二十二話 憎悪
保健室で早瀬の手当てを受けた後、食堂で宮木たちは遅めの食事をとっていた。
殆どの生徒たちは既に食事を終えていて、それぞれ午後の作業へと取り掛かっている。
端の席に四人で座り、自分たち用に焼いた肉と野菜炒めを食べていると隣の高田が訊いてきた。
「先輩、大丈夫なんですか? 林先輩にお腹蹴られたって聞きましたけど」
「……ま、なんとかな。早瀬先生も大丈夫だって言ってたし」
「無茶しないでくださいよ。先輩が怪我したら、誰が料理するんですか。わたしたち、まだごく一部の料理しかできないんですよ」
睦月が野菜を頬張りながら言った。背が少し低いせいで幼く見え、どことなくハムスターのような印象の女子だった。
「そうだな。お前たちに負担かけないようにしないとな」
「……なんともなくて良かったですけど、先輩が浦賀先輩に呼ばれたってことは、その、えっと、三年の女の人と?」
泣き黒子が印象的で、ボブカットの倉崎が歯切れの悪い聞き方をした。だが、宮木は彼女が何を言いたいのか分かった。
「なんもねーよ。断って歯向かったから蹴られたんだ」
高田が隣で驚いた。
「マジですか! なんて勿体ない! 僕だったら喜んでお願いするのに!」
「サイテー」
「高田もクズだったか」
高田の発言に、二人の嫌悪の眼差しが向けられた。
「……し、仕方ないだろ。思春期の男なんてそんなもんだよ」
「サイテーでクズと言えば、あの女の先輩たちもです」
高田に向けたものよりも更に嫌悪の表情で倉崎が言った。
「元から悪い噂しか聞かない人たちですよね。男に媚び売って股開いて金をせしめてるそうじゃないですか。男たちの性奴隷になってざまぁって思ってたけど、それを喜んでやってるみたいだし、やっぱりクズはとことんクズってことですか」
宮木は櫛谷たちを悪く言われて、頭に血がのぼりかけた。が、深呼吸して自分を落ち着かせた。
「倉崎。彼女たちの事を悪く言うな。お前が思っているほど、彼女たちは悪い生徒じゃない」
「なんで庇うんですか? 何か弱みでも握られているんですか?」
不審な目で宮木を見る睦月と倉崎。ここで本当の事を言ったとしても、彼女たちは信じないだろう。宮木が騙されているとでも思うだけだ。
「とにかく、彼女たちは彼女たちなりの考えで動いているんだ。それを他人がとやかく言うもんじゃない」
睦月たちは納得いかない顔だった。
「ぼ、僕は問題児たちの方がタチ悪いと思う」
高田が周りを気にしながら言った。
「アイツら、弱者に対して本当に容赦がないんだ。僕も、料理していなかったら多分やられていたと思う。三年の女の先輩たちも身を守る為に仕方なくそういうことしているんじゃないかな」
高田の考えに、睦月と倉崎は顔を見合わせた。
「へぇ、高田も一応考えてんだね。でも、わたしたちは考えを変えるつもりはないわ。問題児グループもクズだし、あの先輩たちもクズだって。クズは死ねばいいのよ」
「この話はもうやめよう!」
無理矢理宮木は話を中断させた。これ以上はいい加減キレそうだった。
怒気を孕んだ宮木の声に、三人は黙った。
宮木は一人厨房の椅子に座り、櫛谷たちを逃がす方法を考えていた。
思いついたのは、浦賀たち浦賀の食事にだけ毒を入れる事だ。といっても少量だけである。目眩、頭痛、吐き気、下痢などを起こすが、命に別状はない。それに当てはまる物を知っている。
さすがに、高田が間違えたドクツルタケは死の危険性があるため使用しない。
やるしか無い。そして、浦賀が弱った所で、浦賀に反発を覚えている者たちを逃がす。
食事をしていた連中が話しているのを聞いたが、校舎を出て行った連中は、洞窟のような所で生活しているようだ。しかも、なかなか快適らしい。そこならば、彼女たちを受け入れてくれるだろう。
だが、仮に逃げ出したとして、このジャングルを無事に抜けて洞窟まで行けるのだろうか。途中で危険な生物に襲われないとも限らない。実際、この地底に来てから何人かは命を落としている。
彼らが自分の身を守る為の物が必要だ。そう考え、探索グループが猛獣撃退用に使用している鳳仙花の実を思い出した。
衝撃を与えると弾けて、中から催涙花粉が飛び出すという代物だ。
コレならば、猛獣と出くわしても逃げ切れる可能性は高い。探索グループもコレで何度も危機を乗り越えたと聞いている。
なんとかなるかもしれない。
