閑話 第一王女フィア


ため息をついて部屋の外に視線を動かす。豪華絢爛を表すような室内の中央にあるキングサイズベット。そこにいる少女はまたため息をついた。


「また…会えるといいのだがな…」


彼を想うように寂しげに呟くと布団で顔を覆う。するとドンドンドンと扉が叩かれる音が聞こえた。


「何事だ!」


「お伝えしたいことがあります!王国より南西、アスタ平原に魔王が出現したとのことです!獣の魔王ガスラと禁断の魔王パンドラです!」


魔王と聞いて一瞬驚いたが、少女はすぐに状況を尋ねる。


「そうか。父様はどうしている?」


「国民の避難を最優先としています!それともう一つお伝えしたいことが!」


少女直属の兵士は精鋭といってもいいほどの実力を持つ。そんな彼らがここまで焦るほどのこと?


「もう一つ?それは魔王が出てくることと等しい事件か?」


「いえ!それとは別でございます!この度は…ご婚約おめでとうございます!」


「は?」


少女はあまりの展開についていけない。


(魔王よりも婚約の報告が大事か。確かに国家にとって婚約とは大切なことではあるが、なぜそこまで焦っているのか。それに私は婚約など知らんぞ。一体どうなっている?)


「婚約…。婚約といっても誰と婚約したんだ?」


「グリタラットの血を持ち、カリン様とクリス様の息子殿、レン・グリタラット様です!」


少女は驚愕のあまり開いた口が塞がらない。


たった今、少女――――第一王女フィアの婚約が決まってしまった。




           ★




フィアとレンが出会ったのは王城の訓練場。フィアが訓練で騎士たちと模擬戦をしていたときだった。


「フィア様ー!行け行けー!そのままけちょんけちょんにしてください!」


「おい、もう少し頑張れよ!今日の酒場のおごりがかかっているんだよぉ〜!!!」


「俺に、言われてもっ、知らねぇよ!」


息も絶え絶えに剣を振るう騎士。その隙をつくようにフィアの一撃が決まる。


「風斬!」


その場に倒れる騎士。


「そこまで!勝者フィア様!」


「「「今日のおごりが〜!!」」」


「「「いやっほーい!!今夜の酒はうまくなるぜー!」」」


「お前ら…俺で賭けを…するな…ガクッ」


最後に恨み言を吐いて騎士は気を失った。フィアはちゃんと手加減はしてあるのでひどいことにはならない。


訓練場に歓声と悲鳴が上がる中、フィアは内心でため息をついた。


(騎士たちだけでもこのレベル…。訓練をしている気になれない。どこか…もっと強いやつとの訓練でないと…!)


そんな相手はいないか…と心のなかで諦めてしまうフィア。


その時だった。


「うわぁ〜〜!ここが訓練場かぁ〜!!騎士がいる!やっぱりファンタジーな世界だな!」


妙に高い声が訓練場に響く。ここにいるのは大体が男なので野太い声しかないはずなのだが。


振り向くと入口に少年が立っていた。まだ天職も得ていないほどに幼い少年。立ち振る舞いこそ幼い子供のそれだが、瞳の中には憧れの中にまた別の感情があるのがわかった。憧れと羨望だけではない。少年が浮かべていたのは…満足。何故、訓練場に来て、騎士たちを見て満足する?普通、それぐらいの子供なら自分のこうなりたいと夢見るものではないのか?


興味深い。フィアの興味は一気にその少年へと向いた。


「そこの君!」


「わ!女騎士とかもいるんだ…。やっぱりそうだよね、なりたい夢は叶えてこそだし…。でも、てっきり男の人しかいないと思ってたのになぁ…」


「私の話を無視とはいい度胸じゃないか?」


「あ…ごめんなさい。えっと、僕はレンと言います。3歳です。意識して無視していたわけではないというか、興味はあったんですけど、自分の世界に入り込んでしまって…お恥ずかしい」


その年齢からは見えない丁寧な挨拶にフィアだけでなく、訓練場の全員が注目していた。


「私はフィアだ。フィア、とでも呼んでくれ。妙な敬称はいらん」


「そうですか…。ではフィア、と呼びますね。僕は他にも色々なところを回りたいので、ここらで失礼します」


「ん?せっかく訓練場に来たんだ。ここにいる騎士と戦ってみたくないか?」


「む!それはまたワクワクするお誘いですけど…」


「なんだ?やらないのか?」


「はい。レベルの差があるとはいえ、勝負にならないと思うので」


どこか諦めたような表情で騎士たちを見るレン。自分の力を把握しているのか。確かに過信するのは良くないことだが、それでもやってみるのが子供ではないのか、とふと考えるフィア。


