八話 仮説

 講堂の時計の針は午後の八時を指していた。

 室内は当然電気が通っているわけもなく、点いているのは蝋燭の光だけだ。

 発電機もあるが、音で獣たちがやってくる恐れがあるため使用は禁止している。

 外は暗く、夜のジャングルからは不気味な動物の声が聞こえてきていた。

 さらに、昼間は暑いくらいだったのに、今はかなり寒くなっていた。

「……何で地中なのに昼夜があるんだよ」

 何人かが、そんな疑問を口にした。

「だから言ってるだろう。ここは、別世界で俺たちは誰かによって召還されたんだって」

「……何か兵藤の言葉が本当に思えてきた」

 当初は兵藤の戯言を聞き入れるの者はいなかったが、これだけ不思議なことが続くとそう思いたくなるのも無理はない。

 そんな彼らを見て、神矢は内心あきれ返りながら、九条と雪野と一緒に講堂内の隅で食事をしていた。

 食事といっても、菓子類とジュース、それと今日採取してきたミツツボアリの蜜だ。蜜に関しては大好評すぎて、全員分には行き渡らなかった。また後日取りに行くことになる。

「不思議よねぇ。地中にジャングルがあってわけのわからない虫がいたり、昼や夜があるなんて」

 ポテトチップスを一枚手にとって雪野が言った。

「と、いうか本当に地中なのか? 地中を落ちて地球の裏側まで来たってことはないわな?」

「そうだとしたら、地球の核で俺たちは燃え尽きていて、今のこの世界は死後の世界ってことになりますね」

 九条の冗談に、真顔で神矢は言った。

「なるほど。死後の世界、か。冗談でも考えたくはないな。しかし、だとしたらここはなんなんだろうな」

「実は、俺なりに仮説を立ててみたんです」

 神矢は真面目な顔になり、九条を見た。

「ふむ。是非とも聞かせてくれ」

 神矢は頷いた。実は誰かに聞いて欲しかったのだが、気の知れた仲間はこの学校にはいない。僅かな時間ではあるが、九条と共に行動して、話せる人物だと判断した。

「探索に出た時上空を見たんですが、天井は土ではなく岩のようでした。そして、その岩自体が光を帯びているように見えたんです。それが今は、光を潜めているけど完全に消えたわけじゃなくて、所々が淡く光っている。だから、地上の夜のように多少は見える。まるで満点の星空みたいでした」

「へえー。後で見ようっと」雪野が言った。

「それで、何故光るのか考えたんですけど、ここは蛍石けいせきのようなフッ化カルシウムを含む鉱物が異常に多いんじゃないかと思うんです。そして、それに何かの熱エネルギーが影響しているんじゃないでしょうか。昼間は地熱の活動が活発になり、その熱に反応して光る。夜は地熱の活動が落ち着くために光が弱まるのだとすれば、地底内の昼夜の現象の辻褄は合います」

 蛍石は熱を加えると発光する性質を持つ。だが、熱を加え過ぎると弾けてしまい、その後は熱を加えても光る事はない。

 この地底内にある鉱物は、蛍石と似て非なるものではないかというのが、神矢の推測だ。

「じゃあ、その蛍石のおかげで地底なのに明るいってわけ?」

 質問をしたのは雪野だ。

「いや、蛍石だけであの明るさは考えられない。地上の昼間と大差ないのはあり得ない。だから、もっとさらに幾つもの要素が絡んでいるんだろうと思う」

 九条は感心して頷いていた。

「成る程。君は頭が良いんだな」

「……わたしも驚いた。神矢くんめちゃくちゃかしこいんじゃん……何でこの高校に入ったの?」

 神矢は頭をかいて、「家に近い高校がここだったからだよ」と言って顔を背けた。

 九条がそんな神矢を見て、僅かに眉を顰めたが話の続きを促した。

「さっき、熱エネルギーと言ったな。それは、アレの可能性もあるのか?」

 神矢は頷いた。熱エネルギーと聞いて、九条には何となく察しがついていたようだ。

「アレって何?」雪野が首を傾げる。

 神矢は九条を見た。不安を煽るような発言は避けたいが、ここまで話して話を逸らすのも不信に思われるだろう。

「……言っておくけど、あくまでも可能性の一つだ。だから、無闇に騒がないで聞いてくれるかい?」

 九条がそう釘を刺して、言った。

「マグマがひょっとしたら近くを通っているのかもしれない」

「え? じゃあ、ここマグマが出るの! 死んじゃうじゃない!」

 雪野が慌てた。周囲の生徒が何事かとこちらを見た。

 神矢は雪野の肩を掴んでこちらへと向かせ、諭すように話した。

「仮にマグマが近くを通っていたとして、このジャングルの規模を見ると、数百年以上は経っていると思う。それにここは、変異しているとはいえ、植物や動物たちが問題なく生きていける環境ということだ。そんな突然に、マグマが噴き出すなんて事はないよ」

