十六話 欲望

 地底生活七日目。

 竹の入手により、生活水準が今までより少しマシになった。

 葉の皿や木の枝の箸が竹製のものに代わり、竹を枠組みして長方形の形にし、上部を竹から剥がした繊維を組み合わせてベッドが出来た。寝心地はまあ、地面に寝るよりはよっぽどマシだった。かなり手間がかかるためにまだ二人分のベッドしかない。これは役割分担して、継続して増やしていく方針だ。尚、出来上がったベッドの使用権は、体調が優れない者や怪我人を優先するが、それ以外は、一日で最も貢献した者になる。

 それを聞いて、洞窟組のメンバーは皆張り切って作業をしていた。

 竹を使ったものはそれだけではない。竹の先を斜めに切った竹槍の作成及び、その竹槍を使って猛獣撃退用のバリケードを作った。

 さらに、細い竹を使い、そのしなりを利用したトラップも作成して設置した。これによって、野ウサギと、野鳥を捕らえることが出来た。肉の食材に、皆は大喜びした。

 神矢は細い竹を使い吹き矢を作成しようかとも思ったがやめておく事にした。矢に塗る毒も、植物に詳しい河野なら知っているだろうが、こういったものは諸刃の剣となる可能性があるのだ。浦賀のような人間、まではいかなくとも、この洞窟内のメンバーの誰かが、毒の事を知ってよからぬ事を企むかもしれない。基本、他人を簡単に信用してはいけないと、神矢は常に自分に言い聞かせてきた。

 河野にも当然、毒草の知識を無闇にひけらかさないように釘を刺して置いた。

 他にも、女子生徒たちの要望で洞窟内には竹の仕切りも作られた。体育館並みの広さがある洞窟内は真ん中より奥側で区切られ、更に女子の部屋と男子の部屋に分けられた。

 男子生徒たちは非常に悔しがっている素振りを見せていたが、どこか安心しているようにも見えた。男子は男子で、女子がいると色々と気を使う事もあったからだ。

 神矢たちが見つけた温泉地については、当然大好評だった。温泉に入った女子は、肌が艶々となって、普段はお世辞にも美人とは言えない女子も、妙な色香を放っていた。

「……アイツ、あんなに可愛かったか?」

「他の女子の肌もメッチャ綺麗になったよな。きめ細やかな肌というかなんというか。……ヤベェ、股間が」

「可愛い女子はより一層可愛くなったよな……。何故だ? あの温泉は美人の湯なのか?」

 女子たちの変貌に、戸惑い興奮する男子たち。だが、その男子たちもまた温泉に入る事で美肌効果を得ていた。

「おまえのその肌すげぇな。プルンプルンじゃん」

「お前も人のこと言えねえぞ」

「おいおい、オレってこんなに美男子だったか? ……美しい」

 これによって、一人ナルシストが誕生してしまった。

 温泉の湯について、少し不思議な事があった。通常は湯に浸かって上がった後、タオルなどで身体を拭くが、ここでは拭くものなど限られている。無駄にタオルを使用できないので、自然に身体を乾かす事になるのだが、ものの数分で乾くのだった。手で拭き取るだけで、身体の不着した水分を拭き取れるのだ。

 科学部の見解だと、おそらく水素と酸素の粒子が通常よりも大きいのではないか、もしくは、肌を弾く特別な成分が含まれているのではないかという事だった。

 既にいくつもの不思議現象が起きているのだ。驚きはしたが、皆もう直ぐに受け入れるようになっていた。



 身体の調子が良くなる洞窟。食糧は豊富に見つかるが、危険と隣り合わせのジャングル。身体を清め、美肌効果のある温泉で美しくなる女子。

 心身共に健康な思春期の高校生たちと、数人の教師。

 七日間、異性と共に過ごしてきた。

 それは必然だった。男としての本能が疼くのだ。

 昼下がりの午後。午前に作業をした何組かが、洞窟内の男性部屋で休憩を取っていた時の事だった。

 神矢と九条もその場にはいたが、矢吹は外で作業をしていた。

「……あー女子の誰かとヤリてーなぁ」

 誰かが言ったその一言が種火となり、周囲に燃え広がるのは一瞬だった。

「なあなあ、やるとしたら誰とがいい?」

「オレはやはり、大人で色気のある鮎川先生だな。二十三歳だろ? 少し幼ない雰囲気のあるところがまたたまらん」

「藤木ってさ、胸でかいよな。あの胸に顔を埋めてみたい」

「オレは梶尾だな。肉付きが程よくてムチムチした感じがエロさを強調していて……ヤベ、涎が」

 気づけば、殆どの男子の股間にはテントが張られていた。

 順次トイレに駆け込んで、自分たちで処理をする男性陣。

 そんな彼らを見て神矢は少しまずいのではないかと考えていた。女子たちを狙う新たな獣が身近に発生してしまった。

 神矢自身もそうだ。最近、雪野や上原が近いせいで多少なりとも意識してしまうこともある。

「おい、お前ら」

 静かで且つ、腹に響くような重低音の声がした。

 声の主は、体育教師の菅原だった。胡座をかいて腕組みをして目を閉じている。

 角刈りで彫りの深い顔立ちの教師だ。かなり鍛えているらしく身体は筋肉質で、見た目強そうに見えるが、探索に参加している所は見た事がない。あと、浦賀が校舎を乗っ取った時にも、反抗したという話も聞かないし、矢吹にも物を申したりもない。その筋肉は伊達なのだろうか。

