第11話 魔王と交わす奴隷契約






「それで?どうしてあなたは王城の応接間から抜け出して外にいたのかしらね?」


王城の応接間に戻ってすぐにカリンに問われる。

にこやかだ。それはもうにこやかだ。にこやかすぎて怖いぐらいにこやかだ。カリンは静かに、深く長く怒る。一番まずいのは完全に笑っていないときだ。笑っているときはギリギリアウトかギリギリセーフか、判断がつきにくい。


「え〜っと…そのぉ…」


「カリン、怒るのはわかるけど我慢してくれると…外に出たことは良くないことではあるけど、まだ子供だよ?」


「そうじゃ、カリンよ!レンが言うには今回の魔王の襲撃で家族を失った少女を助けたんじゃぞ!?少しは情状酌量の余地はあるかと思うんじゃが…」


「クリス、クライン王、邪魔をしないで!これは家族で決めたことでしょう!?ルールを破ってはいけないとあれほど言ったのに!」


あっという間に男二人が黙る。



カリンが言うルール。それはグリタラット家にはカリンとクリスによって作られたあるルールだ。傍から見ると、ちょっと変わっていると思われてしまうルールだが、レンは絶対に守っている。




その1、受けた恩は一生をかけても返すこと


その2、お金は大事にすること。

   相手を騙さない、騙された相手を許さない。


その3、王家との関係はあくまで仲良し。深く関与してはいけない。


その4、危険なもの、ことに関わらない(10歳まで)。




この4つのルールはカリンとクリスが王家と関わりを持ち、レンが生まれたときにできたルールだ。

細かいところもあるけど、この4つがグリタラット家で最も大切で守るべきルールなのである。


「危険なものや危険なことに関わってはいけないとあれほど口を酸っぱくして言ったというのに!」


「…ごめんなさい」


確かに今回はやりすぎたというか。隠していることではあるのだが、レンは魔導などの実験をしている。ちなみに、カリンとクリスにはバレている。

いまさらではあるものの、危険なことには変わりない。カリンはカンカンである。


「それにあなたが助けたその子、人間が持つ魔力の性質ではないわ。しかも魔力の量も人のそれではないし。答えて、レン。先程魔王の魔力反応が消えたわ。それも魔導か何かで隠蔽されたみたいに。もしかしてこの子は、それに関するものではないのかしら?そう、魔王本人とか…」


魔力に一際敏感なカリンが疑いの視線を送る。


「「ッ!?」」


「え〜っと……」


「事実なのかの、レン?」


「…………はい」


気まずくなりながらも、レンが首を縦にふる。視線がパンドラ(ドーラ)に集まる。


「まさか、本当に魔王なのかい…!?獣の魔王は巨大な獅子の姿をしていると聞くから、それを踏まえると…」


「考えられるのは、禁断の魔王パンドラじゃろうが…どうなのじゃ、小娘よ」


二人の険悪な視線を浴びながらも髪をいじりながらパンドラはけだるそうに答える。


「黙っていてくれと頼まれてはいたけどぉ、ここまで話されたら仕方がないような気がするわぁ。

私は禁断の魔王パンドラ。今は魔王兼レン様の奴隷なのでよろしくおねがいするわねぇ」


「「「ッ!?」」」


最後の発言にはさすがのカリンも反応してしまう。もともと、カリンはこのタイミングでレンが助けてきたのがただの少女なんて思っていなかった。むしろ、何か危険な存在を予想していた。魔王だったことはある程度は予想していたので驚きは少なかったが…。


(((レンの奴隷!?)))


カリンはレンを溺愛している。そのため、そんな卑猥なワードが出てくるとは思っていなかった。


「ど、奴隷だなんて!レンに何を吹き込もうとしているのかしら!?」


「何ってぇ、ナニかしら?」


「なっ…!?やっぱり魔王ね!レンにイタズラする気なんでしょう!?そのつもりでここまでついてきたんでしょう!?」


「そのとおりだけれどぉ?だって、少年君かわいいじゃない?私のことが魔王だってわかっていても、私のこと、連れてきてくれたのよぉ?優しい少年君のためと思って、私を見逃してくれると嬉しいなぁ、なんて」


まるで恋する少女のような目でこっちを見てくるパンドラ。そんなパンドラを見て少し迷っているカリン。


「パンドラ、本音は?」


「もっちろん!少年君に私のこと全力でイジメてほしいのぉ!イジメるのもいいけどぉ、できればイジメられたいわぁ!手錠を使って軟禁プレイ!低温ロウソクも使ってほしいわね!身も心もボロボロになったときに抱きしめて『愛してるぞ』って囁かれたときにはもう…!!ハァ…、ハァ…、ンンッ!興奮しちゃった♡」


