三話 生存者

 校舎入り口から見えるジャングルのような風景に、一同はしばし絶句していた。

「何だよこれ? 俺たちいったいどこに来たんだよ? あ、あれか! きっと俺たちは別世界に召喚されたんだ! そこで俺は勇者となってこの世界を救い、その国の姫と結ばれ……」

 兵藤が一人パニックになって、意味不明なことを言い始めた。後半は、わざと言っているようだが、誰も相手にしていない。

 雪野が無意識に神矢の傍に寄った。そして神矢と目が合い、不安そうな目を見せる。

 ここで不安を煽るほど冷酷ではない。

「大丈夫」神矢は気休めだとわかっていたがそう言った。「外のことは後にしよう。とりあえず、他の人を……」

 言いかけて、向かい側廊下から懐中電灯の明かりが見えたのに気付いた。

 鮫島たちかと思ったが違った。

「おお、君らも無事だったか?」

 紺の警備服を来た男だった。その後ろに三人女子生徒がついてきている。

「九条さん」鮎川が男の名を言って、駆け寄った。「何でここに?」

 歳は二十歳過ぎくらいか。切れ長の目、少し高めの鼻が印象的だった。

「校舎に忘れ物を取りに来たんです。そしたら、突然揺れて……」

「他にも人を見ませんでしたか? きっと部活とかで生徒たちがもっといるはずなんです」

 九条は頷いた。

「ええ。何組かは見つけ、講堂で待機してもらっています。他にもいないか見て回っていて、先ほどこちらの三人を見つけたところです」

 九条は後ろの三人の女子をちらりと見た。

 神矢の知らない顔だ。別のクラスか、学年が違うのだろう。

「見て回ったということは、校舎の外がどうなっているかも知っていますよね?」

 神矢は訊くと九条は頷き、

「うん。ジャングルみたいになっていることだろ? まさか地中にこんな密林が広がっているとはな。しかも何でか明るいし。……まあ、とりあえず全員講堂に集まろう。話はそれからだ」

 九条の言葉に従い、神矢たちは三階に残った生徒たちを呼んで一階の端にある講堂へと入った。

 電気は切れているが、外からの明かりで中はそれなりに明るい。

 入って見て、神矢たちはその人数に驚いた。

 教師、生徒合わせて七十人近くいるのではないだろうか。

 美術部、化学部、機械工作部、調理学部、手芸部と言った屋内の部活の生徒。不運にもたまたま休憩などで校舎内にいた体育会系の部活の生徒。それに加え、神矢たちのような赤点組。部活の顧問及び担当教科の教師。七十人だとさすがに、講堂も狭くなっている。

「これで全員のようだな。いったいこの校舎に何が起こったのか誰か説明できないのか?」

 頭頂が薄くなっている化学の三田が偉そうに言った。それに数学教師の辻本が答えた。

「おそらく、地盤沈下だと思われます。それも、校舎そのものが吸い込まれるようにして落ちるようなかなり規模の大きいものではないかと」

「ちょっと待て。地盤沈下だと? なら、外の景色はどう説明するんだね? 適当なこと言ってんじゃないよ!」

「わたしだってわかりませんよ! だから、おそらくって言ったでしょうが! 校舎が沈んでいく感覚がしたからそう思ったんですよ!」

 言い合いになる二人の間に、生物学の桑田が入った。

「ふ、二人とも落ち着いてください。生徒たちが不安になります。と、とにかく地盤沈下だとして、どれだけ深く沈んだかはわかりませんが、校舎は無事で死者は無し。これに関しては奇跡としかいいようがないんじゃないですか?」

「奇跡? この状況のどこが奇跡なんだ!」

 当り散らすように、体育教師の菅原が叫んだ。

 神矢は内心ため息をついた。

 少しでも校舎のバランスがズレて陥没していたら、校舎は倒壊しここにいる人間全て瓦礫の下敷きになっていただろう。七十人近くの人間の命が助かっただけで充分に奇跡と言える。

 もっとも、それが幸か不幸かはこれからの状況次第だが。

 九条は、改めて校舎の状況と外の状況を伝えた。

 それを聞いてどよめきが起きる。

「助けは来るの?」

 吹奏楽部の女顧問、飯田が不安そうに尋ねる。四十代前半の少し恰幅の良い教師だ。

「わかりません」と九条は首を横に振った。

 今この時点でこの状況。どれだけ深く地中に沈んだかがわからない以上、救助が来るかどうか、来れるのかどうかがわからない。だが、それでも期待しなければパニックになり収拾がつかなくなるだろう。