「そ、そうなの?」雪野は少し安心したようだ。そして、神矢と正面から向き合っている事が恥ずかしくなったのか、顔を赤らめて背けた。

 本当の所を言うと、マグマがあったとして、それがいつ噴き出すなのかなんて誰にもわからない。余計な事を言って、不安を煽らないために誤魔化しただけだ。

「とにかく、その何かの熱で鉱石が光を帯び、その光で植物や生き物が育つ。普通の環境と違うから、生態系も地上と少し違うんだと思う」

 話を終えて、九条と雪野は神矢をまじまじと見た。

「なるほど。君が言うとそれっぽく聞こえるな」ぱちぱちと拍手する九条。

「神矢君って、ほんと頭良いんだ。それに、こんなに話す人だったんだね。初めて知った」雪野は神矢の顔を見つめた。

「……適当な憶測だよ。あまり、アテにしないでくれ」

 本心で神矢は言った。実際地質学者、生物学者ではないのだから、単なる空想だと自分でも考えていた。この不思議な場所に何か理由を無理やりこじつけたかっただけだ。

「……ふむ、神矢くんの説も素晴らしいが、俺の説も聞いてくれるか? 神矢くんの後だと、小っ恥ずかしいけど」

 九条が何やら話したそうなので、「どうぞ」と促した。

「太古の昔、地球が氷河期に入って、恐竜が絶滅したのはみんなが知っていると思う」

 それを聞いて、神矢は直ぐに九条の言わんとする事が理解出来た。が、とりあえず黙って聞く事にする。

「何でそこで恐竜なんですか?」と、雪野が怪訝そうな顔になった。

「一説では、その時一部の恐竜たちは生き延びていたというのがあるんだ。地上が氷河期になったのなら、逃げ延びる先はどこになると思う?」

「あ! それがこの地底世界って事ですか!」

「そういう事。漫画とかの設定でもよくある話だけどね。でも、実際こんな場所を発見したら、あながち作り話じゃないって思えるな」

「……じゃあ、このジャングルに恐竜が?」雪野は外へと視線を向けて、身を震わせた。

「それはないと思う。明らかに恐竜が住むにしては気温などの環境が違うしね。いたとしても、デカいトカゲとかじゃないかな」

「それはそれでいやぁ」雪野が心底嫌そうな顔で言う。爬虫類系がダメなのだろうか。

 九条がそんな雪野を見て苦笑する。

「デカいトカゲも嫌だけど、デカい昆虫を散々見た後だから、今更という感じではあるな」

「……まあ、確かにそうなんですけど」

 そんな事を話していてると、誰かがこちらに近づいてくる気配があった。

 見ると、同じクラスの男子二人だった。田川と小山だ。田川が長身で小山が背が低めの生徒だ。凸凹コンビとクラスでは言われている。

「雪野、そんなヤツらと話してないでこっちきなよ。気を紛らわすためにトランプやろうぜ」

「あっちには、上原と宍戸もいるからよ。おっさんと根暗相手だと疲れるだろ?」

 そう言って、雪野を連れ出そうとした。雪野はその言葉に顔をしかめた。

「そんなヤツらって何よ。九条さんと神矢くんは、わたしの命を助けてくれたの。恩人を悪く言うのはやめて」

 田川たちにとって予想外の反応だったのだろう。驚いた顔になり、そしてなぜか神矢たちを見て舌打ちした。

「……ふん、たまたまそこにいたのが神矢たちだっただけだろ。オレたちがそこにいたら、同じように雪野さんを助けていたさ。なあ、小山」

「当たり前だろ。オレたちは死んでも雪野さんを守る」

「そう。ありがとう。それじゃあ、何かあった時はお願いね。デカい蜘蛛とかデカいムカデとかデカい蝿とか来ても追っ払ってね」

 ニコリと笑って言う雪野。

 小山たちはそれを聞いて、引き攣った笑みになった。

「お、おう。ま、まかせろ。あ、そうだ、トイレに行こうとしてたんだった」と、小山たちは自信なさげに答え、逃げるように去って行った。

「雪野さん、なかなか言うじゃないか」

 九条が意地悪い笑みを浮かべた。

「……二人の事を悪く言われたからつい」

「別に雪野さんが気にすることないのに」

 神矢が言うと、九条と雪野は視線を交わせて、肩を竦めた。

「ホント、神矢くんてドライよね」

「でも、他人が危険な目に合っていると助けようとする熱いハートも持っているよな」

 九条の言葉に神矢はあからさまに嫌な顔をして立ち上がった。

「おっと、悪かったよ。機嫌を損ねないでくれ」

「か、神矢くんの事を悪く言うつもりはないのよ。気を悪くしたんならゴメンね」

「別に何とも思ってないよ。ちょっと図書室に行くだけだから」

「……図書室? おお、成る程。あーもう、何でオレも直ぐに気づかなかったかね。学校には図書室があるんじゃないか」

「オレもさっき思いついたんですよ」

「へ? 図書室が何だって言うの? まさかこんな時に読書? それとも勉強?」

「ある意味、勉強だな」と、九条。

 雪野はわかっていない様子だ。

「この状況は殆どサバイバルと同じだ。だけど、校舎という拠点はあるし、ある程度のサバイバルに必要な道具や設備が整っている。それでもやはり、いつ地上へと出られるかわからない以上、ここで生き残るための知識や知恵が必要なんだ」

「そうか。図書室はその知識を得る為にうってつけ……」

「いきなり何にもなしで無人島ってのよりかははるかにマシだな。これも、不幸中の幸いというべきなのかな」

 九条は肩をすくめてそう言った。

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