第7話 転生
暴走から数日経って、レンは鎌神との修行を再開した。武技を使った戦闘訓練を主に、模擬の対戦や魔術の開発にも精を込めた。
その中でも。レンが一番熱心に取り組んだのは、
暴走しているときは
大きな声で叫んでも、必死に念じても、発動しなかった。
それを繰り返して数年。
「何がいけないんだろう…。条件とか、あるんだろうか?」
『
突然、頭の中に響く声。最初のうちは驚いていたが、慣れてしまった。
「それじゃあ何で
『お前がまだ
「そうか…。でも、使えないことはないんだよな?!」
『我らと正式に契約を交わしたな。使えないことはない』
傍から見れば一人で誰もいない空間に喋りかけているように見えるかも知れないが、レンはレンの魂にいるグリアドと話していた。
グリアド。リューンの神の一柱で、第一位にいた神らしい。昔召喚した勇者に手助けするも、邪神だと疑われて勇者と相打ちになったそうだ。
話を聞いていても、グリアドが悪いことをしたようには思えなかったし。案外、いいやつなのかも、と思っている。
そんなふうに何気ない会話をしていると、雲の向こうから、一人の人影が見えた。
「グリアド。あそこから何か来てないか?」
『来ているが、人族ではないな。この天界に人などはいない。でもまぁ、この魔力の量と神力ならば、あいつしかおらんだろう』
「あの人って一体…?」
首を傾げ、少々身構えるレン。するとレンの後ろにいつの間にやら一人の男性が立っていた。
「僕の話をしていたのかい?」
「ええっ!?」
男性の気配に気づかず、警戒する。そんなレンの警戒は杞憂に終わる。
「はじめまして、というわけではないんだけれど…君には伝えたいことがあってね。それを伝えに来たよ。本音を言うと…、もうそろそろ、修行をやめて、転生してくれないかな?」
「転生してくださいって言われても…。それにあなた誰ですか?」
名前も知らない男性に転生してくれと言われても。
何度か鎌神といい感じの機会はあっても、ひよってまだ恋の『こ』の字もないのにあんまりではないか、と思うレン。
「……一応、僕がこの世界の創造神なんだけど」
「それで、創造神様が僕にどんなご要件で?」
「………君が天界に居過ぎるせいに決まっているだろう!?」
はて。確かに修行に熱中して、時間の流れみたいなのはすっかり忘れていたと思うけど…。
「いくら修行をしたとはいえ、100年修行するってどうなの!?鎌神にもたびたび口を酸っぱくして言っておいたのに、それを聞かずに君を修行させて!天界の時間の流れと現世の時間の流れは異なるけど、もうそろそろ僕が君達を転生させることができる時間軸が終わるんだよ!?」
100年。一世紀かぁ。よく師匠との修行で一ヶ月間ずっと戦い続けたとかよくあったから、3年ぐらいで、時間を気にしたら負けだと思うようになったんだよなぁ。
「せっかく転生者が魔王を倒せばどんな願いも叶えられると言うのに…。昔の転生者とか馬鹿みたいに喜んで転生していったよ?まぁ、途中で魔王を倒せずに諦めたんだけど…」
「……もう少し詳しく」
「へ?昔の転生者が魔王を倒せずに諦めたってとこ?」
「もう少し前」
「なら…馬鹿みたいに転生していったよのとこ?」
「もう少し前」
「魔王を倒せばどんな願いも叶えられるってこと?」
…それだ。そうすれば、師匠と結婚が…。
「神と人は結婚できないよ?」
「それなら、僕が神になればいいんだ!」
「おぅ…。目的が純粋なのか、不純なのか…。
まぁいいや。転生するかい?」
「する!」
「転生するにあたって、何か心残りとかないのかい?君の師匠に挨拶はしていかないの?」
でも…。師匠に挨拶…する、したくないなぁ。
そりゃあ、100年だ。100年もずっと、師匠と過ごした。その年月分仲良くなれたし、ドキドキもした。けれど、師匠にとって僕は恋人と思うより、家族と思うほうがしっくり来ているのだろう。その関係にいまさら茶々をいれて、別れ際に気まずくなるとか、そっちのほうが嫌だと思う。
それなら。
「伝言とかお願いできますか?」
「いいけど…。君はそれでいいの?」
「決めたことなんで。それに…」
「それに?」
泣いてしまいそうになるから、とか言えるはずがない。
「師匠の顔見て、師匠が恋しいからまだここにいるって言われても困るでしょう?」
「それは、そうだね…。ならもう早速始めようか」
「早っ!なんていうかこう…儀式を行う神殿みたいなのでやるんじゃないんですか?」
創造神の周りに白い人魂が浮かび上がる。転生者達の魂だろうか。その魂が地に円を描き、幾何学模様が刻まれる。
「神殿も一応あるけど、時間が時間だからね」
「そうですか…」
少し寂しい気持ちもある中、魔術が段々と完成に近づいていく。
「………気が変わったよ。ごめんね、君の伝言は伝えないことにするよ」