「なあ、外はどうなってんだよ?」

 赤点組の一人が尋ねた。寝グセのようなぼさぼさの茶髪に、鼻と耳にピアスをつけた生徒である。その生徒の周りにも、ガラが悪い生徒がいる。

 おそらくは三年生。見るからに問題児グループだ。

「ジャングルみたいなんだろ? 探検とかしねえのかよ?」

「少し様子を見る。探索も必要になるかもしれないな」

 九条が言うと、問題児グループは「何えらそうに仕切ってんだ、あいつ」と、九条を睨み付けていた。

 他の生徒も九条を不審者を見るような目で見ていた。

 警備員ということだが、実際九条がどういう人物かは、この中の生徒たちは誰一人知らない。そんな男にいきなり仕切られても、言うことを聞くとは思えなかった。

 教師たち数人しか、顔をあわせたことがないのだろう。

 九条はその空気を読み取ったのか、困ったように顎を掻いた。そして、近くにいた美術の福永にこっそりと言った。

「あと、先生がたでよろしく頼みます。見ず知らずの私じゃ、信用されないんで」

 それを機に、今度は福永が仕切り始めた。これはこれで、鬱陶しそうになる生徒たち。彼もあまり信用されていない。

 九条が神矢の隣に来て、小さく息を吐いた。

 少し哀れに思い声をかける。

「警備員さん。お疲れさまです」神矢は言った。「先生たちもパニック状態だったから、とりあえずみんなをまとめたんですよね」

 九条は神矢を見た。そして、頭に手をやって苦笑して言う。

「まあ、そうなんだけどね。実は人をまとめるとか、そういったのは苦手なんだよ」

「……警備員としてみんなをまとめようとしたんですね。頭が下がります」

 九条が興味深そうに神矢を見た。

「……えっと、名前を聞かせてもらってもいいかい?」

「……神矢といいます」

「神矢くんか。ありがとうな」

 礼を言われ慣れていない神矢は、少し落ち着かない気分になり頬を掻いた。

 


 神矢と九条は、一部の教師たちが状況確認して、残りが生徒をまとめているのを講堂の端で壁に背をつけて眺めていた。

「ダメだ。やはり電話は繋がらない。無線機もだ」

「電気系もやはりダメですね。ですが、発電機は使用出来ます」

「外から見た感じ、校舎の損傷は軽微なものでした。地中に吸い込まれたと言っても、実はそんなに深くないのかもしれません」

「ふむ。そうだとしたら、地上の救助隊が来る可能性も上がるな。それまでは、どうにかしてここで生きていかないと」

 などと、話し合っている。生徒たちは生徒たちで、ここが一体何なのか不安気に話していた。

 神矢の横で九条が呟いた。

「それにしても、ここは一体何なんだろうな? 映画とか漫画でよくある地底世界ってやつか?」

「……『センターオブジアース』とかですか」

 神矢は知っている地底世界を舞台とした映画名を口にした。

「そうそう。あんな感じのヤツ。かなり昔だと、『地底探検』というのがあったな」

「それは知りませんが、とにかくそういったモノが、日本の地底にあったということですか」

「到底信じられる話じゃないけどな」

 神矢は顎に手を添えて思考に耽った。確かに到底信じられない。だが、本当に地底世界がないとも言い切れないのではないか。

 地上ですら、隅々まで調べ尽くせていないのだ。地球の深部などそれこそ未知の領域ではないのか。

 地球の構造は、地震波などである程度は解明されている。地球外側を地殻と呼び、上部マントルがあり下部マントルと続き、中心にコアがあるといった具合にだ。

 だが、地球内部全てを細部まで調査した訳ではない。あくまでも、人の力で考えられる方法と範囲でしか調べられていない。この世には人知では解明できない事はいくらでもあるのだ。その一つがこの地底世界ではないか。

 そう考えて、神矢は一つ息を吐いた。地質学者じゃあるまいし、素人が考えた所でただの空想にしかならない。

「よーしみんな先生たちの話を聞いてくれ!」

 教師たちの方で何やら意見がまとまったようだ。

「本来なら、救助される側は無闇に動かない事が鉄則だが、状況が状況だ。ただ待つよりも、自分たちで出口を探し出そうと思う。だが、周りは見ての通り未知のジャングル。規模がわからない上に、どれだけの危険が潜んでいるかわからん。下手に動いて遭難しないよう、まずは周辺を少しずつ見て回る事にしよう」

 それを聞いた生徒たちの反応はさまざまだった。

「面白そうじゃない。わたし行ってみたい」とアクティブな生徒もいれば、「お、おれは嫌だぞ。ここから絶対に動かねぇ」と、否定する者もいる。

「言っておくが、この校舎内の食糧庫や購買部倉庫には多少の食糧があったが、この人数では直ぐになくなるだろう。だから、どっちみち食糧となる物が必要だ。水に関しても、災害時用のペットボトルの飲料水があるからしばらくは大丈夫だろうが、やはり水も確保しておきたい。行くしかないんだよ」

 教師たちが力説して説得している。

「君はどうする?」

 九条が神矢を見て聞いた。

「俺はいきますよ。警備員さんは?」

「九条だ。九条洸哉くじょうこうや。もちろん、俺も行くさ」

 こうして、神矢たちは未知の地底の密林の探索を余儀なくされた。

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