「そうは言わず、やってみるといい。ほら、ザシ。レンと手合わせぐらいしてやれ」


騎士たちの中でも上から数えたほうが早い実力を持つ騎士ザシ。ザシは困った表情を浮かべながらフィアに言う。


「お言葉ですがフィア様。さすがに3歳の子供を相手にするというのは…その…」


「よい。手加減できるだろう?」


「……わかりました」


渋々ながらもザシは頷き、木剣を取った。フィアはレンへと声をかける。


「どうだ?これでもやらないか?」


「ここまでされると、断りづらいですね…。わかりました、やります」


そう言ってレンは訓練場の壁に立てかけてある木の大鎌を取った。レンの身長を超える大鎌を軽々と持つレンに騎士たちは驚きを隠せない。いくら鉄ではないとはいえ、大きさ相応の重さがあるというのにレンはあっさりと持ってしまった。


「それじゃ、始めましょうか」


レンが審判の方を向くと、驚きから動き出して手を掲げた。


「それでは!レン対ザシの訓練開始!」


審判が掲げた手を下ろす。するとレンは一気に突っ込んで蹴りを浴びせる。


「星突脚!」


「なっ!?防壁!!」


3歳が出すような速さではないため、反応に遅れかけるが、何とか防ぐザシ。


「なるほど、ならこちらから!風刃!」


「『天の川』!」


すぐさまザシの攻撃を星のベールで防ぐレン。

一筋縄ではいかないか、と不敵な笑みを浮かべるレン。


ザシは自身の持つスキルで、レンは体術で対等に渡りあっている。


訓練場にいる騎士は全員驚きを隠せずにいた。レンが持つ魔術適性が星という珍しい属性とはいえ、たった3歳の少年が大人の騎士を相手に互角に戦えているのは異常ともいえる。


(ザシも本気でやっているな…。しかし、レンはすごいな。騎士とここまで接戦をするなんて前代未聞だ。それにレンの魔術適性は星か。なかなか見ない属性をあそこまで使いこなす技量は私レベルだ。それに武技まで一流並だと……!?しかし…スキルもなしにどうやって魔術を使っている?3歳の子供が持つスキルなんてあるのか?)


頭の中で疑問がたくさん浮かび上がるフィア。観察していくうちにレンの異常さを目の当たりにしていく。


「なかなか強いな、少年!どこでそれほどの実力を身につけた?!」


「身につけたって言われても、体術をメインに鍛えていたわけではないんだよな…」


「先程から大鎌を使っていないが、それが本当の武器だと?ならば何故使わん?」


「実力を測っていたからだよ!星刃!」


レンは会話をすることでザシ完全に意識をそらした。

至近距離での一撃に思わずふらつくザシ。


「ここ…っ!」


大鎌がザシの喉仏に突きつけられると、ザシは剣を落として両手をあげた。


「降参だ。なるほど、お前は強いな」


「そっちも強かったよ」


大鎌を下ろし、恥ずかしそうに頭をかくレン。

その表情はやはりどこか退屈めいたものだ。


試合が終わり騎士たちが長い間息をしていなかったかのように大きく息を吐いた。

彼らもまた、今の戦いで得られるものがあったらいいのだが。


その時、フィアがレンのところまで歩いてきた。


「レン。お前、私と勝負しないか?」


「えっ…」


いきなりの発言に動揺を隠せないレン。

しどろもどろになりながらもレンは答える。


「えっと…、も、もうそろそろ母様が呼んでいると思うので、今日はこの辺りで。失礼しました!」


「あっ、おい!待て!」


逃げるように訓練場を出ていくレン。呆気に取られながらもフィアはどこかワクワクしていた。


(あそこまで強い相手が訓練につきあってくれるなら私はさらに強くなれそうだな…。また、出会えるといいが…)


名前しか聞いていなかったため、どこの家の出身か聞き忘れていたことに気づくフィア。


「おい、ザシ。レンは…彼は一体どこの家の子だ?公爵家か?それともお父様の隠し子とか…?」


「ああ、先程聞いたのですが、彼はグリタラット家の者だそうです。しかも、カリン・グリタラット様とクリス・グリタラット様のご子息だそうですよ」


「なっ!グリタラット家か…。さすがに王族が下手に手を出せるところではないな…。グリタラット家とは良い関係を結んでいきたいし…何より、この国の生命線を担う家柄だ。さて、どうしたものか…」


「?………ああ、そういうことですね。フィア様、レンはまた後日カリン様達と共に王城へくる予定だそうです。そのときにカリン様達にご挨拶をなされては?」


「ごっ、ご挨拶などと?!そういうのではないわ、この戯け者!」





顔を真っ赤にしながらも次にレンに会える日はいつかと楽しみに待つ第一王女フィアであった。

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