十四話 知識
校舎より北西に位置する神矢たち一向が拠点とする洞窟の、さらに北へと神矢たちは探索を開始した。
今回のメンバーは、神矢、九条、雪野、上原、そして今回初参加の
河野のことを、神矢は知らない。隣のクラスの生徒らしいが、上原は知り合いらしかった。
「河野、何でついてきたの?」上原が不思議そうに訊ねる。
河野はメガネの真ん中を人差し指でくいっと持ち上げて言った。
「このジャングルの植物に興味があるからだ。僕は、将来植物学者になりたいと思っていてね。ここの植物は非常に面白いから是非とも見て回りたいんだよ」
「……へぇー、そうなんだ」
上原はどうでも良さそうに河野の言葉を流した。
「河野くんは、植物に詳しいのかい?」と、九条が訊ねた。
「まあ、それなりには詳しいと思いますよ」
「ほほう、それじゃ食べれそうな野草とか見つけたら是非とも教えてくれ」
「いいですよ」
柄の悪い生徒たちが多いこの学校では、河野は普通に真面目な生徒のようだ。そんな事を思いつつ、神矢は上を見上げる。
相変わらず上空には岩の天井があり、光を帯びてとても明るい。周囲の植物もまた統一性がなく、様々な種類の樹木や、草や花が見受けられた。
通常サイズのものもあれば、人の身体を包めそうな葉っぱもあった。
葉っぱの掛け布団を脳裏に浮かべ、神矢は一応その考えを頭の片隅に置いた。葉っぱなどゴワゴワしていて、布団の役割などとても果たせないだろう。
先ほどから河野が興奮した面持ちで周囲の草木に魅入っていて、中々進む事が出来なかったが、河野の植物の知識は確かに役に立ちそうだった。
「うぉーマジかコレ! シャーマン将軍の木じゃねーか! 信じられねえ! 何でこんな所にあんだよ! この大きさだと樹齢千年は越えてんじゃないか! ん? コッチに咲いている大量の花は……何だとぉ! 絶滅危惧種のコキアコーケイじゃねーか! ぬあー! アッチには絶滅危惧種のユウレイランの群生地帯! どうなってんだこのジャングルは!」
大興奮の河野。植物の名前など殆ど知らない神矢たちは、そんな河野の熱量に気圧されるばかりだった。
「ちょ、河野くん……。落ち着いて、とりあえずは先に進みましょう」
雪野が何とか彼を宥めると、河野は我に返り、「すいません。取り乱しました」と、謝ったが鼻息は荒いままだった。
少し進むと、竹林を見つけた。
「まあ、竹が生えていてもおかしくはないけど……」と、神矢はつぶやいた。
動物といい昆虫といい植物といい、全てが異常だ。まるで地上世界の全てがごちゃ混ぜになったような世界だった。
近くに寄ると、九条が足元にあるものを見つけた。
「おっと、筍発見。こいつは良いものを見つけたな」
新たな食材確保に、一同は喜んだ。
辺りを探して、さらに五つほど筍を手に入れた。
「やったね神矢くん」雪野も嬉しそうだ。
神矢は「ああ」と返事しつつ、竹を見ていた。そして、九条に言う。
「この竹、色々と使えそうですね」
「ん? ああそうだな。軽いし加工もしやすいし、竹の繊維を使ってうまく束ねたらベッドも作れそうだ。他にも食器の代わりにもなる。コレは確かにいろいろと万能だ」
更に言うならそのまま竹の棒でも武器にもなるし竹槍にもなる。しなりを活かしたトラップを作る際にも優秀だ。
神矢たちはこの場所を覚えておいて、更に探索を続けることにする。
河野は周囲に珍しい植物を見つけるたびに興奮していた。
これだけ植物に詳しいのならば、是非とも彼には探してもらいたいものがあった。
「河野くん、君のその植物の知識を借りたい」
「呼び捨てでいいよ。僕も神矢って呼ぶから。で、何だ?」
「薬草の知識はあるか? これだけ危険な場所ではケガをする事もあるだろう。校舎は浦賀に占拠されているから、保健室は使えないし保険医の早瀬先生もいない。何かあった時に処置が必要となる」
「なるほど。そういうことなら任せてくれ。薬草の知識もある程度あるから。ここには、普通の植物もレアな植物も沢山ある。怪我や病気に効く薬草もたくさんあるはずだから、見つけたら教えるよ」
そう言って、河野は少し嬉しそうに笑った。
「はは、僕の知識がこんな所で役立つなんて思わなかったな」
「良かったじゃん河野」
上原に言われ、河野は少し驚いたように彼女を見た。
「何よ?」
「いや、上原さんてもうちょっとキツいイメージがあったから……」
「何よそれ」
「あ、それわかる。綾ちゃん、少し前からなんか急に角が取れたみたいになったよね。えっと、神矢くんたちと探索に行ってからかな?」
「んな、遥、何言ってんのよ。わたしはいつもこんなんよ!」
「大丈夫よ綾ちゃん。ちゃんとわかっているから」
「わ、わかってるって何がよ」
「だって、わたしと同じだもん」
「……へ? お、同じって、まさか遥も…?」
「ん、まあね」
その言葉に絶句する上原。
神矢には二人が何を言っているのかさっぱりわからなかった。まあ、女子同士で何かしら通じるものがあるのだろう。
「若いって羨ましいですな」
九条には分かっているようだ。
「……なんなんですか? 彼女たちは一体何を言ってるんですか?」
神矢の怪訝な声に、九条は呆れの表情になった。
「……なるほど。君は自分の事となるとかなり鈍いようだな」
