四話 探索

 生存者およそ七十名。救助はいつ来るのかわからない。

 唯一の救いは、地中なのに何故か昼間のような明るさだということ。

 現状、様々な問題が山積みだが、その一つが教師たちが言った水と食料だった。

 ジャングルを探索するに当たり、グループ分けがされることになった。

 中には、断固として外に出たがらない生徒もいた。危険なことに自分からは決して首を突っ込まない。それも一つの生存本能だ。

 残った人数で探索グループを作成し、教師を最低でも一人含むように分けられた。神矢のグループは、鮎川翔子、雪野遥、兵藤光一、九条洸哉、鮫島正樹、小川悟の七人となった。

 教師の数は八人。うち二人は体調が悪いということで居残り組である。

 グループは、気の知れた仲間同士、同じクラスの者同士ということになった。九条に関しては、大人の余り者ということで神矢のところに入った。

「いきなり全員で探索しても、全員が疲弊するだけだし、人数確認も大変だ。それに、コンパスも四つ程しかなかったしな。まずは一旦三グループ程で周辺を探索してくれ。疲れたら戻って来て他のグループと交代だ。そして、密林の規模が大きければ、グループを増やすという形でいいだろう」

 教師の一人の言葉にとりあえず異論はなかった。

 先行組の一つは、鮎川グループだ。残りの二組は、数学の辻本の組。そして、美術の福永の組である。

「頼むぞ! 何とかして地上への手がかりを見つけてきてくれよ!」

 居残り組の生徒たちが、懇願した。

 三グループはいったん、下駄箱前に集まり探索方法を話し合った。どれだけの時間でどこまで探索するか、などなど。

 神矢はふと自分たちの格好を見た。夏休みの補習だったため、下は学生のズボンに上は半袖のカッターシャツの夏服だ。女子たちも上は同じく、下は当然スカートだ。膝から下の素足が見えていて、ソックスは短く靴も支給の学生靴だった。

「おい神矢! てめえ、こんな時に女子の足見て何考えてんだ! 真面目にやれ!」

 クラスメイトであり赤点組の鮫島が怒鳴った。部活をしていないのにスポーツ刈りをしている少し背の低い生徒だ。

 鬱陶しく思いながらも、神矢は仕方なく発言した。

「この格好でこんな密林に入るのは危険だと思ったんだよ。どんな虫がいるか分からないし、危険な植物もあるかもしれない。体操着であるジャージに着替えるか、せめてスカートの下にズボンを履いた方がいいだろうって思ったんだよ」

 それを聞いて、皆が顔を見合わせる。

「確かにそうだな。普段なら直ぐに気がつくはずなんだが、まだ頭が混乱しているようだ」

 教師たちはそう言い訳して、苦笑して誤魔化した。

 それから、神矢たちは長袖長ズボンのジャージへと着替えた。靴も運動靴へと履き替えるが、ソックスは履き替えられるものがなくそのままとなった。

 そうして最低限の準備をして、探索へととりかかる。

 ジャングルの規模が大きい場合、無闇に進めば帰ってこれなくなる。慎重に、目印等を忘れずにつけて進むことを肝に銘じ、グループは三方向に出発した。

 校舎を出て、すぐに神矢は振り返って校舎を見た。

 屋上部分と横の外壁は岩壁に埋もれていて、正面入り口及び校舎前面だけが見えている状態だった。二階は木々で埋もれている。

 なるほど、だから校舎内上階にいた時は暗かったのか。

「おい、行くぞ!」

 兵藤が苛立った声を出した。参加は渋々といった様子である。

 神矢たちは北方向に足を進めた。当然、こんな地中のジャングルに道というものはない。足で草を踏みしめ、自分たちで獣道を作って進んだ。一応これが道しるべとなるが、他にも木々に傷をつけたり、枝を折ったりして目印とした。

