05話.[これはおかしい]

 嫌だとかそういうことではなかった。

 ただ、そういうつもりで接してきている秋草の要求を受け入れたらどうなるのか分からないから不安なのだ。

 水和や伊佐と普通に遊んでいるだけでも文句を言ってくるかもしれない。

 こちらがそれすら許可をしたら独占欲が強いと言っていたことから変わってしまいそうだから……。


「うーづきっ、難しい顔をしてどうしたの?」

「考える必要があったから」


 躱し続けていたらきっと勝手に無理だったのだと判断してしまう。

 何故なら「迷惑をかけてしまうだけですから」とあの後言われたからだ。

 そして断ればきっともう二度と近づいてくることはないだろう。


「それは私に言えること?」

「言えないこと、秋草もぺらぺら話されたくないだろうから」

「翔子ちゃんに関係することなんだ、で、雲月は翔子ちゃんのことを考えてそう言っているんだね」

「ん、水和だから言えないというわけではないから安心してほしい」


 水和に対して言えないなんてことは初めてだから違和感がすごかったが、同時に簡単に話してしまうような人間ではなくてよかったとも感じていた。

 とにかく、こればかりは自分が考えなければならないことだ。

 って、独占欲が強いから云々と言われたときに断らなかったのも自分だ。

 なのにああ言われたら保留を選ぶなんて適当すぎる。


「義務感とかそういうことではないけど、私は受け入れる」


 その気がないならあの時点で断っておくべきだった。

 別にいいと言ったからこそ彼女だって踏み込んでこれたと思うから。

 それに強制ではないからやっぱり違うとなったときには離れたっていい。

 そのことで文句を言うつもりはないから安心してほしい。


「……本当、ですか?」

「うん、受け入れる」


 いい方に変わるかなにも変わらないかという話でしかなかった。

 悪い方に変わらないということならそう心配する必要もないだろう。

 また、彼女にだって元気でいてほしいからというのもある。


「このこと、水和に言ってもいい?」

「私は大丈夫ですけど……」

「それなら言わせてもらう、中途半端にやりたくないから」


 友達のままではいさせてもらうとは言っておいた。

 さすがにいきなり彼女だけの相手をする、なんてことはできない。

 仮に別れることになるとしてもどうしても仕方がない事情ができたときだけにしたかったのだ。


「えー! 翔子ちゃんって大胆なんだねっ?」

「それはむしろ町枝先輩の方だと思います」

「うーん、雲月はいつもこんな感じだからなあ、いつもなにも隠さずに教えてくれる子だからさー」

「でも、今回は違かったんですよね?」

「うん、友達から聞いた大事な情報を簡単に話すような子ではないから」


 当たり前だ、誰だってそんなものだろう。

 世紀末な正解だったら裏切り行為だってなんだってやるだろうが、至って平和な世界なのだから。

 嬉々として情報を流している人がいたらさすがに離れたくなる。

 一緒にいて安心できないならそれも多分みんな同じはずだ。


「適当に求めていたわけではないですからそれでも構いませんでしたが、そういうところも町枝先輩の好きなところです」

「うんうん、しっかりしているよね」


 な、なんか褒められすぎて背中が痒くなってきた。

 基本的に甘えん坊だとか言われて笑われるのが自分なのにこれはおかしい。

 だから教室から逃げたし、なんなら教室のある階からすら逃げた。

 が、すぐに予鈴が鳴って戻ることになってしまったのは残念で……。

 とにかく、そんな残念な気持ちになりながらであっても授業を受けていたらあっという間に放課後になってくれたのはよかった。


「町枝先輩、帰りましょう」

