第16話 ギルドマスターのおっちゃん
「酒場の方が騒がしいと思ったらとんでもねえ音が聞こえてきたから来てみたが…こりゃまた派手にやらかしたなぁ…」
二階の階段から降りてきたこの惨状を見て頭を掻きながら悩んでいるおっちゃん。40代ぐらいだろうか。その場に立つ姿勢が実力者であることを示している。
「なんかもうめんどくさいし帰っちゃいませんかぁ…?この場で賠償しろとか言われても困るしぃ…」
「この惨状を作ったのは間違いなくこっちだしな。あいつが剣向けたとはいえ」
面倒くさくなると察したパンドラは帰ろうとするがだいたいこういうのは後から追ってくるものだとレンは考えている。
「なによりこのまま帰ったらカリン母様に説教されかねん」
「あぁー……」
諦めがついたのか文句を言うことはなくなった。おっちゃんがこっちに来る。
「あー、なんだ。これやったのお前さんらか?」
「いや、あいつから喧嘩売ってきた。特にやる気はなかっんだけど、あいつ剣抜いたし。正当防衛で済ませる?」
短くはあるが一通りの状況を話した後、おっちゃんは頭を抱えながらガルスと取り巻き達を見る。
「とりあえずお前ら、今日から一ヶ月間ギルドの塩漬けクエスト受けてもらうぞ」
「えっ!?そんな、あいつがやったってのに!!」
「仕掛けたやつが悪いし剣抜いたバカが悪い。しかし、あれかぁ…。冒険者になる予定とはいえ一般人に剣抜くかぁ…」
事の始末を言い渡された取り巻き達は力なく項垂れている。塩漬けクエストって一体何だろうか?後で聞いてみよう。
「いろいろあるもんだな、冒険者ってのも」
「こういうどうしようもないバカも始めたてはもうちょっとまともだったのになぁ…。ああ、すまん。上まで聞こえて来るほどだったんだが、お前さんら冒険者になるってのか?」
「もちろん」
「ご主人様に同じくですよぉ〜」
「ご主人?なんだお前さん、身分が高いのかい」
もしかして貴族だから敬語で話すみたいなことになるのか。こういうおっちゃんは敬語を使わないほうが似合ってるというかなぁ…。この見た目から敬語が出てくるとか予想できん。
「そんなもんじゃないし、敬語もいらん。冒険者になるならおっちゃんのほうが立場は上でしょ?」
「おお、助かる。敬語は苦手なんだ。言いたくもない世辞とかおべっかとかもな。そんで冒険者登録だな。ちょっと待っててくれ。おい、フローラ!」
「は、はいぃ!」
先程のオドオドしてたギルドの職員が返事をする。
「こいつらの冒険者登録を済ませてやってくれ。ランクはそうだな…。Cランクで構わん」
「えっ…!?でも最初はGランクからって…」
「ギルマス権限だ。それにBランクのガルスを軽々投げ飛ばしたらしいじゃないか。それならこれぐらいやっても十分だ」
おっ、太っ腹(おっちゃんは太ってない)。
「で、では冒険者登録の書類を書きますのでこちらのカウンターにお越しください」
「わかった。あ、あとおっちゃんありがとな。いろいろしてもらって」
「いや、強い冒険者が増えるのは大歓迎だ。それにガルスで迷惑かけちまったところもあるからな。ま、今後はよろしく頼むぞ?」
「もちろん。ところでおっちゃん名前は?」
「俺か?俺はベイルだ。一応ここのギルドマスターをやってる」
「レン・グリタラット。こっちはドーラ」
「ドーラですよぉ〜」
「何かあったら無理のない範囲で手伝う。よろしく」
かなり前にパンドラの正体を隠すためにこの名前を使っていたのでそれを使うことにした。
「あ、あの〜。冒険者登録の書類を…」
「はいはい。それじゃ行くぞドーラ」
「は〜い。あ、ちょっと彼等に伝えておきたいことがあるし、先に書いててもらっていい?」
口封じでもするんだろうか、とレンは思いつつ好きにさせることにした。
「早く終わらせろよ?」
「ま、そう時間はかからないわよぅ?少しお話しするだけだもの」
レンはパンドラの本当の恐ろしさを知っているからこそ、彼等の行く末に合掌をしながらカウンターへと向かったのだ。
★
ギルドに入ってきた少年たちがあんな化け物だなんて知らなかった。これが酒場で呑んだくれていた冒険者たちの総意だ。
ガルスの実力を知っているからこそやはり目の前で起きたことに驚愕している。
「元Aランク冒険者があんなにも簡単にやられるかよ!?」
「ガルスが酒で弱ってたとかか…?」
「あいつはそんな奴じゃねぇ。武技まで使ってたんだぞ?なのにあのガキは動きを読んで完璧な反撃を出しやがった」
信じられなくとも目の前で起こったことは事実。冒険者になりに来たガキの強さで賭けをしていた訳では無いが、あそこまで簡単にやられては面白くない。
そう考えているとき…。
「見てもらったかしらぁ、ご主人様の強さ」
「「「「「「「なっ!?」」」」」」」
気配なくいつの間にか酒場の椅子に座っているのはさっきのガキのツレ。見たところただの幼女だと思い、こいつで先程の憂さ晴らしをしようかと考えるバカもいるようだ。
「あのガキのメイドか?にしては服が過激すぎねぇ?」
「そんじょそこらのメイドと同じに見ないでくれる〜?私はご主人様の夜のメイド__あひゃん!」
とんでもないことを言い出した幼女の頭に羽ペンが飛んできた。ガキが投げたのか、幼女はガキの方を向いてむくれている。
「むぅぅ…仕方ないわね。これは私からの警告よぉ?以後私達にちょっかいかけないでねぇ?」
「………。そりゃまたどうしてだよ」
「ご主人様も私も揉め事は嫌いなの。ただそれだけよ」
それ以上無駄に口出ししても無理だな、これは。
俺もランクは低いがそれなりに修羅場は潜ってきた。これは冒険者になって五年目に会った赤竜と同じような、いや、それ以上の威圧。周りに無駄な被害が出ないように俺等にだけ当ててんのか。
「はーーーぁっ。やめだやめ。つまんねーことして悪かったな、メイド。言うことには従うさ」
「良いお返事をありがと。他の皆も同じようにしてくれるのかしらぁ?」
「言っておくさ」
これからの面倒臭いこと考えりゃ萎えるが、命より大事なもんはない。それはこの酒場にいる冒険者全員が同じ考えをしていた。
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