のジャングルへと駆け込んだ。

「菅原たちが逃げたぞ! みんな追いかけろ!」

「いや待て追うな! さっきも言ったが、夜のジャングルは危険すぎる!」

 九条の声がした。忌々しいヤツだ。あいつは必ず俺が。

 菅原たちは駆けた。

 草に足をとられ、木々の枝で顔や身体を引っ掛け、傷だらけになった

 ある程度進んだ所で、菅原たち四人は立ち止まり息を整える。

「ここまで来れば、あいつらは追って来ないだろう」

 菅原が言うと、ついてきた戸狩たちは逃げてきた方向を見て中指を立てた。

「クソどもが! この借りはぜってぇ返すからな!」

「今度こそはお前ら女子を犯してやっからな! 覚悟しておけよ!」

「浦賀さんの恐怖に恐れ慄くがいいわ!」

 負け犬の遠吠え。だが、今は負け犬でも、最後に勝てれば問題ないのだ。

 ふと、芦尾が戸狩の後方を見て眉を顰めた。

「……おい? お前の後ろに何かいるぞ」

 菅原もそれに気づいた。人の頭部程の、黒い卵のような形の塊が宙に浮いていた。

「あ? 何かって?」

 戸狩が振り返った瞬間、その黒い物体から脚のような物が生えて、戸狩の頭を鷲掴みにした。

 悲鳴を上げる戸狩の顔に、その塊は顔面に噛み付いた。戸狩は必死に顔からそれを引き剥がして、地面に叩きつける。

 漆黒の巨大な蜘蛛だった。西洋梨に擬態していた蜘蛛の話を聞いてはいたが、これはそれとも違うようだった。

 噛まれた戸狩はそのまま崩れ落ちて倒れてしまった。白目を剥き、身体を痙攣させている。毒を注入されたのだろう。

「に、逃げるぞ!」

 菅原たちはその場から逃げ出した。

「ちくしょう! 何だよアレ!」

「あんなデカい蜘蛛ありかよ! おかしいだろうこのジャングル!」

 今更だが、菅原たちはこのジャングルがいかに危険かを思い知った。

「し、死にたくねぇ!」

 走りながらそう言った芦尾の両肩に、何かが落ちた。

「ひい! こ、今度は何だよ!」

 右肩に落ちた物を掴んで見ると、それは手のひらサイズのヒルだった。

「う、うわぐぇ!」

 悲鳴を上げると同時、左肩に落ちてきたヒルがその口の中に入り込んだ。

 体内へと侵入された芦尾は苦しさの余り、地面に倒れてのたうち回った。更にその上に、ぼたぼたとヒルの雨が降り注ぎ、身体中に噛みつき吸血を始める。

 みるみるうちに、芦尾の身体から生気がなくなり動かなくなった。

 叫びながら走り続ける菅原たち。もうすぐ校舎の筈だ。あと少しで助かる。

 前方の茂みがガサリと動いた。黄色い目をした地を這うように歩く生物がのそりと姿を見せる。

 ワニだった。

 地上で見たことがある鰐よりも、足がいくぶんか長い。

「……な、何で鰐が陸にいるんだよ」

 驚く菅原たち。水場が近くにあるのだろうか。だとしても、鰐は水中でその危険性を発揮するため、陸では動きは鈍いはず。

 菅原たちは、鰐の動向に気をつけながら距離をとって回り込むように動いた。

 鰐の目が、菅原たちの動きを追いかける。ゆっくりと狙いを定めるかのようなその目の動きに、菅原は嫌な予感を覚えた。尻尾を大きく振り上げて、やや前屈みになる。

「何だ? 何する気だよ?」

 怯える村田。

 次の瞬間、鰐は尻尾を勢いよく振り下ろすと同時に前方へと跳躍した。

 トカゲが跳ねるのは見た事がある。だが、アレはその身軽さから出来る芸当であって、本来鰐のような巨体ができるものではない。しかしこの鰐は、尻尾を叩きつけた反動で強引に飛び跳ねたのだ。

