Gioco-22:凄惨では(あるいは、敢然と/完全と/懲悪/超アルコバレッロ)

 脳内で何かが膨らんだかのような、そんな感覚。頭部を蹴られすぎたからかな、と思わなくも無かったけど、意識は薄れるでも狭まるでもなく、逆に鮮明さを増していっているようで。


 自分でも認識はままなって無かった。相対するカガラ氏もそこまでは察することも出来ていないようだ。自分の首に手をやったまま、僕から視線を切らずに後ろへとにじり下がっていく。その顔には怪訝が一色あるのみ。確かにそれには同意しかないよ……


 左手を何とか動かして、「指を差した」。ただそれだけの事をしたんだと思う。視界を遮り身体全体を包んでいるこの「泡の膜」、それを破ってカガラ氏の蹴りを止めたいと、


 ただそう思っただけだ。いや、意思はあった。「意志」も?


 唐突に、視界が広がった気がした。違う、視界だけじゃあない。


 うまく説明できないけれど、「意識の視界」。見えなかったものが視える? 触れられなかったものに触ることが出来る? つまり、つまりは。


 ……感知できなかったことが感知出来て、干渉できなかったものに、干渉出来る?


「……」


 ぱんぱんに腫れあがった顔を起こす。「泡」のぬめる膜越し、細い視界の中で身構えるカガラ氏の姿がぼやけて見えるけど、僕の出方を待っているのか? でも何で……何もやって来ないんだ? 隙だらけも隙だらけだよね? うん? さっきの「指差し」が……もしかして。


 あなたの「声」を、「言葉」を奪った? 「消す」能力、それは「掌で対象に触れる」無しでは発動しないと思ってたけど。それは、僕の認識不足だった? 「感知不足」だった?


 思考が、意識が。ぎゅんぎゅらと音を立てているかのように高速で回り始めている。もう少しで、空回りするそれらが、歯車のように噛み合いそうな、そんなもどかしい感覚。


 もっと、考えるんだ。


 あまり出来のよろしくない脳細胞たちを叱咤しつつ、僕は思考を巡らす。一方向だけじゃなく、「面」で。さらには「立体的」に。そんな感じで四苦八苦していたら、「歯車」たちは、平面的に交わるだけでなく、Z軸側にも直角に交わっているように、そんなイメージが突如、僕の頭の中には湧いて来ていて。


 次の瞬間……思考のギアが、今まで働いていなかった脳の部分を軋ませながら動かし始める。何となくだけど、分かってきた気がする。その謎の部分の、端っこだけだけど、指先が掠り届いた。そんな気がした。立ち上がる。「泡」で滑らないように。気を付けた上で上体をかがめる。左手で、自分の右の爪先を「つまむ」ような感覚。


 そのまま一気にがばと身体を起こす。「何か」を引き剥がす、そんな風に意識しながら。


「……ッ!!」


 カガラ氏のその垂れて鋭かった目が、見開かれているのが、はっきりと見て取れた。驚愕、だろう。僕も自分でやりつつ驚きてんこ盛りなんだよ。でもそう、クリアになった視界の中で。


 右手首を軽く振るって、その流れで両頬を軽くさすり、「異常」の無いことを確認する。もう折れても腫れてもいない。


 「消す」のイメージが分かってきた。「消滅」させていたわけでは無かったんだ。「剥がしてどこかにうっちゃる」、そういう事だったんだ……


 滅裂に思えることを、今や「当然出来うるべきこと」との認識が出来た。ハマった。そんな感触。「デバッグモード」。そう表現してしまうと、うぅんそうなのかも知れないし、何か、そぐわない箇所もあるような……ともかく。


 逡巡は後回し。僕に与えられた「状態異常バッドステータス」……「右手首骨折」と「顔面打撲」は「剥がれた」。つまりは、無かったことになった。「消し去った」。ついでに身体を包んでいた「泡」をも。


 であれば。


「……ッ、……ッ!!」


 先ほどまでの余裕の態度が何だったのかと思わせるほどに、目の前のカガラ氏はこれ以上無いほどの逃げ腰だ。僕の動きの逐一を注視しながらも、間合いを取ろう取ろうと後ずさっている。「能力」の発動は封じた。からまぁ……もうこれ以上何かをするってわけでも無いんだけれど。


「……君らの仲間がいる『拠点』? その場所を教えて欲しい」


 最後はコミュニケーションで締めたい。そんな風に思った。喋れないだろうから、この大陸の「地図マップ」を中空に現出させてみた。これはまあ「ステータスオープン」の応用。これの該当箇所を指差しでもしてくれたら、とか思って。だけど。簡単に教えてくれるわけは無いよね……それでも歩み寄りたい。一方的でも。一歩でも。


 でも。


 こちらを見やってくるカガラ氏の表情は虚ろだった。何か……何かがおかしい。とか、間抜けにも考えてしまった。考え過ぎてしまった。


 刹那、だった……


<勝負ついたって感じデ、用済みかなァ~こいつハぁ~>


 僕が出した「ウインドウ」が、突如ぶつりといささかわざとらしくも切り替わる。さっき聞いた耳障りな声。「デジヲ」って呼ばれてた。そいつの姿が画面に映し出されていた。中空でこれまた存在感を示そうとか無駄にふよふよと浮いている。その「窓」の中、ごつい角ばったミラーサングラスがまず目を引く。真っ赤なキャップをあみだに被って、黒いマスクも付けているものだからその顔はほぼ窺えない。それより、


 何で「干渉」してきた? 何で「干渉」出来るの?