「えっ、何で!」
「だってさ、ほら。君が伝えて欲しい相手がこの場にいるんだもの」
いつの間にか、レンの背後に鎌神が立っていた。
泣きそうな顔を作りながらも、何も言わず、ただこちらを見ている。
「ええと…。師匠、すいません。途中で投げ出すような形になるかもしれないですけど、僕は転生することにしました」
「そう…」
「あっちの方で、魔王を倒してきますね」
「そう…」
会話が続かない。100年の時を共に過ごして会話が続かないときなんてなかなか無かった。鎌の戦い方で喧嘩をした以来だろうか。それもすぐに仲直りはした。
ここで何も言わないのは、絶対にやっちゃいけない。あっちに行っても、後悔するかもしれない。というか絶対に後悔する。
「……師匠!!!」
「……!?な、何…」
「今言いたいことはたっくさんあります!こう、色々積もりに積もってきたことを言いたい!でも!時間がないらしいので、今一番伝えたいことを言います!」
「は、はぁ……。伝えたいことって一体…?」
大きく息を吸って、吐いて。自分の頬を叩いて。震える足をどうにかして抑えて。覚悟を決めて。
「ずっとずっと!100年間ずっと師匠のことが大好きでした!なので、もし魔王を倒せたら!魔王を倒せるほど強くなったのなら!」
こんな時に何を言っているのだと笑われても構わない。神様と結ばれたいとか、馬鹿らしいと言われても気にしない。
「僕と、結婚してくださあぁぁぁぁい!!!!!」
「いいよ」
「………やっぱりそんな簡単に…。へ?何て?」
「だから、いいよって言ったのだけれど…」
「えぇぇ……」
一世一代のプロポーズはことの他あっさりと受け入れられた。少しだけ頬を赤らめている鎌神。
でも何故そんな簡単に受け入れてくれるのだろうか。
「なんていうか、こう…もう少し厳しい答えが返ってくるかと思っていたのに…」
「最初は、ね。レンにはあの日以来どう接すればいいかわからなかったの。でも、何年か過ごして、『いいかな』って思ったの」
「そうですか…」
「レンが暴走した時に、すごく心配したのよ?あのときの私は師匠としての自覚が足りなくて、あなたを止める方法も思いつかなかった。だから、こうして繋がりを作っておきたかったの。少しでも私のことを思い出してくれるように…。そして、あなたがまた暴走しないように」
「師匠…」
レンの知らないうちに鎌神を心配させていた。なんとまぁ情けない。が、そんな情けない弟子の愛情を受け入れてくれた。
「レンがもし魔王を倒したら、結婚でもなんでもしてあげる。だから…、だからもう、私を心配させないで…」
涙を流しながら師匠として最後のお願いをする鎌神。
「…わかりました。もう二度と、あなたを心配させないような、最強の鎌使いになります。だから、泣かないでください」
レンは最後に鎌神を師匠として扱わず、自分が愛している女性として扱った。そして、レンは鎌神への愛を、最強の鎌使いになる誓いとして表した。
名前を持たず、ただ鎌神と呼ばれ続けた彼女にとって、それは何よりも幸せなことだった。
「……私の弟子は女の子を誑かす天才のようね」
「…失礼なこと、言わないでください。折角、カッコいいこと言ったのに締まらないじゃないですか」
折角のプロポーズは拍子抜けだったし、鎌神からは女の子を誑かす天才だと言われてしまう。
「…私達、しばらく会えないから、何か他にも繋がりを作っておきたいわ。私に名前をくれない?折角なら可愛い名前がいいわね」
「名前、ですか…」
いきなり名前をつけてくれと言われても…。名前、名前、名前……。一番好きな英語から取ろうか…。
「ディア」
「ディア?」
「地球の英語にdearって言葉があるんですよ。意味は、『親愛なるあなたへ』って表すんですけど、いつかまたきっと出会えるあなたへって言葉のように思って。ディアーだと語感が悪かったので、ディアと語感が良くなるようにしました」
「そうか…。うん、うん…!ありがとう、レン!」
師匠、
「そろそろ転生するよ?」
ずっと待ってくれていた創造神。魔術の準備も整ったようだ。
「待っててくれてありがとう、創造神。あなたに初めて感謝しているわ」
「なんか、時間を取ってしまってすみません…」
「気にしないでいいとも。ああ、あとレン」
「は、はい!」
「魔王は一人倒すだけでいいよ。魔王は複数人いるからね。必ずしも全員倒せ、というわけではないよ。倒したぶんだけ願いを叶えてあげよう。頑張ってくれたまえ」
「え、なにそれ聞いてな」
その言葉が終わった瞬間、円が光り、レンを包んでいく。
「それじゃあ、ガンバ!」
「レン!また会おうね!」
「行ってきます!」
師匠のディアにそう告げて、レンは転生した。
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