Gioco-25:剛直では(あるいは、心技体ガッシュ/号砲イット/エルズィオーネ)

 十メートルはあった上空からいきなり支えを失って落ちかかった僕だったけれど、「小さな宙に浮く魚雷」と形容すると正にそのままであるところの「集中力ダイブ」を現出させ右手で握りながら、それの持つ推進力を使って自分の落下速度を和らげていく。ひらりとまではいかなかったけど、概ねドサリと投げ出された布袋のように僕は床に何とか着地は出来たわけだけど。また能力を使っちゃったよ丹田辺りに「熱み」みたいのを感じる。


 そして身体がまるで脱皮してしまいそうな感覚を、それこそ肌全面で受け取っている。それは解放感? いや、自分が剥がれてしまうかのような、そんな悪寒。能力の使い過ぎ、何かをオーバーしちゃってるわけだ……何かその虚脱感みたいなのも多次元的に感じられてきたりして、何と言うか意識もうまくピントを合わせ置けない状態だ。まずいのでは。意識をてめえから失いに行ってしまったら元も子も無い。呼吸、呼吸。そして「自分がここに在る」ということを多角的に……主観的に、俯瞰的に、色々な方向から意識して、つなぎとめておかなくちゃあ駄目だ。自分の存在も砂のように崩れてしまうよ。


 残る三人。デバッグ残弾は一発。「能力」の方は……分からないけれど数発くらい? どちらにしろどっちも放つたびにくる反動が、いつ僕の意識を断ち切ってしまうか分からない状態。うぅぅんどんなに思考の角度を変えたところで、こりゃあもうどうともならなさそうだ……いや、考えろ。考えることしか出来ないんだから、僕は。


 相手のひとり、デジヲが今やって見せた「分解」……と仮に呼ぶけど、その石壁を「砂」化せしめた能力……それはやっぱりおそらく「デバッグ」側の奴だろう。僕の周囲に灰のように積もっているそれらをさらと掌に乗せてみる。微細過ぎて、触れているという感覚が無いよ。でも確かに掌の上にはある……これは何だ。ドットか? ピクセルか? 何かは分からないけど、この世界を形作り構成する最小単位とかそんな奴なんじゃあないか?


 そこまでバラしてしまえるってわけだ。いともたやすく。それはもうデバッグの域を超えているような気がするけど。言ってみれば「無意味化」? 消滅はしないけれど無に帰してしまう、言わばデリートでは。うん、いかん予感がするぅぅ……


 壮年ひとりを無力化したっていうのに、その事項については、残る御三方共にノーリアクトだ。ただただ高い位置から落下してきた僕を相変わらず静かな目線で追ってそのままの流れで見据えている、ただそんな空気だ。


 ふと、表現しにくい、ぞわとした感触を感じて、目を切ってはいけないとは思っていたけど、首の筋肉が勝手によじれて背後を振り返ってしまう。建物の外。窓があってそこから薄い光が漏れ差していたからてっきり「外」に面していると思っていたけど、凝らした目の網膜には何も結んでは来なかった。暗闇? いや、灰色に薄い緑色を混ぜたかのような「色」? とにかく壁が消失したその先には何も無かった。


 何も。だと思う。まったくの無というものを見たことが無かったので何とも言えないけど。深海の底よりも深く、焦点を合わせたところにピントが合わないというような、不安定さがある。何だ……これは。


<その先には何も無イ。『終点』。まあここが『ゲーム』としては最終目的のひとつ『ラスボスが居城』であるわけデ、つまりそこから先に行ってしまうト、どうなるかは分からないって寸法。ブラックアウトする、『世界の涯て』的ナ>


 玉座にだらしなくもたれたままデジヲがそのミラーグラスのレンズ面を反射させながらこちらに向けてそう説明してはくれるけど、何だとうッ。


「……どこにつながってるんだろうねぇ~、試しに行ってみるってのもいいんじゃあないの~? 何か問答無用の狭間みたいなのにハマっちゃうとか、粉みじんになって死ぬとか、分からないけどねぇ」


 物騒なことを言い出したのは、向かって右方向、左の手指でそのキューティクルな金髪をくるりと巻いて見せたアザミ氏。んん? 既にその細長い右腕には何らかの能力が発現していてそしてとぐろ状に巻き付いているよ……受け取ったヤバさは、あれだ、黄緑の超絶剣「廻天之力トーチ」のそれと同じかそれ以上くらいの奴だ。アレ喰らったら簡単に吹っ飛ぶだろうよね背後にね……既に数ミリほどの背水の陣であるところの僕は、なすすべも無くね……


 視界の左奥で長椅子の背のひとつにその流麗なカーブを描く腰を預けたフチガミ氏は、腕組みをして観察体勢……? でも両腕が下からすくい上げるように白い薄布に包まれているだけの双球をふるりと揺らすものだから、僕の方が観察してしまう体勢へと落ち込まされてしまっているよ……


 落ち着け。吸っても吸っても酸素が身体に巡っていかないような感触にそろそろ意識も限界気味だけれど。三人全部はもう無理かも知れない。でもサシでやってくれるっていうのなら、やりようはあるのかも知れない。デバッグがもう残り一発。それはいちばん厄介なグラサンのために取っておきたい。じゃあ後のお二方はどうする?