「うん」


 受け入れても変わったことはなにもない。

 並んで歩いて帰るというだけだ。

 人ひとり分の距離があるから手を繋ぐこともできない。

 いきなり暴走しないように気をつけているのだろうか? とまで考えて、任せっきりでは意味がないと改めて手をぎゅっと握った。

 明らかにびくりとなっていたから驚いたと思う。


「翔子にだけ頑張らせない」


 どう考えてもこっちが努力をしなくていいなんてことはありえない。

 相手が来てくれているからと調子に乗っていたらいつの間にか近くから消えてしまいそうだから頑張る。


「まだ早いですよ……、なんで名前で呼んでしまうんですか」

「翔子は変えなければいい、私はこうさせてもらうだけ」


 色々変えるためにきっかけが必要だった。

 というか、地味にいまのは勇気がいる行動だったから間違いなく必要だったのだ。

 なんだろう、手を繋ぐことぐらい初めてというわけでもないのにどうしてここまで違うのか分からない。

 告白を受け入れて関係が変わったというわけでもないのに変な話だと言える。


「手が熱いですよ? もしかして風邪ですか?」

「違う、気恥ずかしいだけ」

「え、町枝先輩の方からしてきたんですよ?」

「う、うるさい、いちいち言わなくていい」


 こういうときに限って彼女は意地が悪かった。

 もしかしたら受け入れられたことで必要以上に慎重に行動しなくていいのだと考えてしまったのかもしれなかった。




「最近、あんまり相手をしてくれませんよね」


 食事も入浴も終えてゆっくりしていたらいきなりこれだった。

 兄は隣に静かに座ると再度「最近、相手をしてくれませんね」と言ってきた。

 どう反応すればいいのか分からなくて固まっていたらこっちの腕を優しく突いてから寝転んでしまった。


「うざ絡みする兄貴ですまん……」

「じょ、情緒不安定?」

「ああ、妹が全く相手をしてくれなくて情緒不安定なんだ」


 と兄は言っているが、ここに帰ってから話している時間は増えているぐらいだ。

 最近の私は人と話したくて話したくて仕方がないからそうなっている。

 水和のことや翔子のことを話すとうんうんと聞いてくれる兄がいるからだ。


「お兄ちゃんのことも好きだから不安にならないでほしい」

「うっ、なんだその取ってつけたような言い方は……」

「べ、別にそんなことはないから」

「妹を困らせるなんて最低だ……」


 だ、駄目だ、今日は悪化するばかりでいい方には繋がらない。

 なので、兄はまだお風呂に入っていないから入ってもらうことにした。

 間違いなく温かいお湯というのは力をくれる、マイナスな考えもどこかにいく。

 いま必要なのはそういうパワーだ、私と話すことでは得られないものだ。


「おかえり」

「ああ、あ、聞いてくれ雲月」

「うん」


 私の前に静かに座った兄が「このままだと駄目だから一週間ぐらい時間をくれ」と言ってきた。

 それだけでは分からなくてまた固まっていたら「送るから一週間ぐらいあっちで過ごしてくれ」と重ねてきた。

 家主の兄がそう言うなら仕方がないということで必要な荷物だけを持ってすぐに家を出ることにした。


「悪いな」

「大丈夫、だってまた住めるでしょ?」

「ああ、それは大丈夫だ、時間が経過したら遠慮なく来てくれ」


 高校までの距離もそう変わらないから問題はない、ことにした。

 兄といられないことは間違いなくいいことではないが、わがままも言っていられないから仕方がないことだと片付けるしかない。


「え、追い出されちゃったの?」

「いや、そういうことではないけど」


 それでも話を聞いてほしくて水和には電話をかけていた。

 傍から見たら追い出されたように見えるのだろうか?