「……菅原センセー……じょ、冗談ですよ。男子お馴染みの下トークじゃないっすか」

 笑って誤魔化す男子たち。

「いや、同じ男としてお前たちの気持ちはわかる。性欲。それは人間の三代欲求の一つだ。雄が雌を求めるのは自然な行為なのだよ。ましてやこの状況。お前たちの本能が子孫を残そうとしているのだ」

 男子たちは顔を見合わせた。そして、菅原が同じ穴の狢だと分かると、ニヤリとした。

「という事は、先生もお目当ての女子がいるんですか?」

「そうだな。オレは彼女がこの学校に入って来た時から好意を抱いていた」

 何やら菅原の物語が始まった。どうでもいいので神矢は聞き流していたが、要するに鮎川の事が好きらしい。

 話に興味を無くした生徒たちは、菅原から逃げるように去っていく。残ったのは、三人の男子だった。胸の名札には、戸狩、芦尾、村田とある。二年の男子だ。

「この状況で子孫を残そうとするのは男だけではない。女もそうなのだ。女子たちも実は男を求めている可能性は高い」

 話の流れが妙な事になってきた。

「マジですか先生! だったら、ちょっとくらい強引にいっちゃっても大丈夫ですかね!」

「そうだな。女は押しに弱い生き物だ。何回か頼めばきっとヤラしてくれるだろう」

「だったらオレいっちゃうよ? そうだな、雪野とか押しに弱そうだよな」

「上原もいけそうじゃね? なんか最近、優しい感じが出てきたしよ」

 それを聞いて神矢は不愉快な気分になった。それは、隣で聞いていた九条も同じだったようだ。

「……ちょっと、宜しいですか?」顔は笑っていたが、拳が握られている。

「ん? ああ、警備員さんもいっちゃいますか? 誰がいいです? 女子生徒いっちゃいます?」

 九条は笑顔のまま菅原たちに言った。

「女子たちにも選ぶ権利はあると思いますよ」

 その言葉に菅原や男子生徒たちが、九条を睨みつける。

「……どういう意味ですかな?」

「彼女たちも獣以下とはしたくないでしょう」

「なんだとゴラァ! 誰が獣以下だ!」

 九条はやれやれと首を横に振った。

「先程先生は、雄は雌を求めるのは自然な行為だと仰いましたね。それ自体に反論はありませんよ。ですけど、行為に及ぶに至る過程をお忘れです。動物でさえ求愛する時には様々な行動をとるんですよ」

 それは神矢も知っている。雄の孔雀は、羽を大きく広げて求愛行動を取る。カワセミは、魚を雌にプレゼントする。蟹のシオマネキは大きなハサミを振り上げて招く動作をする。などなど。

「虫ですらちゃんと求愛行動しますしね。それを考えると、あなたたちは虫以下って事ですか」

 神矢は驚いていた。いつもの九条ではない。九条とはまだ数日の付き合いだが、それでも普段の彼からは考えられない物言いだった。

 当然、馬鹿にされた菅原と男子生徒たちは激昂した。

「何だてめえ! 警備員だか知らねえがしゃしゃり出てきてんじゃねーよ!」

 九条の胸ぐらを掴もうとする男子。九条はその手首を掴んで捻り上げた。

「あだだだだだ!」

「女は男の性処理の道具じゃない。こんなわかり切った事を言われなければわかりませんか?」

 九条に睨みつけられ、菅原たちはたじろいだ。これ程の威圧感を持つ男だったのか。神矢も背筋がゾクリとなった。

 菅原は「は、はは、嫌だなぁ。そんな事はわかってますよ。ちょっと悪ノリが過ぎたようですね。反省します。お、お前らも謝れ」

「あ、す、すいませんでした」

 謝る彼らに、九条は息を吐いて、ニコリと笑った。

「……こちらこそ、少し言い過ぎました。非礼をお詫びします」と言って、頭を下げた。

「さて、そろそろ午後の作業だな。よし、みんな頑張ろう」

 菅原たちは逃げるようにして、その場から去っていった。

 九条と目が合うと、彼は苦い顔になった。

「ちょっと見苦しい所見せてしまったな」

「……いえ、そんな事はないですよ。九条さんが言わなければ、あいつらたぶん本気で女子を襲っていたかもしれません」

「まだ油断はできないけどな」

 神矢は頷いた。欲望の疼きはそう簡単に消えるものではないことは知っていた。

 九条の事は気になるが、先ほどの様子を見るとあまり詮索しない方が良さそうだ。

「俺たちも作業に戻りましょう」

「そうだな。……気を遣わせて悪いね」

 神矢たちも、午後の作業に戻る事にした。

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