04話.[ここにいるから]
「寝られない……」
寝具の問題ではなかった。
やはり兄がいないというのが結構影響しているのかもしれない。
また、こうなっても自由に出歩くわけにもいかないのが大変な点だと言える。
暗いところも苦手だから行動できたところで、という話だけど。
「……寝られないん――」
「ひゃ!? あっ、……端的に言うとそうなる」
あそこと同じで床とベッドという形なのに駄目なのは……。
「秋草、一緒に寝ていい?」
「私は大丈夫ですけど……」
「それならいい、入らせてもらう」
慣れている敷布団ではなかったのが影響していた。
兄は普段ベッドで寝ているから体温を感じながら寝ているというわけではないが、やっぱり必要なのはこれの気がした。
「暗いところが苦手」
「そうだったんですか」
なんでも言っていけばいいだろう。
知りたいみたいだから迷惑にもならない。
現時点では、というだけでも全く構わなかった。
「あと、秋草に触れているときは落ち着けたから入らせてもらった」
「そういえば手、あんまり繋いでいませんね」
「嫌ならしなくていい、だけど私としては普通に好きだから」
こういうことも言っておけばそういう機会も多くなりそうだった。
で、こうすることで解決したかと思えばそうではなく、こうしたことで再度問題が出てきてしまった。
それは眠気が吹き飛んでしまったということだ。
暗いところが苦手なのにまだまだ喋りたいという気持ちが大きくて困る。
明日だって普通に学校があるんだから我慢しなければならないところだ。
「……もう大丈夫そうですか?」
「ん、大丈夫」
なにより、秋草は眠たそうにしているんだから黙っていなければならない。
幸い、こうしてすぐ隣に彼女がいるからきっと大丈夫だろう。
一日ぐらい徹夜になったところで特に問題になるわけではないから朝まで起きておくことにした。
なにかがあっても自分になにかが起きるだけだ、彼女に迷惑をかけてしまっているわけではないのだから堂々としていればいい。
「ん、秋草も寝られないの?」
「……実はそうなんです」
「それならそうしていればいい、私はここにいるから」
今日に限ってトイレが近くなるということもなくてよかった。
決めていた通り、朝まで起きていた。
その間も寝返りを打つこともなく彼女は抱きついてきたままだったので、すごいという感想を抱いた。
「……おはようございます」
「おはよ、私は一旦帰るから」
「え、それはどうして……って、ご飯ですよね」
「うん、さすがに一階で一緒に食べられないから」
しかもそれなりに早く対応する必要があった。
だから話もそこそこに家から出させてもらった。
学校に行く前に兄と話したかったというのもある。
「ただいま」
「お、そのまま行くと思ったけどそうじゃなかったんだな」
自分が出ていたくせになんとなく抱きついてみたりもした。
そうしたら「まだまだ甘えん坊だな」なんて言って頭を撫でてくれてよかった。
が、残念ながらご飯はなかったから食パンを食べてから学校へ。
「お、おはよう雲月……」
「もしかしてまだ気にしてる?」
「当たり前だよ、孝太郎が人気なんだってあれで分かったわけだし……」
秋草は彼女に説明していないみたいだ。
でも、友達のことを考えてしている可能性もあるからそれについてはなにも言えない、私から教えるわけにもいかない。
だからあんまり気にしすぎると疲れるだけと言ってみたら「そうだね」と全くそう思っていない顔で答えてくれた。
「ん? あれ、なんか雲月から翔子ちゃんの匂いがする」
「お泊りしたから」
「ま、まさかそれだけではなく一緒に寝たとか……?」
「そうだけど」
同性同士なんだから全く問題にはならない。
そもそも相手が嫌がっていたら私の方からやめているところだ。
それにできればああいうことは少ない方がよかった。
私の方が秋草みたいな対応をしなければならなかったのだ。
「一緒にお風呂も入っていたりしてー……なんて」
「お風呂は家で入った、秋草のお家でしたのは会話と寝ることだけ」
彼女と話していると眠気も吹き飛ぶというもの、だからこれにも感謝しかない。
また、こうして今日も話せたということが嬉しかった。
彼女相手に不安な感情を抱いたことは去年の最初の頃にしかないが、やっぱり関わった時間の違いというのはかなり影響してくるということを今回のことで知った。
「そ、そうだよね、さすがに同性とはいえ一緒にお風呂に入るのは早いよ」
「いつならいいの?」
分からないことはなんでも聞くと決めている。
頑張って考えたところでいい結果になるとも限らないから。
不効率すぎることはあまり好きではないというのも影響していた。
「え、そんなの私と孝太郎ぐらいの関係の長さならいいんじゃない?」
「だけど水和は絶対にそうしなさそう」
「だ、だって剃り残しとかあるかもしれないじゃんっ」
「仮にあったとしてもまじまじ見る人はいない」
相手の裸を見たくてそうしているわけではないんだから心配はいらないだろう。
積極的に見る人がいたのなら私の勉強不足ということになってしまうけど。
「ふぅ、とにかく今日もよろしくね」
「うん」
たまに席が隣同士であってくれたらと考えることはある。