 考える。けど、思考を走らせるのも、時と場合によりけりだということを、この後、思い知らされることになる。デジヲの出現に面食らって、一瞬、行動に移るのが遅れてしまった。


「……ッ!! ……ッ!!」


 次の瞬間には、カガラ氏の、手で押さえられていたままだった喉元から、そんなにも迸るものかと一瞬見てしまうほどの、


「……!!」


 真っ赤な液体が、血液が、間欠的に噴出していたわけで。それでも。カガラ氏は驚愕の表情に引き攣りながらも、何とか自分の「能力」を駆使させようとしている感は伝わった。でも。


 他ならぬ「喉」を押さえられたんじゃあ何も出来ないよ……ッ!! 僕が……ッ!!


 慌てて間合いを詰め、右手を伸ばす。声にならない声で呻くその左鎖骨辺りを指先でつまむと、そのままシールを剥がすように左上方へと引っ張り上げる。次の瞬間、


「……ッ!!」


 赤い奔流は、止まっていた。いや、元よりそんな出血を伴う傷なんかございませんよ風情で「戻っていた」。良かった、剥がせた……


 改めてこの能力を鑑みるに、「軽くリセット」。そんな印象を受けた。あたかも「死に覚えゲー」みたいな。いや、そんな良ゲー感は無いよ。でも、ただただ不条理だけれど、それを利用するしかない僕がいる。


<おホ~、キミは初っ端から『与えられてる』んだねェ~、『公式デバッガーくん』ってェわけかイ~? そいつが我らをどうしようとォ? 消そうとゥ? あの猫ちゃんもとうとう業を煮やしたッて、そういう寸法かィ~?>


 辺りに響き渡る、語尾の跳ね上がる金属質音声が、神経に障る。でもデジヲ……躊躇なく仲間を切り捨てていくそんなテンプレ黒幕感……危険だ。「消す」とは言わないまでも、


 僕が、いまこの場でデバッグしてやるっ。


「!?」


 意気込む、けど。緑に発光する「ウインドウ」に干渉して、グラサンの情報をハッキングでもしてやろうと「意識の手」のようなものを伸ばす、けれど、それが寸でのところで弾かれてしまった。拒絶……?


<悪ィけっド、こっちは力づくで『解析』をねっちり行ってるんだわァ~、非公式に、非合法に。まァ無法全開の俺らが敢えて今さら言うことでは無いとは思ウ、けどねェ~>


 空中に浮かんでいたウインドウが水平になったと思うや、そこからずぼとデジヲの上半身が現出してくる。先ほどまでの鮮明な映像とは異なり、蛍光緑一色で描画されたかのようなその立体像は、でもわざとやってるんだろう? 必要以上の情報を漏らさないように……


 そしてそれよりも。僕だけに与えられたと思っていたデバッグ能力が、裏技チート的にもう解析が進んでいたとは。イコールこのデジヲという奴が、最もヤバい相手との認識はなった。


 であれば早急にカタを付けないと。僕という存在の情報があちらさんに行ってしまった今、対策をがっつり打たれてしまうわけで、多勢に何とかで孤立な僕ははっきり不利だ。というか致死級圧倒的劣勢に立たされることとなる。だからその前に。


「……ッ!!」


 放ったのは「判断力クイック」。くの字に折れ曲がったブーメラン状のものが数発、緑の胸像目掛けて飛んでいく。僕が撃てる最速の「武器」。ほぼほぼ見切られるのは見越した上で、敢えて「能力」での勝負の土俵に引きずり降ろそうと、僕は考えている。


 「デバッグ能力」まで使う戦いにいきなり行ってしまうと、諸々感知したばかりの僕は流暢に操ることは出来ずにまずいと思ったから。相手の手の内……それをわずかでも見極めたいという目論見もある。あった、けど……


「『瞬発力はスプリング』……とかさァ、いやいや? 『解析』終わってんだワ、この『能力』周りのことハ。真杉とか加々良はさァ、これでNPCらにドヤってたケド、いやいやお前らも俺から見たら平面を蠢き回るタコなんだワ」


 苦も無くかわされる。うまく行きそうもなぁぁい……「全部分かってるよ」感はこの七曜面々に初期装備のように配されている気がするけど、くそぅ、どうすれば。

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