……鈍い? 神矢は本当に何を言っているのかわからなかった。
「まあ、俺はこれに関しては傍観者となるよ。下手に口を出せば話が拗れるかもしれんしな」
何か納得いかないが、とりあえず考えても仕方がないので先へと進む事にする。
途中で河野の知識が本領発揮した。
薬草となる葉を次々と見つけたのだ。
弟切草……止血や鎮痛の役割を持つ。
ヒメガマ……花粉を直接の塗りつけることで止血の効果。根茎は多量の澱粉を含み食用にもなり、若芽も食べられる。
河野が他にも色々と見つけて興奮していたが、神矢たちにはさっぱり分からないので任せる事にした。
「後は打撲とかに効くコレと、他にも便秘に悩む人がいるかもしれないからコレもいるな。逆に慣れない食べ物で腹を壊す人も出るだろう。コイツも必要か」
嬉々として、河野は薬草やら果実やら種やら樹皮やらを集めていた。
「ちょっと! 流石にこんなにたくさん持ち帰れないわよ!」流石に上原が苦情を言った。
「え? あ、ちょっと張り切りすぎた。ごめんごめん」
「とりあえず、また取りに来ればいいさ。それより、少し休憩しようか」
九条が言って、全員それに賛成した。
「なあ、あっちから水の音が聞こえないか?」
河野の言葉に耳を澄ますと、確かに水の流れる音がした。
どうせ休憩するなら水場の近くがいいだろうということで、皆で音のする方へと移動する。
やがて、ジャングルの中に巨大な岩が見えてきた。水音の出所は、岩と岩の小さな隙間から出てきている水で、小さな水溜まりとなっていた。
「ちょうど座るのにいい石があるしそこに座ろう」
九条が言って、それぞれが石に腰掛けた。
「うわ、この石暖かくない?」
「うん、かなり暖かいけど、なんで?」
石に手を置いて雪野と上原が驚いて腰を上げた。
神矢たちも石を触り調べてみる。確かに暖かい。
「……また地底ジャングルの不思議現象か?」
河野の言葉に、神矢は石の近くの地面に手を当てた。地面もかなり熱をもっている。真夏の太陽に照らされたアスファルト並みだ。
だが、ここは地底。太陽の熱などではない。
まさか、二日目に立てた仮説のマグマによる熱か。
そう考えた時、神矢の鼻に何かが匂った。
「……何か匂わないか?」
慌てる雪野と上原。
「え、やだ、確かに三日もお風呂入ってないから匂うかもしんないけど……」
「……ちょっとデリカシーにかけるわよ神矢」
「違う。この匂いは、硫化水素か?」
「え? 硫化水素?」雪野が怪訝な顔になる。
「簡単に言えば温泉地の匂いだな。世間では硫黄の匂いと言われている」九条がそれに答えた。「まあ、正確には硫黄自体は無臭で、硫黄泉から出た硫化水素が匂いの元らしいけど」と、豆知識まで話した。
それを聞いて皆匂いに集中した。卵の腐ったような匂い。間違いない。
「ホントだ。温泉旅館とかで嗅いだことのある匂いだ。え、ということはまさか……」雪野の顔が期待に満ちた。
「ちょっと待った。硫化水素は濃度が濃いと死ぬ可能性もあるんだ」
神矢が言うと、雪野たちは驚いた。
「え、ヤバいじゃん……」
「俺がちょっと匂いの元を探ってみるよ。どうやら、あの岩の中辺りからだと思うんだけど」
「絶対ダメ!」雪野と上原の声が重なった。
「いや、でも大丈夫かも知れないし」
「行かなくていいわよ! 別に温泉じゃなくても、お湯沸かして身体拭けばいいだけだから!」
女子たちに詰め寄られ、神矢は後ずさった。
それを見た九条がため息ついて立ち上がる。
「神矢くんは何でもかんでも自分でやろうとしすぎた。ここは大人である俺が行く。何、こう見えて俺は勘が働く方でな。ヤバいと思ったら引き返すから」
九条は真剣な顔で神矢を見た。
「……わかりました。それではお願いします。でも、くれぐれも気をつけてください」
九条は頷いた。そこに、おずおずと河野が「あの、コレ」と手のひらサイズの葉っぱを差し出した。地上でも見た事のある葉っぱだった。独特の匂いがして、庭のあちこちで生えて長い根が蔓延る迷惑な雑草。
これもまた地上のよりデカい。
「ドクダミの葉です。これで鼻と口を覆うようにしてください。ドクダミには解毒作用があると言われていますから」
「マジか。ドクダミにそんな効果があったとは知らなかったな。いやありがとう。助かるよ……て、やっぱり臭いな…」
「本来は乾燥させてお茶などにして飲むことで解毒の作用があるそうです。
「いや、充分だよ。それじゃ、ちょっくら行ってくる」
言って九条は巨大岩へと向かい、まずぐるりと周りを見て回った。奥の方に進んで姿が見えなくなり、しばらく時間が経った。なかなか戻ってこない。
「……大丈夫か。様子を見に行った方がいいか」
心配していると、九条が岩の奥から姿を見せて、手招きをした。
「大丈夫そうだな。行ってみよう」
神矢たちは九条の元に近づいた。
「どうでした?」
「硫化水素の濃度は大丈夫そうだ。それよりも、この岩に囲まれた中心を見てみなよ」
九条に促され、岩の周りを歩いていくと、岩と岩の間に人一人が通れる隙間があった。そこから中を覗き、女子たちは歓喜の声を上げた。
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