 あと頼りはコンパスだ。地中での磁場がどうなっているか不明だが、今のところは機能しているようだった。

 神矢は上を見上げた、かなり高い所に岩のような天井がある。その岩自体が、白色電灯のような明るみを帯びているようだった。どういう鉱石が混じっているのか不明だが、この明るさは岩自体の特性らしい。

「……それにしても暑いな。熱帯地域かよ」

 小川が腕まくりをして言った。肌を保護するための長袖ジャージのはずだが、それも仕方ない。

 確かに暑った。熱気は地面からくるようだ。神矢はしゃがんで、地面を触ってみた。かなり暖かいし、土の質も高そうだ。

 この暖かさと土があり、そして岩から放つ光があるからこのようなジャングルが生成されたのだろう。

 周囲を見回す。見た事のない草木が生い茂っており、その中に見たことのある野草があった。

 更には、白い花も見つけた。これも、普段よく見かける花だった。

 見たことが無い植物に混じって、日本の植物がある。違和感しかないが、今は考えた所で無駄だろう。

 それよりもこれらは必ず必要になる。神矢はその植物を回収しておく事にした。

「おい神矢! てめえ何してんだ! そんなもん集めてその草食べる気かよ! てめえは草食動物か! あ、そういや草食系だったかお前は」

 兵藤が怒鳴った。

「やめなさい兵藤君。ねえ、神矢くん、その草と花どうするの? あ、ひょっとして食べれる野草とか?」

 鮎川と九条が神矢の持っている雑草を見た。

「……なるほど。そういうことか。確かに、それは必要かもしれないな」

 九条が感心したように言った。

「何? どういう事?」雪野が首を捻る。

「コレはヨモギとシロバナムシヨケギクだ。ヨモギは確かに食べれるけど、他にも虫除けとかに使えるんだ」と九条が説明した。

「虫除け? そんなもん、学校内に殺虫剤とかあるだろう。わざわざそんなもんいらねーだろうがよ。そんなもんより、食い物と水だろうが!」

 兵藤が馬鹿にしたように言ってくる。

 神矢は兵藤を一瞥して、それから軽くため息をついた。それが、兵藤のカンに触ったらしい。

「てめえ、何だその態度! 神矢のクセに生意気だぞ!」

 怒りの形相で唾を飛ばしながら、兵藤が近づいてきた。

「兵藤、そんなヤツやってしまえ!」

「ボッチのクセに調子に乗っていると痛い目に遭うとわからせてやれ!」

 鮫島と小川が、兵藤を煽る。

 何故こうなるのだろう。何かをしてもウザがられる。何をしていなくても、暗い存在だと言われいじられる。

 鮎川が慌てて兵藤を止めた。

「兵藤君いい加減にしなさい! 今こんな事している場合じゃないでしょう!」

 兵藤は神矢を睨みつけて、舌打ちした。

 鮫島たちは、何も起こらなくて面白くなさそうだ。

 九条が神矢の肩を、軽く叩いた。

「……こんな状況だからな。みんなイライラしているんだ」

「そうですね」

 神矢はそう言ったが、正直どうでも良かった。


「ねえ、あれ何かの果物じゃない?」

 雪野が前方上方向を指差して言った。神矢たちも見ると、そこには大きな西洋梨の形をした実らしきものがいくつか枝にくっついていた。それほど高い位置になっているわけではないので、少し樹に登ることができれば取れそうだった。

