08話.[よく似合ってる]

「終わった?」

「ええ、今日の分は終わったわ」


 私の方も決めていた分はもう終わるというところまできていた。

 今日はお昼ご飯を食べてからプールに行くという約束をしているため、なかなかに集中できたことはよかったことだと言える。


「ふぅ、終わった」

「お疲れ様、肩を揉んであげるわ」

「よろしく」


 彼女は本当に絶妙な力で揉んでくれるから気持ちがいい。

 もちろんこの後は私もするつもりだから勝手ではない。

 そういうことをしてある程度の時間経過を待ち、時間が近づいてきたら購入した水着を着た。


「どう?」

「よく似合っているわ、肌が白いから凄くいい」

「翔子も着て」

「ええ、向こうで着替えるよりも楽だから」


 彼女の方は私と違って黒色の水着だった。

 正直、出るところが出ていてヘコむところがヘコんでいればどんな水着でも似合ったとしか思えない。


「少し恥ずかしいわ」

「大丈夫、水和もきっと褒めてくれる」

「水和先輩は誰にでもそう言いそうだもの、それに私はあなたからの意見を求めているの」

「よく似合ってる」

「少し適当だけどそれならよかったわ」


 服を着たらかなりほっとした。

 やはりお風呂のとき以外はなるべく肌を出さない方がいい。

 グラマラスな体型だったら堂々と見せてあげるところだが、残念ながら小学生にも見えてしまうような残念体型では不可能なのだ。


「そろそろ行きましょうか」

「行こ」


 最低でも十五分前には着いていたいから翔子もそれでよかった。

 時間になっていなくても不安になってしまう人間だし、待つ分には一時間ぐらいなら全く構わないから。


「そういえば抱きしめてこなかった」

「あのまま抱きついていたらそのまま襲っていたわよ」

「狼さん?」

「ええ、あなたを見ていると私は怖い怖い狼になってしまうの」


 私でも興奮できるということならすごい話だ。

 よく分からないことでもあったからなにかを言ったりはしなかった。

 もう集合場所が見えていて、そこに孝太郎がいたからというのもある。


「こんにちは」

「孝太郎、水和は?」

「それがお化粧をしていて遅れているんだよ、濡れちゃうのにね」


 本人がこだわっているのならこちらがなにかを言ったところで意味がない。

 そういうこともよく分かっていないから待っていることにした。

 二時間とか三時間とかになればさすがに文句も言いたくなるが、一時間程度ならやはり待てるから問題はない。

 で、大体十五分後ぐらいに水和は集合場所にやって来た。


「遅れてごめんっ」

「気にしなくていい」

「ありがとっ、って、翔子ちゃんがポニーテールだ!」

「はい、暑いのでまとめているんです」

「ごめん、早くプールに入らないとね」


 入場料を払えばすぐに冷たい水に触れることができる。

 ただ、結局お昼ご飯は食べてきていないからお腹が空いているのも確かだった。

 丁度そういう時間に該当するからどうしても揺れてしまう……。


「少ししたら見に行ってみましょうか、それか先になにか食べてからゆっくり遊ぶのでもいいわ」

「しょ、翔子はどうしたい?」

「私はあなたに任せるわ」

「じゃ、じゃあ……」


 先にちょこっとだけ食べてから楽しむことにした。

 こういう風にした方が間違いなく楽しめるから。

 焦らなくても十六時までは追加料金を支払うことなくいられるため、焦る必要はないと片付けた。


「美味しい」

「そうね」


 ちなみに水和及び孝太郎は遊ぶことを選んだ。

 理由は簡単、お昼ご飯を食べていたうえに遊びたかったからだ。

 準備体操さえしてしまえば目の前に快適な環境が整っているのに敢えて離れることを選ぶ人間はいないだろう。

 私達と違って暑さにあまり強くはないということも強く影響していると思う。


「そういえばどうして脱いでこなかったの?」

「……人が多いところで脱ぐことを考えたら不安になった」

「大丈夫よ、誰がどう見ても可愛いとしか思わないわ」

「く、くっついていてもいい?」

「いいけど、帰ってから酷いことになるわよ?」


 どうせ激しくしてくることもないからくっついていることにした。

 お友達が近くにいてくれるというだけで安心できることは分かっている。

 揶揄してくるわけでもないし、とにかくそうやって歩いているだけでも楽しめるからいい場所だった。

 都会と違って入場料が高すぎないというのもケチくさい自分にはよかった。


「おお、雲月によく似合っていて可愛いね」

「ありがと」


 水和にしか意識がいっていないからその点でも安心できる。

 ちなみに水和は既にぐったりとしているが、どうしてだろう?