ただ、そうすると伊佐からも離れてしまうことになるからそういうわがままはぶつけていなかった。
六月も終わりが近づいてきた。
雨が降ったり降らなかったり降り続けたりして振り回される時期だから正直終わってくれた方がありがたい。
分かりやすく暑さや寒さに弱いということもないため、梅雨に比べたら夏や冬の方がいいと言えた。
「町枝さーん」
「伊佐」
「今日はひとりなの? 水和とか秋草さんはいないんだね」
ふたりとも用事があったということを説明したら「それならいまからどこかに行こうよ」と誘ってきた。
こちらとしては伊佐と行動するのも悪くはないことだから受け入れる。
ただ、前回みたいになにかを食べるのはお金的に避けてもらうことにしてだけど。
「やっぱりゲームセンターとかいいよね」
「あんまり行ったことがない」
「大丈夫、怖いことはなにもないよ」
彼はこっちを見てから「遊ぼうと思えばコインゲームで相当遊べるからね」と。
それにしたってセンスがなければ速攻でなくなってしまうだろうが、まあ、いちいちそんなことは言わなかった。
敢えて楽しそうなところに水を差す必要はない。
「離れたら不安になっちゃうかもしれないから今日は同じやつをやろうかな」
「自由にやってくればいい」
「今日は合わせたい気分なんだよ」
付いてきたからには遊ばないと空気が読めない存在になってしまうため、とりあえず百円分から遊んで見ることにした。
なんだかんだ失っていく枚数の方が多いが、地味に返ってくる分もあるから遊ぶことができる。
黙々とではなく伊佐と話しながらでもあるからそこそこ楽しい時間だった。
「町枝さんと秋草さんって特別な関係なの?」
「ただのお友達というだけだよ」
「その割にはなんか雰囲気がさ」
「よく分からない、私は私らしく秋草の相手をしているだけだから」
ああいうことを言ってきていても特別なにかが変わったりはしていなかった。
手を繋ぐことぐらいはあるかな、程度のもの。
強制ではないから私としては別にそれでいいが、どういうつもりで近づいてきているのかが分からなくなるときはある。
離れようとするわけでもないしべったりでもないというのが正に影響していた。
「ちなみに付き合うことになった場合のことだけどさ、あ、仮にだよ? えっと、水和とも付き合えるの?」
「ん? 水和が求めてくるなら私は受け入れられるけど」
「そうなんだ、じゃあそこまで秋草さんが特別というわけではないんだね」
相手によって態度を変えているということはなかった。
仲良くなりたい、気に入ってもらいたい、離れてほしくない、そう考えることはあっても所詮自分らしく行動するしかないからだ。
「水和から町枝さんは男子が苦手だって聞いていたけど、僕は大丈夫なの?」
「みんなに苦手意識を抱いているというわけではない、それに伊佐とは最近出会ったばかりというわけでもないから大丈夫」
「なるほど、知っている相手ならということか」
こんなことを聞いてどうするのだろうか。
ついついそういうことをしたくなるのが人間なのだろうか?
他のことについてなら自由にやってくれていいが、私の情報を得てもなんにも活かせないからやめた方がいい。
「終わった」
「こっちはまだあるからあげるよ」
「ありがと」
それから大体二十分ぐらいはそうして遊んで、終わったらすぐに出てきた。
帰路に就いている最中も楽しそうだったからなんでと聞いてみたら「町枝さんが付き合ってくれたからだよ」と言われて困った。
別に時間があればいつだって付き合う、相談にだって乗る。
できることは少ないが関わってくれている人のためには動きたいと思うからだ。
「あー! やっぱり一緒に行動してたんだ!」
「もしかして探してたの?」
「連絡したのに反応はしないし、どっちの家に行ってもいないからさあ!」
こちらは約束をしていたわけではないから黙っておくことにした。
伊佐のことが気になっている彼女からすればこれも気になってしまうのだろう。
断る必要もなかったからこうしたまでのこと、そこは勘違いしないでほしい。
「というわけで雲月はもらっていくから!」
「え?」
「うん? どうしたの?」
「この流れなら私じゃなくて伊佐じゃないの?」
「まあまあ! これから少しだけでいいから付き合ってよ!」
無理している感じは伝わってこなかった。
伊佐も「それなら今日はこれまでだね、町枝さん今日はありがとう」と言って歩いていった。
一対一になってから割とすぐに怒られるかもしれないという不安が出てきたが、何故かこちらは抱きしめられただけだった。
「せめて反応してよ」
「ごめん、ゲームセンターに行ってて気づかなかった」
「あー、確かにあそこだとうるさいもんね」
マナーモードのままだったからというのもある。
あとはやっぱり楽しんでいたからこそだろうか。
どうしても意識が目の前のことや一緒にいる相手に向いてしまうからそうなると。
「どうだったの? 孝太郎と楽しめた?」
「うん、楽しかった」
「あの柔らかいところは一緒にいて安心できるよね」
「伊佐なら怖かったりしないから大丈夫」
というか、言ってしまえば苦手な対象なんてほとんどいなかった、逆ギレするような人が苦手というだけで。
進学する度にどんどん関わる人数が減るというか、基本的に他者も自分が気に入っている存在とだけ集まろうとするからだ。
