六話 再探索
神矢のグループは、最初にいた鮫島、小川が抜けて五人のメンバーだ。
兵藤は申し訳なさそうに、「……俺、今度は逃げないから入れてくれ」と言ってきた。雪野を見捨てた事を後悔しているようだ。
先ほどジャングルに入って感じたが、異常な広さだった。どれだけ広いのかわからないが、少しずつ探索していては終わりが見えないだろう。だからといって危険は冒せない。
武器とリュックを持って、探索開始とする。神矢の武器は刃渡り十センチ程のサバイバルナイフだった。職員室に保管されていたモノである。
鮎川の説明だと、もともと、問題児グループが何本か所持していたらしく、教師が見つけて取り上げたものだという。
リュックには水を確保するためのペットボトルを何本か入れた。
先ほどと同じく、神矢たちは直進方向に進んだ。先ほどつけた目印が頼りだった。
程なくして、蜘蛛がいた場所に来たが、もう蜘蛛はいなかった。
ほっと胸を撫で下ろす一同。そのまま、周囲を見回しながら先へと進む。
しばらく進むと、突然雪野が短く悲鳴をあげた。
「何だ? どうした?」
「ま、またでかい虫……」樹の上を指して言う。
それを見てまた絶句する一同。
「……おいおい。カナブンかあれ?」
九条の言葉通り、それはカナブンのようだった。ただし、そのサイズは十センチ程。
「……蜘蛛といいムカデといいカナブンといい。どうも、ここは巨大生物の森のようだな」
神矢はため息をついた。
「虫サイズでこれだったら、他の動物は恐竜みたいなサイズってことかよ!」
兵藤が声を震わせて言った。そのすぐ足元を、普通のネズミが通りすぎて彼は驚いた。
「……そういうわけでもなさそうね。普通サイズの動物もいるみたい」
鮎川は少しだけ、安心したようだ。確かに全てが巨大化していたら、絶望しかないだろう。
先を進んで行くと様々な生物や植物を見かけた。
「うお! あのテントウムシもデカいぞ! 手のひらサイズくらいはありそうだ!」
「見たことのないカラフルな蝶がいるな。レインボーアゲハとかそんなんか?」
「……ねえ、あれって、チューリップだよね? わたしの目の錯覚じゃなかったら、今チューリップの花が開いて虫を食べたように見えたんだけど」
「あ、コレってミントじゃない? ……やっぱりサイズが大きいけど」
もうわけがわからない。きっと、ここは魔のジャングルなのだろう。
しばらく進むと、また巨木に群がる巨大昆虫を見つけた。
「あ、綺麗」
「……そう?」
雪野は目を輝かせたが、鮎川は顔をしかめた。
腹が緑色で腹部が風船のように膨らんだ蟻だった。そのサイズ、およそ二十センチ強。
数十匹が木の枝にぶら下がり、その口に働きアリが何かを運んで与えている。働き蟻の方は五、六センチ程だった。
それにしてもデカい。よく見てみると、神矢はその生物に心当たりがあった。
「……ミツツボアリか? それともツムギアリ?」と怪訝な顔をする九条。彼も知っていたようだ。
「混合種みたいなものかな?」神矢も首を捻った。
「何それ?」雪野たちは首を傾げた。
ミツツボアリもツムギアリもその名の通りである。ミツツボアリは、腹に蜜をためて風船のように膨らませる習性を持つ。海外ではこのアリを使って蜜を採取する農園もあるらしい。ツムギアリは、葉を紡いで巣を作り、別名グリーンアントとも呼ばれ、その緑の腹にはビタミンCが豊富ということで食すこともできる。味はかなり酸っぱいようだ。
神矢はその蟻を見て奇妙に思った。普通は、自分の巣で厳しい季節を越す為に蜜を蓄えるものである。こんなところで、蜜を蓄える意味があるのだろうか。
考えた所で仕方がない。ともかく、これは食糧ゲットのチャンスではないだろうか。
「食べるの? これ……」雪野と鮎川は心底嫌そうだった。
神矢はとりあえずゆっくりと、蟻たちの様子を伺いながら近づいた。この蟻が危険じゃないとは限らないのだ。
枝の上を行進する数十匹の働き蟻たちの動きが止まり、神矢の方を見下ろした。
コレだけの大きい蟻の集団に見られることなど、普段は考えられない。何か本能的なもので危険を察知しているのだろうか。
蟻の力は自身の数十倍の大きさのものを運ぶ力がある。その強靭な牙も侮れない。もしも、集団で襲われたらひとたまりもないだろう。
「……敵じゃないからな。少し、その蜜を分けてほしいだけなんだ」
言葉が通じるはずがないのだが、敵意が無いことは伝わったのか、蟻たちはまた何事もなかったかのように動き出した。
安堵の息を吐いて、神矢は空のペットボトルをアリの下に構えた。ほんの少しだけ腹を押すと尻から蜜が出てきた。
蟻は動じることなくそのままだった。
ペットボトルに注がれる琥珀色の液体。トロリと粘りがあり、芳醇な甘い香りが周囲に漂った。
「あ、すごいいい匂い。だけど……」
蟻の腹から出た物を食べるのに、二人は難色を示した。
神矢は指についたその蜜を、口に運んだ。
一瞬動きが止まり、指を見つめる神矢。
「どう?」
「……なんだコレは」
衝撃だった。スーパーで売っているような蜜の味ではない。極上の高品質な蜂蜜ならこんな味なのだろうか。
濃厚で口の中に香りが広がり、甘さはしつこくなく後味もスッキリとしている。
「あり得ない。こんな美味い蜜は食べたことがない」
神矢の言葉に、顔を見合わせる一同。
「ホントか? 俺も舐めてみる」
兵藤も蟻からでる蜜を指に少量つけて、舐めた。
「あ、ついでに俺も」と九条も便乗して自分の指で掬って舐める。
「うっわ! 何だこれ! めちゃくちゃうめえ! めちゃくちゃうめえ! 何だこれ! 何だこれ!」
大興奮の兵藤。
「いや、ホント、マジで何だこの美味さ……」九条も舌鼓を打っている。
雪野の鮎川は顔を見合わせ、同じようにおそるおそる指で掬って舐めた。
数分後、二リッターのペットボトルの三本が蜜で一杯になっていた。
「……重いな。ちょっと入れすぎだろ」
男子が一本ずつリュックに入れて運ぶことになった。
「悪いな。せっかく貯めた蜜を」
神矢は蟻の腹に手を当てて謝った。蟻の目がコチラを見たような気がしたが、気のせいだろう。
「コイツ、蟻に謝ってやがる。アホだな」
「何言ってるの兵藤くん。神矢くん、わたしはそういうの好きよ。自然の恵みへの感謝は大切よね」
「す、好きって先生? ふ、ふふ、蟻どもよ。感謝してやる。ありがたく思え」
何を言っているかわからない兵藤を無視して、神矢は働き蟻たちを見た。蜜を奪われたからといって攻撃してくる様子はない。まるで、それが当然かのように無視して変わらず蜜を運んでいる。
蜜は奪われる前提なのだろうか。ひょっとしたら、この蜜を相手に与えて利のある生き物と思わせて、自分の身を守っているのかもしれない。もしくは、この蜜を与える事で守ってもらうような共生関係の生物がいるのかもしれない。あくまでも、憶測でしかないが。
「とりあえずいったん戻ろう。みんなこれ食べたら喜ぶぞ」
九条が言って、今回の探索はここまでとした。
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