「よっしゃ。俺にまかせろ」

 小川が張り切って、近くの木を登りはじめた。その実に手が届きそうなその時。

 神矢たちも、当の小川も目を剥いた。

 木の実だと思っていたそれから、長い手足が八本伸び小川の手に絡みついてきた。

 悲鳴を上げて、小川はバランスを崩し地面に落ちた。

 洋梨の正体は、見たこともない大蜘蛛だった。小川と一緒に落ちて、ひっくり返った状態でもがいている。

 上にいた他の洋梨の形をした蜘蛛たちも動き出して、糸で下まで降りてこようとしていた。

 一行は悲鳴を上げて、その場を逃げ出した。

 その後ろを、蜘蛛たちが集団で追いかけてくる。かなり素早い。

「おい! その草よこせ!」

 鮫島が神谷の持っていた野草をひったくり、蜘蛛目がけてばら撒いた。しかし、蜘蛛が怯む事はなかった。

「全然効かねえじゃねえか!」

 当たり前だ。何の処置もしていない虫除け草が効くはずもない。本来は燻して使用するのだから。

 だが、そんな事を説明する暇は無い。

「あ!」小さく悲鳴を上げ、雪野が転んだ。

 小川、鮫島、兵藤は目もくれず、我先に校舎へ逃げ込もうと必死である。

「ねえ待って! 置いてかないで!」

 迫り来る蜘蛛の群れに、雪野は恐怖に満ちた顔で懇願した。

「雪野さん! 早く立って」

 鮎川が雪野を立たせようと肩を貸す。

 蜘蛛との距離は、もうすぐそこだった。

 神矢と九条は、近くの木の枝を拾い、蜘蛛の前に立ちふさがって振り回した。

「おい、こっちだ!」蜘蛛の注意を引き付ける九条。

「早く行け!」

 神矢は雪野たちに怒鳴った。

 雪野はどうにか立ち上がり、鮎川と走り出した。

 牽制を続けながら、神矢たちもその後ろをついていった。

 途中で蜘蛛はあきらめたらしく、追いかけてこなくなった。

 とにかく、いったん校舎へと辿りついた一行。息を切らし、下駄箱前で座り込む。

 並んで座って壁にもたれている九条と神矢の隣で息を切らしながら雪野が言った。

「……神矢君、九条さん。助けてくれてありがとう」

 涙で目を赤くした雪野に、九条は笑みを浮かべた。

「無事で何よりだ」

 神矢は「別にいいって」と、素っ気ない態度を取った。

「神矢君。男のツンデレは流行らんぞ」

 九条が言うと、あははと雪野が笑った。

「それにしても、あの蜘蛛はなんだったんだ? あんなでかくて木の実みたいな蜘蛛は見たことがない」

 神矢は先ほどの蜘蛛を思い出して言った。蜘蛛が集団性をもっているのも聞いたことがなければ、あんな木の実に擬態するのも聞いたことがない。

「やはり、このジャングルは危険だな」

 九条が言ったその時、入り口の方から悲鳴が聞こえた。

 福永が率いていたグループだった。叫び声をあげながら、校舎内へと駆け込んでくる。

「は、早く扉を閉めろ! あいつらが入ってくるぞ!」

 ただ事ならぬ雰囲気に、神矢たちは扉を閉めた。

 その直後、二メートル近くはある赤黒いムカデが数匹茂みから這い出てきた。

 ガラス戸にその身をもたげ、どうにか入ってこようとする。

「な、何だよこれ! 何なんだよ!」

 鮫島、小川、兵藤は端で座りこんで震えていた。

 扉に鍵をかけ、神矢と九条は先程拾った木の枝を構えながら様子を見た。こんな物でどうにかなるとは到底思えなかったが。

 もしガラスを割って入ってこられたら……。そんな考えが浮かぶ。何かないか、周囲を見回し神矢と九条はほぼ同時に、廊下脇にあった消火器を発見した。何かあれば、これを使用するしかない。

 だがムカデは入ってこれず、やがて茂みへと戻っていった。

 それを見て、神矢と九条は大きく息をついた。

 駆け込んできたグループに話を聞こうと彼らを見て、神矢は怪訝に思った。

 人数が足りない。一緒にいた福永と生徒三人の姿がない。

「……他の人は?」

 尋ねる九条に、そのグループはがたがた震え恐怖に満ちた顔で答えた。

「……死んじまった。あのムカデに殺されたんだ」

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