 ひとりになりたい時間というのが兄にもあるだけだと思うけど。


「お弁当とかどうするの?」

「自分で作る、今度あそこに行った際には私がメインでやるつもりだから」


 作ることができてもそういう機会がなければどうしようもない。

 きっと兄の中の私はなんにもできないときのままだからこうなるのだ。

 だから多少は無理やりにでも自分がやって示さなければならない。

 まあ、……なんだかんだ甘えてしまった結果がこれに繋がっているのかもしれないけど……。


「根拠はないけど大丈夫だよ」

「うん」

「あ、お風呂に入らなければいけないから切るね」

「ありがと」

「いいんだよそんなの、じゃあね」


 両親とも仲良くいられているからその点での不安もなかった。

 ただ、どうしてあんなに近い場所でひとり暮らしを始めたのだろうか? と気になって今日は寝られなかった。

 学校があるし、自分が決めたことを守らなければならないからゆっくりしているわけにもいかず、結構早めからを意識して行動した。


「おーい」


 なかなかに悪くないお弁当をかばんにしまって登校していたときのこと、後ろから聞き慣れた声が聞こえてきて足を止める。


「はぁ、はぁ、よかった」

「どうして? 学校でもゆっくり話せ――」

「す、スカートが……」


 どうやら変な風に挟まって捲れてしまっていたみたいだった。

 教えてくれたことに感謝をして、どうせなら伊佐と一緒に登校することにした。

 ひとりで登校することには慣れているが、誰かがいてくれるとなんかほっとする。

 変なプライドを優先してひとりでいる人間ではなくてよかったと感じた時間だ。


「え、ということは孝太郎に見られたの? 最低、変態」

「ちょっ、別にそんなじろじろ見ていたわけではないから……」

「でも、走って追ったんでしょ? 傍から見たらやばい人だよ」

「あのまま学校に行って町枝さんに恥ずかしい思いを味わってほしくなかったから」

「ま、冗談だけど。孝太郎はむしろよく勇気を出せたよね」


 確かに気づいていてもなんとなく言いづらいと思う。

 相手がそれなりに仲良くないなら悪い方に傾くかもしれない。

 教えてもらえて恥ずかしくならずに済んだとしても悪く言う人はいるから。


「それにこんな感じで下着まで見えていたわけではないんでしょ?」

「ちょっ、もうちょっと気をつけてよ……」

「大丈夫大丈夫、これぐらいならそもそも短くしている子もいるしね」


 私にはよく分からない世界の話だった。

 敢えて短くするなんて微妙になるだけだ。

 冬でもするからもっと分からなくなる。


「ねえ孝太郎、雲月じゃなくて私でも教えてくれた?」

「当たり前だよ、友達にそんな思いを味わってほしくないから」

「じゃあもっと私を優先してよ、孝太郎のせいで寂しくなってばかりなんだけど」

「え、なんで?」

「なんでって……」


 敢えてそうしているのか、逆に全く気づいていないのか、彼の反応はあくまで普通だった。

 いまの私みたいにどうしてそうなるのかが分からないとでも言いたげな顔だ。

 対する水和はうわあ……という風な顔をしているようにも、少しだけ怒っているような顔にも見える。


「雲月、ちょっとこのお兄さんを借りていくね」

「ど、どうぞ」


 伊佐は少しだけ鈍感さんなのかもしれなかった。

 あ、いや、好きな人というのが水和と確定しているわけではないからこそなのかもしれない。


「町枝先輩、おはようございます」

「おはよ、あ、いまは実家に帰っているから」

「え、追い出されてしまったんですか?」


 ……やはりそう考えるのが普通なのだろうか?

 一週間が二週間になり、どんどんと増えて戻るという話もなくなると?