 まだ三周しかしていないという話なのに明らかに異常だ。

 彼氏的存在の孝太郎は「というか、傍から見たら僕のハーレムみたいだよね」とか変なことを言っていたけど。


「水和はそうでも私は違うから」

「私も違います」

「はは、ふたりから速攻で振られちゃったよ」


 もしかしたら水着を見せることを考えて寝られなかった可能性もある。

 そうでなくても早く行きたがる彼女が遅れることになったのはそれしかない。

 こちらと違って少女らしいというか、恋する乙女をやれていて羨ましくなった。

 私の方はドキドキよりも安心感の方が勝ってしまうため、もう少しぐらいはそういうこともあってくれてもいい気がした。


「ふぅ、ちょっと回復したよ」

「どうしたんですか? さっきまではあんなに元気だったのに」

「実は課題もそっちのけで漫画を読んでいたんだけど気づいたら朝になっちゃっていてさ、少しだけ寝るつもりがお昼近くまで寝ちゃったんだよ」

「なるほど」


 なんだ、そういうことだったのか。

 それもまた彼女らしい理由のように感じる。

 というか、いまさら水着を見られる程度で緊張なんかしないか。

 ふたりきりというわけでもないし、それよりもっとすごいことなんかもしていそうだったから。

 夏祭りの花火が終わった後に実は~と付き合っていることを教えてきそうだった。


「翔子ちゃん、ちょっとお腹が空いたから付き合ってくれないかな?」

「分かりました」

「じゃあ雲月は僕に付き合ってよ」

「うん」


 初めてというわけではないが改めて見ると結構いい体をしている。

 こういうところも水和からすればいいところなのではないだろうか?