「アウトじゃないか」


想像しただけで興奮しまくっているパンドラ。カリンのパンドラを見る目がゴミを見る目に変わった。


「で、私のことどうするのぉ?殺しちゃうなら、私も抵抗するわよぉ?」


「くっ、こいつがレンの情操教育に悪いことは一目瞭然!殺したいけど…殺してやりたいけど…!我慢するしかないようね」


苦虫を噛み潰したような表情を見せるカリン。

感情に任せて殺してしまいたいと思うカリンだが、相手は魔王。一介の薬師では歯がたたない。殺してしまったときの問題点も踏まえ、我慢するに至った。


「魔王が人と関わりを持つ、ましてや、人の奴隷になるなんて前例のないことは慎重に事を見定めていかないといけないの」


「選択を間違って魔王が殺されれば、他の魔王の報復とかもあり得るわけだからね」


この国の重鎮であるクラインがこの件の処理を保留にした。だが、まだ魔王が裏切る可能性が残っていないわけではない。


「レンと契約をしてちょうだい。奴隷契約が一番ベストね」


「へ?」


レンがカリンを見上げ、変な声を出す。


「レンと正式に奴隷契約を交わせば裏切る可能性が低くなるわ。それにレンの監視下にすれば暴れる心配はないわけだから、この国の安全、ひいては国益にも繋がるわ」


「カリン母様…、つまり僕にパンドラと奴隷契約を交わせという命令なのですか?」


「そういうことね!」


なんて無茶な…と思ってクライン王やクリスを見ても、契約を交わせという無言のプレッシャーが押し寄せる。


「それじゃあ文句なしに私は少年君の奴隷になったということねぇ!やったわぁ!!」


嬉しそうに飛び跳ねるパンドラ。レンは不服な表情を浮かべ、イヤイヤしている。


「奴隷契約は魔術の才能がなくとも使えるものね。契約をした両者の合意がない限り絶対に解けず、契約に背いた者に死を与えるという契約にしましょう」


「カリン母様、さすがに重くありませんか?」


「これだけやらないとこの国に危害が及びかねないわ。それほどに強力で凶悪なのよ、魔王という存在は」


「風評被害がひどいけど、まぁ概ねその認識で合っているわぁ。他の魔王なんて、人を見たらすぐに丸かじりしちゃうような野蛮な奴らばっかりだから。特に少年君のようなかわいい男の子なんてすぐに食べられちゃうわよぉ」


魔王怖い…なんて思っていながらもカリンが口を開く。


「契約の内容は多すぎると期限が短くなってしまうから、そうね…。『レンの命令は絶対遵守』とか一番わかりやすいかしらね」


「それじゃあ奴隷契約始めるわぁ」


パンドラは近くのテーブルにあった羊皮紙を手に取り目を閉じて唱える。





「私、パンドラに刻まれる縛りは一つ。『レンの命令は絶対遵守』であることを縛りとす。ここにレン・グリタラットと禁断の魔王パンドラによる奴隷契約を交わすことを宣言する」


そう呟いた瞬間に羊皮紙にパンドラの唱えた言葉が一言一句間違えることなく浮かび上がる。全ての文字が浮かび上がった瞬間、その文字が光を発し、光が収まったあとにはレンの手に鈍色に光る鉄の首輪がある。

重々しく、奴隷契約を交わす相手に首輪をつければ奴隷契約の完成だ。


奴隷契約の首輪、通称『奴隷の首輪』は装備扱いになる。もちろん見た目も魔力を流すことで変更が可能で、さすがに魔王とはいえ、女の子に無骨な鈍色の鉄の首輪をつけるなんてことは憚られる。


なので、レンは魔力を通して自分の魔術適性のイメージである星と宇宙を想像させるようなデザインを考える。闇色をベースに流れ星が流れるようなラインを5本ほど入れ、首輪の大きさも目立たないようチョーカーほどの大きさにして、少しSFチックなデザインにした。


パンドラの首につける。カチンという小気味のいい音が鳴り響くとステータスに禁断の魔王パンドラと奴隷契約を交わしましたと表示される。スマホの通知みたいだ。


【ステータス】

レン・グリタラット   Lv1


属性:星


筋力:10000 防御力:100 魔術攻撃力:   

魔術防御力:1000 俊敏性:20000

体力:4000 魔力:20000


スキル なし なし なし なし なし


奴隷契約:パンドラ

  内容:レンの命令は絶対遵守 




とまぁこんな感じ。

さらに禁断の魔王パンドラのステータスも表示できるらしい。





【ステータス】

パンドラ   Lv147


属性:感覚


筋力:6530 防御力:6432 魔術攻撃力:8459

魔術防御力:7451 俊敏性:5804

体力:6004 魔力:9965


スキル 転移魔術 魔王守護マオウバリアー 不思議箱の魔術パンドラ・マジック 隠蔽 なし


奴隷契約:パンドラ

  内容:レンの命令は絶対遵守


称号:禁断の魔王 トリックマスター 





今見てみると魔王も魔王でとんでもない。基本、自分のステータスは他人が見ることはできない。見ることを了承してもらえれば見ることができるが、ステータスはいわゆる個人情報、その人のことを丸裸にしてしまうので、相手のステータスを見ることも見せることも、はしたない行為とされている。


とまぁ、こんなふうに。

レンは倒すべきである魔王、禁断の魔王パンドラとの奴隷契約を交わしてしまった。


「よろしくお願いするわぁ、少年君。いや、ご主人様」


パンドラがレンの方を見て笑いかける。

見た目通りの純朴な笑顔にドキッとするものの、実年齢が見た目と違うぞ、と自分に言い聞かせるレン。



今ここに魔王と人間による前代未聞の契約が交わされたのだった。



           ★




そして禁断の魔王パンドラと奴隷契約を交わして5年後。





「やっと待ちわびた天職の儀ねぇ。昨日はちゃんと眠れたのかしらぁ、ご主人様?」


「遠足前の子供じゃないんだから…。ていってもまぁワクワクするよね」


「まさか魔王にも天職なんてもらえるなんて、驚いたわぁ」


「ずっと喋っていても変わんないって。ほら、早く行こう?」


「ワクワクしてるのを隠してるご主人様もかわいいですよぉ」




そして僕らは10歳となり、天職の儀を迎えたのだった。










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第8話 レンと王家。の一部分を修正しました。


一日遅くなって申し訳ありませんでした…。

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