 ……「能力」。やっぱりそれか。


 「三次元」に属する「能力」の諸々は、「二次元」に在る「この世界」の物象にはほぼ無敵に干渉する。「二次元」「三次元」双方に片足づつ置かれているプレイヤーたちには、何と言うか、「普通」に。そこには駆け引きとかも存在する。それはこれまでで痛いほど実感してきた。


 プレイヤーの眼には、この二次元世界が「三次元リアル」に映り、「能力」に代表される「三次元事象」が逆に薄っぺらく非現実的に映る。デジヲのようにそれをも把握して意図的に切り替えられるチートな輩もいるけれど、それは例外と思いたい。意識のフォーカスの仕方、それを誤らなければ、


 プレイヤーの虚をつくこと、それは可能なはずだ。うん、もうそう絶対と思い込んでおこう……そしてやるならば初撃の一撃。アズリィ、メッちゃん、皆々様……


「……ッ!!」


 僕に、力を。


「来るんだ、あは。規格外っていうか、大脳動いて無い? ……『破壊力はアストロ』」


 ここに来て、流石のアザミ氏の艶めく褐色の顔にも嘲りの表情が差し込む。そうだよ侮れ僕を。アナドラレティックパゥワー(意味は分からない)、全開だぁぁぁッ!! 僕は右手拳を群青色に染めつつ、その力み無い立ち姿の黒一色セーラー向けて全力で突っ込んでいく。どたどたと。脚はこれ以上ないほどにもつれグダグダだけど。


 大脳停止行動と、思ってくれたのなら幸い。背後の「無」から少しでも距離を取りたいがために距離を詰めたと思ってくれたのなら幸甚。そして至近距離攻撃であるところのこの「胆力ハード」群青ナッコォを、


 軽く躱して返すカウンターで一撃のもとに葬り去ってやろうとか思って、懐まで引き込んでくれたのなら。


「!!」


 僕の勝ちだ。


 次の瞬間、僕は左肩に引っかかっているだけの状態だった「それ」を外しつつ広げつつ、相手の眼前に広げるようにぶつけている。「背嚢」。異世界御約束アイテム、何でも何個でも入る、それを。


「……ッ!!」


 対して「能力」を放ったのだろうけど、それすら呑み込むんだろう、試したこと無かったけど。そして間近に迫るとさらに煌めきを増す綺麗な金髪ごと、驚愕の美麗な顔ごと、


 そのままばさりと、ぺらぺらの生地を被せていく。声も音も残さずに、一瞬前まで確かに在った流麗な肢体は「謎の時空」へと移動したはず。へなへなの背嚢はぺしゃりと中に何も入っていない感じで床に広がるばかりであったから。


 よし、とか思ってる暇は無く。そのままの勢いを殺さないまま、群青拳を振りかぶったまま、向かう、もうひとつの流麗肢体へ。当然来ると思われていたんだろう。既に解かれていた両腕に宿るは、「緑色の空気の渦」、すなわち竜巻?


「……ッ!!」


 それもまた幸甚。双丘の前に現れた小型サイクロンは僕の身体ごと背後へと弾き飛ばそうとしてきたけど、その手の吹っ飛ばし技をやって来るとは思っていたよ。それが多分いちばん簡単だろうから。だから。


 ほんの少しだけ、掠らせる。「掠りグレイズ」の練習の成果が今ここで開花……というほどでも無いけど、とにかく自分の身体が時計回りにぎゅると軸回転させられたと思った瞬間には、裏拳気味の拳を床面へと叩きつけている。それプラスオン、


「『重力はッ、グラビティー』、だッ!!」


 先ほどあなたが使用していた技を僕も使わせてもらうよ。馴染みの無かった「二ページ目の能力」たちは、全然使ってなかったから残弾はうなるほどある……それを使用する僕の身体が保つかだけだけど、もうここまで来たら。


 フチガミ氏の身体が思わぬ揺れと上からの圧力を受けて、一瞬、揺らぐ。あたかも双球の重さに揺らめくように前屈みに。下から見上げる僕の視線が強制的にその弾む物体に吸い付かされてしまうけれど、ここしか無い。


「『直観力』!! 『スプラッシュ』ッ!!」


 両肺が灼けついたように熱い。それでも放ち続ける、弾丸のような水滴群は上空へ少し浮き上がってから、撃ち付けるようにして降り注ぐ。さらに傾ぐ上体、さらに揺れたゆたう球体。もう……一発、身体もってくれぇぇええ……


「『斥力』ッ……!! 『ツンドラ』ぁッ!!」


 能力そのままだと多分躱されると思ったから、骨の継ぎ目が全部軋んで痛いけれど、それでも床に仰向いた姿勢を利用して、あまり長くは無い右脚を伸ばして足裏をその柔らかそうなおなか部分に押し付けた瞬間、こちらも「吹っ飛ばす」能力を発現させる。カガラ氏……技を借りるよぉッ!!


 巴投げ、そのような感じで自分の頭方向へと相手を弾き飛ばす。跳ね飛ぶ途中で逆さまになりながらも何か能力を発現させようとしたフチガミ氏だったけど、その前にその先にぽっかり展開していた「灰緑色」の空間へと吸い込まれていく。呑み込まれていく。そして。


「……ッ!!」


 こちらもまた声も残さずに消えていった。やった……けどまだだ。起き上がれよ、いちばんの奴がまだ残っている。


 長椅子のひとつの背に両手をかけてようやく身体を引っ張り上げる。彼我距離十メートルくらい。相変わらずこちらには興味ありませんよ的なくつろぎスタイルでまた端末を遠目で眺めているような姿勢でいるけど。


 最後……決着を、つけるッ!!

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