「いまからアイスでも食べない?」
「食べる」
「よしきたっ、それじゃあ行こー!」
すっかり元通りになったみたいでよかった。
内に抑え続けているだけなのかもしれないが、結局のところ表面上だけで判断するしかないからこっちの方がいい。
もちろん抱えきれなさそうだったら言ってほしいし、無理そうなら伊佐とかそういう存在を頼ってほしい。
彼女みたいなタイプが一番そういうことをしてくれないため、露骨に表に出されるとそれだけで不安になってしまうのだ。
「冷たくて美味しー、まあもう夏もくるもんねー」
「本格的に夏になったらかき氷を食べたい」
「いいねっ、私はやっぱりすぐに夏祭りとかを思い浮かべちゃうかなー」
去年は一緒に行ったから今年も一緒に行きたかった。
伊佐や秋草も含めて四人で、そうしたらきっとわいわい楽しめる。
「今年は翔子ちゃんも誘っちゃおー」
「楽しそう」
「楽しいよ? 基本的にポジティブ思考タイプだからね」
こちらはどっちにも寄りきれないから中途半端な感じだった。
まあ、ネガティブ方向に考えすぎる人間よりはいいだろう。
アイスはすぐに食べ終えてしまったから彼女のお家へ。
「送ってくれてありがと」
「ばいばい」
「うん、また明日ね」
最近はこういうことも増えてすぐに帰らない日が多くなった。
いいのかどうかはおいておくとして、楽しめているならそれでいいと終わらせた。
「な、なに?」
放課後になったのはいい、自由時間だから帰るのも残るのも自由だから。
だが、自分の机に押さえつけられているというのはいいことではなかった。
怖い顔をしているということはなにかに不満を感じたということだろうが、なんでも言ってくれないと分からないからこうする前にそうしてほしかった。
「昨日、見てました、あなたが河桜先輩に抱きしめられているところを」
「あれはお友達としてのハグみたいなものだから」
むしろそれ以外の気持ちが込められていたら驚いてしまう。
あれだけ露骨な反応を見せておきながら結局それなの? という風に。
水和は私にも優しいというだけだ、それでもあくまで本命は伊佐だ。
「見てたってどこから?」
「時間が余っていたので歩いていたんです、そうしたらおふたりがいきなり近くにやって来て急に……」
「話しかけてくれればよかったのに」
「簡単に近づけるなら苦労はしません」
やっぱり彼女はよく分からない子だった。
そうできないときとできるときの違いが分からない。
泊まってほしいとか言えるし、手は握れるし、一緒に寝ることだってできるのにあの場面で近づけないというのはおかしい。
「適当に時間を積み重ねただけならそこにはなにもありません、でも、あなたと河桜先輩はそうではないですから」
水和と伊佐に比べたら私と水和のそれはあまりにも短い。
ただ、出会ってから全く時間が経っていない彼女からすれば物凄く差があるように見えたということなのか。
本当に相手によって態度を変えているというわけではないのに不思議な話だ。
「秋草に用事があったから昨日は過ごせなかっただけ」
水和にしたって用事があるからと別れていたのだ。
○○時になったら集まろうとか約束をしていたわけではない、だからそんなことを考える必要は全くない。
とはいえ、多分そう言われても納得できることではないのだろう。
「帰ろ、それか秋草が残りたいならここに残ってもいい、もういいって言われるまでちゃんと付き合うから」
「それなら私の家に来てください、またあれをしたいです」
「分かった」
今日は雨が降っているから元々外でゆっくりするのは現実的ではなかった。
その点、彼女のお家ならゆっくりできるから問題ない。
それこそある程度の時間までいれば雨もやむかもしれないという期待もあった。
「あれからしたくて仕方がないんです」
「秋草はよく分からない、大胆かと思えばそうではないから」
「やる方は怖いんですよ、町枝先輩だってなんでもかんでも受け入れられるというわけではないでしょうから」
「嫌なことだったら嫌だと言う、だからそう言わない限りは安心していい」
ただ立っている状態で抱きしめてきているわけではなくて転んでのそれだから少しアレな気がする。
露骨なのにぶつけてこないというのは不思議だ。
こういう行為だけをしたいというだけなら間違ってはいないのかもしれないけど。
「河桜先輩には内緒にしてください」
隠すつもりないが言う必要もないことだ。
ぺらぺら話すような人間でもないからそこは安心してほしい。
「伊佐先輩にもそうです」
「大丈夫」
これを言ったところで困らせてしまうだけだった。
自意識過剰、自信過剰なやばい人間が出来上がるからできない。
「仲良くなりたいというだけでは曖昧なので言っておきます、私は町枝先輩とそういう関係になりたいんです。でも、これは押し付けでしかない、だから嫌ならいますぐに出ていってください」
こちらを抱きしめるのをやめてベッドからも下りる。
向いてみたら「町枝先輩の自由です」と言ってきた。
実は今回ばかりは少し考えることにした。
だから今日のところは保留にさせてもらったのだった。
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