07話.[意味のない話だ]
「終わった……けど」
もう終業式の日になっているのに未だに翔子とは過ごしていないままだった。
ルールを破って教室に行ってみても毎回いなくてどうしようもなかった。
水和は孝太郎とすぐにいちゃいちゃしてしまうからそちらでもどうしようもなく、半日で終わってしまうのもあってひとりでの時間がとても多かった。
「雲月ー、一緒に帰りましょー」
「え、孝太郎はいいの?」
「あんな子知らない、男の子と遊んでくるって言うからさー」
この後の流れは大体想像できてしまった。
夜に孝太郎がやって来て素直になれない水和も、という感じだ。
それどころか明日から夏休みというところまできているので、お泊りをして雰囲気が甘々に、なんてこともあるかもしれなかった。
「あ、名前で呼ぶことを求められたからしているだけで変な感情はないから」
「え? ああ、気にしなくて大丈夫だよ」
翔子と上手くいっていようといっていなかろうと水和と不仲になってしまうことだけは避けたかったのだ。
だったらこういうこともちゃんと言っておけばいい。
まあ、翔子の要求を受け入れたことを彼女は知っているのだから必要のないことなのかもしれないけど。
「ぎゅー、やっぱり雲月は癒やし能力がすごいよ」
「私なんて小さいだけ」
「そんなことないよ、意外と顔に出たりもするからそういうところも可愛いよ」
褒められているような感じはしない……。
私は翔子みたいに抑えて行動できるようになりたかった。
そういうことで相手を困らせてしまうのは違うからだ。
同じことをしてもらえたときでも全く嬉しさというのが変わってくるだろうからなるべくないようにしたい。
「あ、そうだ、最近は来ていないからこうして煽ってみようかな」
「煽ったところで本人が近くにいないなら意味がない」
「ふふふ、こういうときというのは意外と近くにいるものなんだよ、雲月ちゃん」
もしいるなら学校を出てすぐに近づいてきていたことだろう。
ないということは本人が近くにはいないか、空白期間ができたことで飽きてしまったかの二択だ。
後者の場合は兄に合わせるという約束を果たせなくなるため、できることなら前者の方がよかった。
離れたいということなら……追うことはしないようにしよう。
「んん! なんか面白いことをしていますね」
「あれー? いつから近くにいたのー?」
「十秒前ぐらいからでしょうか」
で、微妙な状態にしてから水和は「それじゃーねー」と走り去ってしまった。
代わりに残っている翔子は「私の家に来てください」とこちらの手を握ってから歩き出す。
「すぐに行かないでごめんなさい」
「飽きたかと思った」
「そんなことない、と言われても説得力がないわよね」
またこうして来てくれるようになってからではないと不安になってしまう。
だから気にしなくていいとかそういうことは言わなかった。
「だからあなたさえよければこれからはまた毎日行きたいの」
「課題を一緒にやろ、やる場所は交互でいいと思う」
「ありがとう」
「お兄ちゃんも会いたがっていたから――」
「あなたは……?」
いちいち言うほどのことではないと考えていたのだが、聞かなければ不安になってしまうということなら答えなければ駄目だ。
「私も翔子といたかった、でも、困らせたくなかったから近づかなかっただけ」
「そう……なのね」
「当たり前、あんなことだってしたから」
なにもなかったのであれば今回のそれで終わりでよかった。
だが、実際はそうではないから意味のない話だ。
手を繋ぐことも抱きしめられることもキスをすることも適当に受け入れているわけではないから。
「ん? 私の頬に触れてもなにも出てこないけど」
「またしていい?」
「こ、ここでは駄目」
「分かっているわ、私だってこんなところでするつもりはないもの」
というか、ずっと彼女のお家の前で話している意味もないから中に入らせてもらうことにした。
私は別に暑さに弱いというわけではないが、彼女はそうではないかもしれないから涼しい場所にいた方がいい。
飲み物だってちゃんと飲ませておく必要がある。
こういうところではあくまでも先輩らしくいたかったのだ。
「そういえば翔子にとっては初めての夏休みということになるけど、楽しみ?」
「楽しみというか、少し気が楽になったわね。学校はなんだかんだで疲れるところだから」
「翔子にしては意外」
「そんなことないわよ、私だって人並みにそう感じるものよ」
やらなければいけないことだからと不満を感じずに向き合うと思っていた。
私の中にあるそれと差があるみたいなので、こうしていっぱい聞いて本当のところを知っていくしかないようだ。
元々、分かっているつもりになるのは危険だ、だから逆に差があってよかったと感じたぐらいだった。
「……先程はあんなことを言ったけどいまはしないでおくわ、汗もかいてしまったから臭うかもしれないし……」
「翔子がしたいときにすればいい」
そういうことを積極的に求めるい、淫乱な人間にはなりたくなかった。
こればかりはあくまで相手が求めてくれたときに受け入れておくだけでいい。
……それに何度もこういうことを繰り返すと離れているときに問題になりそうだからだ。
自分で自分を慰めることはしないが、これまでのことを考えればきっとその差に駄目になりそうだからこれでよかった。