あとは、毒を入れる覚悟とタイミングだった。
タイミングとしては、校舎内が手薄な時がいい。探索メンバーが日替わりで交代しているのを利用できないだろうか。
浦賀の手下が探索へと行ってくれれば好機なのだが、いかんせんあいつらは日替わり交代を無視して、無理矢理体育会系の生徒たちに探索を続けさせている。そして、その手柄を横取りして浦賀へと報告している。だが、浦賀も馬鹿ではないから、そういう輩には褒美である女はあてがわない。結局問題児たちも探索へと行く事になるだろうから、その時がチャンスだ。
後は覚悟の問題だ。致死量ではないにしても、毒物を混入させるのにはひどく抵抗を覚えた。
宮木は櫛谷が好きだ。彼女の事を悪様に言われようと、自分だけは味方でいようと決めている。その彼女を逃す為ならば、毒を入れる事など容易い事ではないか。
しかし、下手すればこれは殺人未遂になる。即ち、犯罪者になるという事だ。櫛谷を守る為に犯罪者になるのは、逆に彼女を苦しめることにならないか。
宮木はこの日一日中自問自答を繰り返したが、結論は出なかった。
───────────────
彼女には好きな男子がいた。
同じ一年生で、陸上部の時期エースと呼ばれていた男子である。
彼は夏休みの部活中、校舎内で休憩していた時に、地底世界へとやってきてしまった。他の部員も一緒だったが、彼女は彼しか見えていなかった。
そんな彼は浦賀の采配で探索メンバーに選ばれた。
命の危険があるジャングルへ行く度に心配で仕方がなかった。彼に何かあったらどうしようと、考えるだけで身体が震えた。
一度、彼が大きな鳥を仕留めてきた。何の種類の鳥かは分からなかったが、とにかく、その鳥を獲って彼は誇らしそうにしていた。その勇ましい顔を見てより大好きになった。
鳥の肉は鶏に似ていたが、遥かに柔らかく美味だった。
貢献した彼に肉の量を多くしてあげたのだが、彼は気づいているだろうか。その肉の量の分だけでも、この気持ちは届いているだろうか。
地底世界は危険でいっぱいだ。いつ何時命を落としてもおかしくない。告白しないまま死ぬのは嫌だった。だから、彼女はその夜、彼を呼び出して気持ちを伝えようとしたのだが、その前に浦賀に呼ばれて行ってしまった。
嫌な予感がした。そして、その予感は的中した。
教室へと戻ってきた彼の顔はだらしないものだった。
羨ましがる仲間に彼は言った。
「オレ、男になったぜ」
愕然とした。
やはり彼は誰かとセックスをしたのだ。誰だ。誰が彼の初めてを奪った。
彼女は、彼の初体験の相手を憎んだ。彼は悪くない。浦賀に呼ばれて行っただけなのだ。
高田が昼に言っていたのを思い出した。思春期の男はそういうものだと。女の身体に興味があり、性行為に興味がある年頃の男の目の前に、抱かせてくれる女がいればその衝動は止める事ができないだろう。だから、彼は悪くない。
悪いのは、誰にでも股を開く女だ。そんなに突っ込んで欲しいのなら、毒キノコでも突っ込んでやろうか。ちょうどどんな毒キノコがあるのか先輩が教えてくれたことだし。
彼がどんな事をされたかを赤裸々に仲間に話している。
聞きたくなかったが、誰が相手だったかを知る為に聞かなくてはならない。
そして、とうとう誰が相手だったのか彼は話した。
噂のクソビッチである櫛谷京香だった。
先輩の宮木が何故かあの女を悪く言わなかったが、そんな事はもうどうでもいい。櫛谷は絶対に許さない。
彼女は、櫛谷京香を嫌悪の対象から憎悪の対象へと変えた。
そして、そこからはどうやって彼女を消すかを考え始めた。
なるべく自分の仕業だとバレない方法はないものか。
寝ている間にジャングルへ運んで猛獣のエサにするか。いや無理だ。絶対に起きるだろうし、人一人を運べるわけがない。
自殺に見せかけて殺せないか。いやこれも無理だ。校舎内には人が多くいるため、誰かに見つかる可能性が高い。
人が多くいても、自分が疑われずに命を奪う方法。
不意に厨房での高田と宮木のやりとりを思い出した。
高田が間違えて毒キノコを調理しようとして、宮木に怒鳴られた件だ。
なんだ。簡単な方法があるではないか。
彼女は、櫛谷が悶え苦しむ様を思い浮かべて笑みを浮かべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます