五話 ジャングルの洗礼

 探索グループの一つは美術の福永が仕切っていた。

「よーし、お前ら俺について来い! 勝手な行動はするんじゃないぞ! こういうのはチームワークがものを言うんだからな!」

 即席のグループにそんなチームワークなどあるはずもない。

 大人として、教師として単に威厳を示したいだけなのが丸わかりだった。

 コンパスを確認して、とりあえず、真っ直ぐ西に進む。

 福永率いるメンバーは、二年の佐野と赤木、三年の沢田と松下、武田だった。

「……福永のヤツ、うぜえな」

「ああ、調子に乗ってやがる」

 普段から態度がデカい福永に対して、生徒たちは嫌悪を示していた。

 不愉快な気分で探索をしていると、茂みで何かが動いた。

 福永がビクリとなって、素早く生徒たちの後ろに隠れた。

 出てきたのは体長三十センチ程の、かなり大きめの赤黒いムカデだった。

「こ、この、虫ケラの分際で脅かすな!」

 福永はムカデと距離を取って怒鳴った。

 生徒の後ろに隠れて、ムカデに怒鳴り散らす教師。

 生徒たちは呆れ果てていた。

 福永が、辺りを見回し大きめの石を拾い上げた。

 何をするのかと見ていれば、福永はその石を少し離れたところからムカデ目がけて放り投げて、下敷きにした。さらに、その上に乗ってグリグリと石を踏みつける。

 ムカデは頭だけを覗かせていて、何やらギィギィと音を鳴らしていた。

「はっはぁ! ざまあみろ! 見たかお前ら、ムカデが出たら俺に任せろよ!」

 呆れてものも言えなかった。

 また茂みがガサガサと動いた。

「まだムカデがいるのか? よーし、俺が退治して……」

 福永の言葉が尻すぼみになった。茂みから現れた巨大なムカデを目にして。

 その大きさは大人の身長程もあった。

 世界最大のムカデであるペルビアンジャイアントオオムカデでも、最大四十センチ程。それを遥かに上回るサイズのムカデだった。

 福永は情けない悲鳴をあげて仰け反り、乗っていた石から足を踏み外して、地面に足を着いた。その瞬間、潰されていたムカデが、福永の足に咬みついた。

 体長十センチ程のムカデに咬まれても激痛が走るのだ。三十センチのムカデに咬まれたなら、その痛みも通常の比ではなかった。

 凄まじい激痛に福永は絶叫をあげた。

 涙と鼻水を垂らしながら、地面を這って逃げようとする福永に、巨大ムカデが素早い動きでからみついてきた。

「た、助けて」

 福永の最後の言葉がそれだった。

 巨大ムカデが福永の頸部に噛みつき、頭部と胴体とを切り離した。

 ごろんと転がった福永の頭部に、茂みから出てきた大量の小さいムカデが群がっていった。

 福永が殺したのは、ムカデの子だったのだ。それに怒った親ムカデが出てきたのである。

「に、逃げろぉ!」

 生徒たちは全速力で逃げ出そうとして振り返った。

 そこに、鎌首をもたげたもう一匹の巨大ムカデがいた。

 反応する間も無く、佐野がそのムカデに腹を咬まれた。

「さ、佐野ぉ!」

「もう無理だ! 俺たちだけでも逃げるぞ!」

 佐野を置いて逃げていく生徒たち。だが、巨大ムカデは我が子を殺した人間たちを逃すつもりはなかった。

 二匹の巨大ムカデが、その大量の足を波打つように動かして、凄まじいスピードで追いかけてくる。

「く、くるなあぁー!」

 ムカデが沢田に追いつき、その足を咬みちぎった。そして、倒れて動けなくなった所で胸に咬みついて毒を体内に送り込む。

 沢田は目を見開いたまま絶命した。

「さ、沢田! ち、ちくしょう! この虫ケラが調子に乗ってんじゃねえ!」

 無謀にも松下が近くにあった木の棒で、ムカデに立ち向かった。振り下ろした木の棒は、ムカデの頭部に当たったが、簡単に折れてしまった。

「……あ」左右から挟まれる形で一体が松下の頭に咬みつき、もう一体が胴体に咬みついた。

 松下は白目を剥き、身体を小刻みに痙攣させた後、動かなくなった。

 赤木と武田は恐怖で頭を真っ白にしながらも走り続けた。

 そして、校舎が見えて、ギリギリの所で中に入り込んだのである。


 

