第4話

誰かに包まれたような感覚から覚醒したのは次の日の朝だった。

ソファに横になっていた私にブランケットがかけられていたことを体を起こして気づく。

私のものでもお母さんのものでもない。

でも私は自分の家にいる。

見たことないブランケットを不思議に思っているとドアの向こうから声が聞こえた。

聞き覚えのある声……お母さんのものと懐かしい声だった。

部屋に二人が入ってくると私を見るなりお母さんが近づいて心配そうに肩を支える。

「・・・お母さん……?」

「体調は大丈夫?」

「う。うん……大丈夫。それより」

お母さんにむけていた顔を隣で立っている女性に向ける。

女性は少し微笑んで目線を合わせてくれる。

「久しぶり芹那ちゃん」

やっぱり。

やっぱり雪葉のお母さんだ。

懐かしい声はよく遊んでいた時と同じだった。

それだけでも嬉しかったけど、まだ一人足りないことに気づく。

お母さんがいるなら彼女もいるはず。

「ねぇ。雪葉はどこにいるの?まだ、寝てるの?」

嬉しくなって聞いてみると二人は顔を顰めて私の方を向く。

「・・・なんでそんな……顔するの?」

二人の反応があまりにも気味が悪くて震えた声になる。

まるで雪葉はどこにもいないと言うようだった。

私は怖くなってその場を離れようとすると、ドアが開いてまた一人入ってきた。

黒い髪の綺麗な少女。

私はその子に息を奪われたかの様に苦しくその少女に魅せられた。

「・・・雪葉!」

「え?」

ソファーから離れて雪葉の後ろに隠れる。

お母さん達はまだ暗い顔をしていて何がそんなに不満なのか聞きたくなる。

「え?なに?どういうこと?」

抱きつかれた雪葉は困りきった顔をして体をおろおろしている。

このまま雪葉に縋り付くのも手だと思うから私はお母さんたちを指差す。

「雪葉!二人がなんかおかしいよ!」

「えっ?」

雪葉が二人の方を向くと二人は手を横に振って否定する。

雪葉自身もお母さんの方を信じてるみたいで抱きついた私を体から離した。

「おかしいよお姉ちゃん。私は雪葉じゃなくて、美苗」

美苗?

聞いたことない名前に頭が混乱する。

それに今…『お姉ちゃん』って……。

「何……言ってるの……?」

私の目の前にいるのは雪葉のはずなのに彼女自身が否定する。

黒の長い髪。それは私が昨日夢で見た雪葉と同じだった。

でも……顔は覚えてない。着ていた服も喋り方も。ただ黒い髪の少女が私の中での雪葉だった。

だから、きっと目の前にいる少女だって……。

「うっ……!!」

あ、頭が痛い……。

彼女を思い出そうとすると痛みが増す。

私は痛みに耐えきれなくなってその場に倒れ込む。

「お姉ちゃん!」

隣にいる誰かが私のことを床ギリギリで抱える。

そのまま床に寝かされて私の意識は遠のいっていった。



お姉ちゃんが倒れた。

ギリギリのところでキャッチしてその場に寝かす。

目の前にいたお母さんたちもすぐにそばに寄って症状を確認する。

「体が……熱い……」

熱を持ったお姉ちゃんの体は汗に濡れて苦しそうだ。

お母さんがタオルと来て汗を拭き始める。

お姉ちゃんのお母さんは車の用意をしに外へ出て行った。

今家にいるのは私とお母さんの二人。

お姉ちゃんに言われたことを思い出してみる。

『雪葉』そう呼ばれたのは確かに私だった。

でも、呼ばれる相手をお姉ちゃんは間違えていた。

「あのさ……お母さん」

「なに……美苗……」

汗を拭く手を止めずにお母さんが答えてくれる。

「・・・私…なんでお姉ちゃんたちと同じ時間を歩めなかったんだろうね」

自分が一番よく知ってる答えをお母さんに聞くのはタチの悪いことだったのかもしれない。

でも、こうしておねえちゃんが『雪葉』を探しているのならば私がその代わりになりたかった。




遠い昔。私は病院にいてお姉ちゃんに元気をもらったことがあった。

元気と言っても子供ながらに外で遊べない私を楽しませようとしてくれただけだけど。

でも、その時は私にとってかけがえのない大切な時間だった。

その時は私のことも美苗ちゃんと呼ばれていた。

でも、事件は起こった。

雪葉が死んで、私のせいだと嘆くお姉ちゃんがいた。

もちろん私は雪葉のことも大好きだったけどお姉ちゃんが自分のせいだと身を削るのがもっと辛かった。

それに続いて医師も苦しい宣告をした。

お姉ちゃんはあの時頭を打ったらしい。

そのことも自身は覚えていなくてただ覚えているのは事故の記憶だけ。

それに加えて自分が殺ってしまったというショックにお姉ちゃんの頭は雪葉を現実に戻そうとした。

故に何が起こったのか。

お姉ちゃんは私のことを忘れていた。

次の日にお見舞いに行った時に「雪葉」とさっきと同じことを言われた。

私は泣いた。

目の前にいる英雄が魔王に負けることは漫画の中ではないことだ。

必ず勝って光を灯す。

だが現実は上手くいかなくて私の英雄は地に堕ちた。

涙を流した私にお姉ちゃんは「泣かないで」と何回も言ってくれた。

でも対象が違った。

お姉ちゃんが見ているのは私じゃなくて重なった雪葉だった。

それが嫌で私は病院を出て行きそれ以降お姉ちゃんとの関わりも切った。

だが時は遡ってお母さんが昔から好きだったお姉ちゃんのお母さんと結婚することになった。

最初は驚いて反対もしたけどお姉ちゃんの頭は今私のことを覚えていなくてただ雪葉が死んでその妹が残っているという『設定』が認識されていた。

案の定私が会った時お姉ちゃんは驚いていたて私のことも忘れていた。

それでも私は会うことが嬉しかった。

例え、お姉ちゃんの心に残っているのは雪葉でも。

あの時私にかけられた『雪葉』は私を壊してでも守りたかった。

好きな人には幸せになってもらいたいことは夢物語じゃない。

ちゃんと本心で私は私を捨てる。

それが私の選択。

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写して、騙して、恋して、忘れて ユリィ・フォニー @339lily

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