「雲月ちゃーん、遊びましょー」
「課題をやってからなら」
「うん、私もやるからさ」
去年の夏もこうして過ごしたから今年も来てくれてありがたかった。
四月に出会ったばかりだったからそこはさすがと褒めることしかできない。
去年から既にいまみたいなテンションで接してくれていたため、水和的には私という存在はそこまで悪くなかったのかもしれなかった。
「孝太郎とはどうなの?」
「んー、まだ付き合っているわけではないね」
「夏祭り、ふたりきりで行く?」
「いやいや、私は雲月や翔子ちゃんとも行きたいから。仮にふたりきりになるとしても楽しんでからでも遅くないからね」
「分かった」
で、段々と課題に向き合っている時間より会話の方が多くなってきた頃のこと、インターホンが鳴ったから出てみたら翔子がいた。
今日はお家にいなければならないと言っていたのにどうしてここに来たのかと考えつつも、いつも通りの対応を心がけた。
「プールに行きましょう」
「お、いいねー」
これもまた意外なところだった。
水和が言うならともかくとして、翔子が言うと風邪を引いてしまったのではないかと不安になってしまう。
勝手にインドア派だと決めつけてしまっているのが問題だが、無理している可能性だってあるから駄目なのだ。
「そのために水着が必要です、なのでいまからお店に行きませんか?」
「賛成賛成っ、始まったばかりなんだから課題は後でいいよ」
「ふたりがそう言うならいまから行ってもいい」
それでも水を差したりはしなかった。
プールなんかは地味に行きたい場所でもあったので、そもそもそんなことをする必要はなかった。
とはいえ、遊んだ後はしっかり課題をやろうと決める、そうやって後回しにすればするほど後の自分が大変な思いを味わうからだ。
「「雲月の水着は私が――」」
「ふたりに任せる、なるべく地味なやつでよろしく」
自分で選ぶとわざわざ買わなくても学校指定の水着でよかった、という風になってしまうから。
……少し地味でも可愛いやつがいい、ということが伝わってくれただろうか?
どうせ買うからにはというケチくさい思考からくるものだった。
「でも、とりあえずは自分のやつを見てくるねー」
「分かった」
こちらも適当に見て回ることにした、というか、突っ立っているわけにもいかないから自然感を出すためにも必要なことだった。
翔子は別行動をせずに付いてきていたため、先に彼女の水着を選んでしまうのも悪くはない。
「意外、翔子からプールに行こうと誘うなんて」
「あなたの水着姿が見たかったの、それでどさくさに紛れて抱きしめたかったというのが正直なところね」
「抱きしめたいなら抱きしめればいい」
いまでもこの後でもいい。
それぐらいなら求めたところで淫乱、変態娘にはならないから大丈夫。
別に向こうがその気になる分には構わないというのもある。
「水着姿で、というのが重要なのよ」
「わざわざ水着を着ていなくても成長しているのは分かってる」
「違うわ、あなたが、よ」
彼女は「私の胸なんてほとんどないようなものだもの」と重ねてきた。
じゃあそれ以下のこちらはどうすればいいのかと考えたものの、付き合って生きていくしかないという答えしか出てこなかったからそれ以上考えるのはやめた。
まあ、私でも普通の女の子らしい思考をすることはある、というところはいいことだと片付けておこう。
「じゃーん! どう?」
「可愛い」
「へへへ、ありがとー」
「元気な水和先輩によく似合っていると思います」
「そう? じゃあこれにしようかなー」
水和が決めてからそうかからない内に私達も選び終えた。
なかなかに高い出費だったので、夏祭りまでに誘惑に負けないようにしなければならなくなった。
夏にしか使用できない物に三千円以上払うなんてもったいないとしか言いようがないが、消える物というわけではないからそこはまあマシと言える……気がする。
「あ、孝太郎も参加してくれるかな?」
「水和先輩がいるなら大丈夫ですよ」
「そうかな、結構男の子を優先して遊びに行っちゃうからなー」
「積極的に行きたいけど水和先輩のことを考えて遠慮しているだけだと思います」
一番いてほしいときにいてくれる存在だと水和本人が言っていた。
ただ、普段からももっと一緒にいてほしいということなのだろう。
私だって翔子に似たようなことを求めてしまっているから気持ちはよく分かる。
この短期間で変わりすぎてしまっていて調子が狂うところはあるものの、自分の気持ちに正直になるというのはそういうことなのだ。
「いま誘ってみたらどうですか? 早めの方がいいと思います」
「だ、だよね、よし、じゃあいまから誘ってみるよ」
何故か本人でもないのに待っているときはドキドキした。
それでも本人が笑顔が多くなってきたから落ち着けた。
もし断られてしまった場合はどう声をかけていいのか分からないから助かった。
「大丈夫だってっ」
「それならよかったです」
「よし、じゃあいまから翔子ちゃんの家に行こー」
「ふふ、私は大丈夫ですよ」
このまま解散は避けたかったからこうなったのは嬉しい。
帰ってからでも時間はあるため、わざわざ勉強道具を持ってくるということもしないようにした。