 探索に出たグループの話を聞いて、講堂内の生徒たちは騒然となった。

「どうすんだよ! 食糧は直ぐに尽きるんだろ! ジャングルには巨大で危険な虫がいる! いったいどうしたらいいんだよ!」

「もうやだ! 家に帰りたい!」

 怒りをぶつける生徒、泣き出す生徒。

「落ち着け! 何かいい方法があるはずだ! 冷静になって考えるんだ!」

 必死に、彼らを落ち着かせようとする教師たち。

 パニック寸前だった。

 死人が出たのだ。当然の反応である。

 亡くなったのは四名。二年の佐野と三年の松下、沢田、それと教師の福永だった。

 神矢は講堂を出た。ここで喚いているだけなどまっぴらだった。

 神矢の行動に気づいて九条が出てきて、さらに雪野、鮎川がついてきた。

「どこ行くんだ?」と九条。

「とりあえず、何か武器になるものを探します」

「ぶ、武器?」鮎川が驚いた。

 九条は顎に手を添えて、わずかな間思案した。

「……なるほどな。君は随分と冷静だな。怖くないのか?」

 神矢は肩を竦めた。

「怖いですよ。だけど、自分にできることをしなければ、多分ここでは生きられない」

「……高校生なのに、大したもんだな。よし、俺も武器になりそうなもの探すか」

「……そんな物探してどうするの?」

 不安そうに、鮎川が聞いた。鮎川自身もわかっているはずだが、それでも聞かずにいられなかったのだろう。

 雪野が代わりに言った。

「外を探索するのに使うのね」

 神矢は頷いた。

「危険でも何でも、食料や水源を探さないといずれは死ぬんだ。だったらやるべきこと、できることをするしかない」

 雪野は少し俯いて考え、

「……うん、そうよね。あたしも、何か探すの手伝うわ」

 言う雪野に、鮎川は小さく息を吐いた。

「わかったわ。わたしも雪野さんと一緒に探すわよ。まったく、これじゃどっちが大人なんだかわからないわね」

「まったくですな。最近の高校生は逞しい」と九条が同調した。

 およそ、一時間後。神矢たちは台車に積んだそれらを、講堂内に運んだ。

 木製バットや金属バット。剣道の竹刀、木刀。鉄パイプやハンマー、草刈鎌、手斧、何故かサバイバルナイフ。家庭科室や食堂奥厨房からは、包丁やナイフもいくつか持ってきている。

 怪訝な顔をする生徒たち。

「それは何だ? 何をする気だ?」

 そういった声を無視して、神矢は九条に、「後の指示よろしくお願いします」と、頼んだ。

 神矢が言っても、生徒たちが賛同するとは思えなかった。大人の九条が言えば、まだ動く可能性はあるのではないか。事前にそう打ち合わせしたのだ。

「だからさ、そういうの苦手なんだが……」と本人は、渋々だったが。

 九条は声を上げて、これが武器で外を探索するときに使う物だと伝えた。

「そんな危険なことできるか!」と反対する者が大多数だった。

 そんな彼らに九条は声を張り上げた。

「危険でも何でも、食料を探さないといずれは死ぬかもしれない。だったらやるべきこと、できることをするしかないだろう!」

 九条は、神矢が先ほど言った台詞をほぼそのまま使用した。

 ざわざわと、戸惑いを見せる一同。やがて、

「おもしろそうじゃないか」と、茶髪の生徒が一歩前に出た。三年生の問題児グループの一人だ。

「ハンティングアクションゲームみたいでよ。ちょっとそういうのに憧れてたんだよな」

「矢吹さん! 本気か!」と、仲間が驚く。

「何だお前ら、虫ごときにやられて黙ってるのか?」

「い、いやそういうわけじゃないけど」

「怖いなら別にお前らはいいぞ」不敵に笑みを浮かべて言う矢吹に、彼の仲間はいきり立った。

「冗談じゃない! 虫ごときにびびってられるか! 俺も行ったらぁ!」

「お、俺も行くぞ!」

 と次々と名乗りを上げる問題児グループたち。それを境に、他の者も「お、俺も行こうかな」と行く気になり始めた。

 そして、探索グループは一グループ五人で四グループとなった。

 残りの者は、校舎内で待機だ。やはり死人が出ているジャングルに行きたがる者は少ない。

 そして、程なくして再び探索が開始された。

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