「鍛えてる?」

「うん、少しだけだけどね、運動しないと残念ながらすぐに太るから」

「水和を危険なことから守ってあげて」

「そうだね」


 歩いているだけでも楽しいとはいえ、水着を着てプールに入っていると泳ぎたくなってくる、が、人の多さ的に諦めるしかないのが現状だった。

 どんどんと前に行く勇気はないから孝太郎の近くを歩いているだけで精一杯だ。


「実は好きだったんだよね」

「水和が?」

「違う、雲月のことをだよ」

「え」

「ずっと前から水和のことを好きでいられたわけじゃないよ」


 水和と出会ってから孝太郎とも関わるようになったから一年と半年ぐらいの仲だ。

 まあ、私と翔子の件で内容の方が大切だということも分かったからありえないとか言うつもりはないが、なんで敢えて私なのかが分からないから困ってしまう。


「でも、秋草さんが現れてくれてよかったかもしれない、気持ちを抱えたままだと苦しくなるだけだからさ」

「じゃあ水和には……」

「捨てると同時にちゃんと見るとも決めたんだ、だから適当ではないよ」


 間違いなく水和は彼のことを好きでいるから悪いことにはならない……気がする。

 そのことも言ったうえで水和が仲良くしたいと言ってきているみたいなので、彼がなんとかできればきっといい彼氏彼女の関係になれる。


「ごめん、だけど言いたかったんだ」

「好きな人が私とは思わなかった、だって私には言ってきていたから」

「そうだね」


 水和がいないところで教えてくれたことだ。

 敢えて好きな人間に教えようとするところがすごいところだ。


「それにきみはさっきちゃんと振ってくれたからね、これでもっと真剣に水和と向き合えるというものだよ」

「うん」

「よし、走ろう!」

「えっ――」


 こっちの腕を掴んで素早く移動するものだから数分後には私がぐったりとすることになった。

 日陰で休んでいたら翔子や孝太郎と行動していた少女がやって来た。


「聞いた?」

「ん」

「なんとなく去年からそんな気はしていたんだよね、いつも雲月と話していると参加してきたからさ」


 確かにそうだった、何度も「なんの話?」と参加してきていた。

 最初はともかく、途中からは信用できていたから悪くない時間だった。

 断じて思わせぶりな行動や言動をしていたわけではないから堂々としていればいいだろう。


「だからちょっと悔しい」

「そういうもの?」

「当たり前だよ、私なんて赤ちゃんの頃から孝太郎といると言っても過言ではないぐらいなのに」


 そう考えるとかなり絶妙なタイミングで教えたということになるし、かなり絶妙なタイミングで翔子が現れたということになる。

 とにかくその気になっているときに実は~と言われなくてよかったはずだ。

 彼女のことだけを考えるのであればあのとき見て見ぬ振りをしなかったことがよかったことになる。


「でも、もう孝太郎はあげないから」

「うん」


 一緒に来たのに何故か別れることになってしまった。

 意外にも孝太郎の方から言い出したことだからなんにも言えなかった。


「翔子も聞いた?」

「ええ、教えてくれたわ」

「翔子にしたみたいに孝太郎に対してはなにかができたというわけではない、だからどこを好かれたのか……」

「そういうものよ、自分では分かりにくい魅力というのがきっとみんなにあるのよ」


 それなら考えたところで意味がないからこれ以上はやめよう。


「くしゅっ」

「今日はもう疲れたから服を着ましょうか」

「確かにもう満足できた」

「ええ、行きましょう」


 トイレに行きたくなって個室に入ったら何故か彼女も入ってきていきなり押さえつけられた、だけではなく、思いきりキスもされて困ってしまった。

 別に焦らなくたってお家に帰ってからすればいいのに、そう言いたくなる。


「っはぁ、あなたが好きなの」

「うん」

「だから付き合って、いつでも側にいて」

「分かった、できる限り翔子といる」


 風邪を引いたら楽しめなくなるからその後はすぐに着替えて戻った。

 ゆっくり見ているだけでも楽しめるからいい。

 正直、お昼寝をしたいぐらい何故だか疲れていたから帰りたい自分もいたが、さすがに空気の読めない行動はしたくないから我慢した。

 彼女が頭を撫でてくれていればお布団じゃなくても気持ちよく寝られるということが分かった。




「結局、今回も別々に行動することになった」

「仕方がないわよ、あのふたりだってそろそろ決めたいのよ」


 私としては美味しい食べ物が食べられて綺麗な花火が見られたらそれで満足できるが、たった一年で途切れてしまったというのは少し寂しい話だと言える。

 こういう関係になることを狙って助けたわけではないものの、翔子を運んでよかったとしか思えない。

 だってそうでもなければ一緒に行ってくれる人がいなかったということになるし。


「お兄さんはバイトなのね、今日ぐらい休めなかったのかしら?」

「そういう日こそ積極的に出ようとするのがお兄ちゃんだから」


 困っていそうだったら動こうとするのが兄だから違和感はない、だからそういう点でも彼女がいてくれてよかった。


「もう食べ物も買ったから座ってゆっくりしましょうか」

「花火までは時間がある、私はそれでいい」


 ずっと移動し続けても疲れてしまうだけだから座れるならそっちの方がいい。

 お金は一応まだあるとはいっても、夏なんかはそうでなくても使ってしまうものだから残しておきたいという気持ちが大きかった。


「私、積極的にアピールするのもありだと思うのよね」

「でも、一方通行状態だと多分不安になる」


 距離感を見誤ってしまったら仲良くするどころではなくなる。

 前提すらなくなり、話すことすら難しくなる。


「誰でもいいというわけではないけど、私みたいに受け入れられる人は少ないと思うから」

「そうね、結果論よね」

「慎重にやるのが正解の場合もあるから難しい」


 というか、どうしても慎重になってしまうのが恋愛というものだろう。

 積極的にいきたいと考えていても自分が自分を止めてしまうものだ。


「私はあなたの格好良さに惹かれたの」

「格好良さ?」

「可愛いのに力強いところとか、初対面でも気にせずに助けられるところとかね」

「そんなの当たり前、自分にできることならする」

「そういうのは誰でもできるわけではないもの」


 私にとっての先生は兄だから兄の真似をしていたというだけだ。

 もっとも、先生と生徒ということでこちらにできることは少ない。

 だけど意外と自分にできることだけをやっていてもそう悪いことにはならないからこれからも続けるつもりでいる。


「疲れたら言って、またお家まで運んであげるから」

「ふふ、今度は私が運ぶ番よ」

「疲れていないから大丈夫」

「そこは受け入れなさいよ……」


 頼る側ではなく頼ってもらえる側でいたかった。

 年齢が逆なら私は彼女に思い切り甘えていたが、残念ながらそうではないから。

 とはいえ、年上らしいところを見せられたのもあのときが最後なので、無駄なプライドというやつなのかもしれない。


「はぁ、たまにはあなたの方からしてほしいわ、いまのままだと私が変態みたいになってしまうじゃない」

「恋人に求めているのに変態に該当するの?」

「するわよ、求めすぎていたら淫乱な娘みたいでしょう?」

「よく分からない、だって翔子はそれが普通だから」


 求めてくる頻度が低くなったら関係の終わりが近いということになる。

 つまり、私は頑張ってそうならないようにしなければならないわけで。


「どうすればずっとこの関係でいられる?」

「え? そんなのあなたらしくいてくれればいいわ」

「私からしなくてもいてくれる?」

「まあ、あまりに攻められても困ってしまうし……」


 彼女は違う方を見てから「私の力であなたの顔を変えるのが好きなのよ」と。


「い、いまはいいわ、あくまでお祭りを楽しみましょう」

「ん」


 買ってきた食べ物を全て食べ終えたタイミングで花火の時間がやってきた。

 そのときばかりは隣に人がいても全く関係ない、意識は全てそちらにいっていた。

 始まりがあれば終わりもあるということで体感的には物凄く早く終わってしまった気がしたものの、全くそんなことはなかったことになる。


「集まらなくていいの?」

「大丈夫よ、むしろ行ってしまったら空気が読めない存在達になるわ」

「分かった、じゃあ帰ろ」

「ええ、ゆっくり帰りましょう」


 伸ばしてきた手を握って歩き出す。

 夏なのに彼女の体温は凄く心地がよかった。

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