……実はこの時点で正当化してしまっているのかもしれないが、そういう細かいところには気づかなかったふりをした。
「おお、こんな感じなんだ」
「行ったことはありませんけど水和先輩の家と変わらないと思います」
「いやいや、なんか全体的にお洒落って感じがするよ、私の家なんて中古で買ってきた棚に適当に物を置いているだけだからさ」
こんなことを言っているが適当に置いているだけには見えない。
彼女は結構几帳面なところもあるため、見ただけで考えて配置してあるんだなという感想を抱くぐらい。
人によって全く変わってくることでもあるから面白いところだった。
「ね、いつもは部屋で雲月と過ごすの?」
「いえ、最近はここで過ごすことが多かったですね、そもそもテスト週間は会っていませんでしたし」
「なんで? 一緒にやれば確実に仲も深まったのに」
「……水和先輩には話したと思いますけど」
「集中できないなら仕方がないよねってあのときは言ったけどさ、別に甘えながらでも勉強はできたと思うんだよね」
初耳だ、水和に相談を持ちかけたりしていたのか。
少し驚いていたら「夜は必ず通話をしていたんだ」と水和が教えてくれた。
私には言えないことがあるというか、私だからこそ言えないことというのがあったのかもしれない。
「私なんて毎日孝太郎に付き合ってもらったよ? それでもちゃんと切り替えて上手くできた。私でもできるんだから翔子ちゃんなら余裕でしょうに」
「私はそんなに上手くできませんから」
「雲月に迷惑をかけたくないという気持ちは分かるけど、それで相手を不安な気持ちにさせてしまっていたら逆効果だよね?」
一緒にやらなければいけないルールなんてないから止めておいた、また一緒にいてくれると言ってくれているのだからこれ以上その話をしても意味がないから。
「ごめん、なんか偉そうに言っちゃって」
「いえ、私が上手くできていればあんなことにはならなかったわけですし……」
「私は自分勝手なところがあるからむしろ翔子ちゃんみたいに動かなければならないんだけど、孝太郎を見るとついついわがままを言っちゃうんだよねー」
好きだからこそ優先してもらいたいと考えるのは普通だと思う。
だが、あまりにも自分勝手過ぎてしまうとそれは問題になる。
相手の優しさを利用してはならない。
幸い、孝太郎も水和と決めて動いていることは見ているだけでも分かるため、他者と恋をするときとは違うのかもしれないけど。
「あー、付き合いたいよー、ちゅーしたいよー」
「思い切って告白するのもいいと思う、待っているだけだと孝太郎の場合かなり時間がかかりそう」
「確かにっ、あんまりそこにこだわりもないからなー」
「言うなら直接がいい」
「そこはね、さすがにスマホさんを使用して言うのは違うから」
私達の方は実に曖昧な状態だった。
敢えて告白しなくても勝手にそういう関係になりそうでもあるし、そうならないこともあるかもしれない。
間違いなくキスなんかをしてしまったせいでこうなってしまっている。
「ところで、おふたりの関係ってどうなっているの?」
「私達は……」
翔子の方を見てもなにかを言ってくれることはなかった。
さすがの私でもキスをしてしまったことまでは言えていなかったため、どうすればいいのかとても困った。
が、逆にここで正直に吐いて正論をぶつけてもらうというのはいいことなのかもしれない。
「えー!? もうしちゃったの!?」
「わ、私からではないけど……」
「おかしいよ! えー、まさか友達がこんなにえっちな子だったなんて……」
拒絶せずに受け入れた時点でそうなのかもしれなかった。
ちなみにまた翔子の方を見てみてもうつむいて黙っているだけだった。
「ちゃんとしなさい、するなら付き合ってからにしなさい」
「ん……」
「でも、まさかこういうことで雲月より遅れるなんてねー」
「他人と比べる必要なんかない、翔子がいなければ私は一生誰ともしないで終わったかもしれないから」
「はは、だね」
結局水和はそうしない内に孝太郎といたいということでここから去った。
責めたくてしたわけではないから彼女にはちゃんと説明をしておく。
先にそうしてから吐けよと言われたら確かにとしか言いようがないが、そんないない存在のことを考えても仕方がないからなにかを言ってくれるまで待った。
「雲月」
「ん?」
「迷惑……ではなかったのよね?」
「それは大丈夫、あ、だけどこっちからすることは恥ずかしくてできないけど」
手を繋ぐことや抱きしめる程度ならできるがそれは無理だ。
変わってしまった自分を直視することもあまりしたくはないため、できれば受け入れるだけにしたかった。
それでも致命的なトラブルが起きたとかそういうことでもないし、自分に甘々な人間としてはすぐに楽をしようとしてしまうというか……。
「……絶対に翔子だけにやらせるというわけではない、けど」
頑張らなければならないときになったら私でも変えようとする。
変な自分を直視することになったとしても彼女と一緒にいられた方が間違いなくいいからだ。
これ以上はどうしようもないからじっと彼女の顔を見ていた。
だが、残念ながら彼女もこちらを見ているだけでなにも言ってきたりはしなかったのだった。
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