 菅原へとその大きな口を開けて飛びかかってくる。菅原は咄嗟に隣にいた村田を掴んで、鰐の口へとその頭を突っ込んだ。

「は?」状況を理解する暇などなく、村田は頭を噛み砕かれ即死した。

 菅原はその間に逃げた。

 そして、ようやく校舎へと辿り着いた。

 息を切らし、正面玄関に近づいていくと、見張りの生徒三人が金属バットを構えた。

「……菅原センセーか?」

「そうだ。俺は浦賀のグループにつく。仲間に入れてくれ」

 見張りたちは、顔を見合わせて「ちょっと待ってろ」と言って、一人が校舎内に入って行った。少しして戻ってきて、「ついて来い」と偉そうに顎で促した。

 校舎内に入って、三階へと向かう。校舎内の所々に松明が設置されていて、それなりに灯りが確保されていた。

 二階に上がる時に、教室のある方向から声が聞こえてきた。女の声のようだ。喘ぐような鳴き咽ぶような……。

「何だ? 何をしている?」

 案内していた男子は、下卑た顔で「見てみるか?」と言って、教室前に案内した。

 開け放たれた扉から教室の中を見て、菅原は唖然とした。

 数人の女子生徒と男子が裸で混じり合っていた。セックスをしていたのだ。

 だが、女子たちの泣き顔からすると、無理矢理犯されているのがわかる。そうではない女子もいたが、喜んでいる顔ではない。

「なんて事を……」

 呟く菅原に、案内役の生徒は笑った。

「はは、センセー、勃ってるぜ」

 菅原は身体を震わせて、その生徒の肩をがっしりと掴んだ。

「うお、な、何だ? 浦賀さん側につくんだろ? 気に入らないってんなら出て行けよ」

「素晴らしい」

 菅原は感動していた。

「実に素晴らしい。夢のような所だなここは」

 少し昔まで、18禁ゲームで女学生を凌辱するゲームがあった。一クラス全員の女子を監禁して凌辱するだけの鬼畜ゲームだ。今でこそ過激過ぎて問題となり、生産中止となったが、菅原はそのゲームが大好きだった。

 現実には、そんな事が当然許される筈がない。ゲームと現状は違うのだと、自分に言い聞かせてきた。だが、それがここでは、浦賀の元では許されるのだ。

 菅原は浦賀の元に向かった。三階の端の教室に浦賀はいた。

 体格がかなり良く、髪を金髪に染め上げている。腕には絡みつく蛇のような刺青が彫ってある。

 浦賀が座っているソファーは、校長室から持ってきたものだろう。それの背もたれにもたれて座り、下半身を丸出しにして、女に口と手で奉仕させていた。その女は、保険医の早瀬紀子だった。

 上半身裸で、形の良い乳房が丸見えだった。

 菅原の股間は先程から勃ったままだ。

 早瀬は菅原の姿を見て、恥ずかしそうに胸を隠そうとしたが、浦賀に「そのままでいろ」と言われ、大人しく従った。

 そんな状態で浦賀が菅原に訊く。

「俺たちの仲間になりたいそうだな?」

「……ああ、あの洞窟の奴らとはソリが合わん。だから、仲間に入れてくれ」

 浦賀は菅原の身体と顔をジッと見つめた。値踏みされているようだ。

「……お前は無駄な筋肉が多すぎるな。だが、力はあるだろう。それなりに役に立ちそうだ」

「も、もちろん役に立つさ! だから、頼みがある! オレにも女をあてがってくれ!」

 それを聞いた浦賀は、少し驚いた顔をして、笑い出した。

「ははは、マジかてめぇ。教師のセリフとは思えねーな。はははは、いいぜ。仕事をすれば女とやらせてやる」

 菅原はガッツポーズを取った。

 ここは菅原にとっての理想郷だった。

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