 そろそろ兄離れをしろということなら……。


「翔子、敬語はやめてほしい」

「いきなりどうしたんですか?」

「……なんか急にそう感じた」


 一緒にいて安心できる存在が近くにいてくれないと駄目になってしまう。

 兄が駄目なら水和に、水和が無理なら翔子にと変えていくしかない。

 だが、彼女からすれば一緒にいられればいられるほどいいわけだからと正当化しようとする自分もいた。


「町枝先輩が求めるならいいけど」

「うん、敬語じゃ嫌だ」

「ちょっと付いてきて」


 教室から離れたところで彼女はぎゅっと抱きしめてきた。

 こちらも抱きしめ返したら先程までの不安もどこかにいった。

 ポジティブでもネガティブでもないのが自分なのだ、あのままだったらそれこそ駄目になっていた。


「昨日、水和には言った」

「そうなのね」

「これまで隠し事とか全くしたことがなかったから今回も言ったけど、翔子にも言った方がよかった?」

「んー、あくまでそれは町枝先輩の自由だから」


 彼女はこちらを離すと「それでも教えてもらえたら私は嬉しいわ」と。


「嘘をついたわ、実はいまのを聞いて少し悔しくなったの」


 相手によって態度を変えているわけではないというのは嘘かもしれなかった。

 まだまだ水和に依存したままというか、彼女に対するときに同じようにできていないような気がする。


「でも、だからこそいまよりも頑張れるの。河桜先輩より頼ってもらえるように、町枝先輩に振り向いてもらえるようにね」

「雲月でいい、先輩はいらない」

「それはまだ駄目ね」

「敬語はやめたのに?」

「ええ、もっと仲良くなってからがいいの」


 これも相手が決めているならと納得しておいた。

 それからも話をしていたが、なんかお布団の中にいるときみたいに暖かった。




「水和、あのふたりってやっぱり特別な関係なの?」

「まだ特別な関係ではないけどそのつもりではいるらしいよ」


 求めた翔子ちゃんも受け入れた雲月もすごい話だった。

 特に翔子ちゃんみたいな強さが自分にはないから羨ましく感じる。

 なんだかんだで素直になりきれない自分でもあるからなおさらのことだった。


「ねえ、僕達もあんな風になれるかな?」

「そりゃまあ……」


 私と孝太郎の中に同じような気持ちがあればなれるはずだ。

 他の誰かのことなんて関係ない、大事なのはそこだけだと言える。

 え、というか、どうして急にこんなことを言ってくるの? と困惑していた。


「あのふたりから勇気を貰えたんだ、言ってしまえば羨ましくなってしまったことが強いんだけど」

「好きな人がいるんじゃなかったの……?」

「ははは、水和は意地が悪いな」


 いやいや、そこでそれが自分だ! なんて考えられるわけがない。

 私なんて直接聞いてから物凄く悩んだぐらいなのに。

 他の人かもしれないと考えながらも優先してほしいとか言ってしまっていた時点で問題なんだけど……。


「よし、あのふたりの真似をして手を繋いでみようか」

「手を繋ぐぐらいならできるけど……」


 抱きしめられたらおかしくなりそうだから無理だ。

 ただ、そういうことはなんとなくしてこなさそうだったから手を伸ばした結果、ぎゅっと握られて同じような感じになってしまった。

 つまり、この程度の行為であっても昔と違って影響力が違うということだ。


「も、もう終わりにしよう」

「分かった、無理やりはしたくないからね」


 はぁ、いざこうなったらこうなったでどうして変な風になってしまうのか。

 孝太郎が私に対してこういうことを求めてきてくれているのにこれでは駄目だ。


「勘違いしないでね? いまのは恥ずかしくなっただけだから」

「なんで恥ずかしいの?」

「なんでって……もう」


 それこそ意地悪なのは彼の方だった。

 なんか悔しかったから別れた後は全部雲月に教えておいた。

 きっと「伊佐は鈍感」とか言ってくれるはずだ。


「伊佐は敢えてそうしているだけかもしれない」

「装っているってこと?」

「そう、伊佐だからこそそういう反応をしそう」


 ということはいま頃、うわー! とかなっていたりするのかな?

 もしそうならかなり嬉しいけど、孝太郎に限ってそんなことは……。

 こっちがドキドキしていてもあくまで「なんで?」とか聞いてきそうだし……。


「あ、そういえば翔子ちゃんとは一緒にいないんだね」

「一緒に帰っただけだから」

「へえ、放課後も一緒に過ごすと思ったけどなー」

「一緒に過ごすことの方が多いから水和の発言も間違っているわけではない」


 というか、あっさりと帰ってしまったことが不満だった。

 普通ああいうことをした後は一緒にいたいと思うものでしょ?

 慎重にいかなければ壊してしまう可能性もあるから不安なのかもしれないけど、あっさり帰られてしまうのもそれはそれで寂しいわけで。


「相手があっさり帰っちゃって寂しくないの?」

「あんまりわがままは言いたくないから」

「偉いなあ、私なんてなんでそうなのって文句を言いたくなっちゃうよ」


 雲月も翔子ちゃんもちゃんとできていて偉い。

 その点、私はなにも上手くできていないから微妙な気分になった。

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