Gioco-19:邂逅では(あるいは、ニーザー/いじらんといて/レジラメンテ)

「ん? んん? 『何で名前分かった』とかは不思議とは思わないかぁ、まあね。ていうことはそこそこ『能力』には精通していると。ま、じゃなきゃあ真杉をやれんかぁ。でもさっきの俺の『度徳量力チルド』をちぎったありゃあ何だぁ?」


 僕らを覆っていた薄闇は、瞬きごとに足元から薄らいでいっている。「大平原」を抜けた途端に、辺りは青く茂る木々が視界を遮ってくる。それよりも、つらつらと。それはつらつらと言葉を紡いでくるな、この御仁は。カマ掛けてきつつ、諸々察知してくるっていうのと、プラス途轍もなく察しが鋭いってのは何なんだ。真杉くんと似ている物腰だけれど。同じくその底に流れるドス黒さも透けて見えるようだよ「七曜」……そして「チルド」って言ったよね、「能力名」。残念ながら僕が知ってる奴じゃあない、「二頁目」だ。そして、


「『能力』発動させないように喉締め上げたってのによぉ……発動されたんは何でだ?」


 瞬間、吹き上がるようにしてうねる、黒い情動もその細身から立ち昇るのが確かに見えた。僕に質問しているようで、その答えは求めてないっていうような感じだ。ゆらり立ち上がった長身からは、あの例の詠唱ワードを発したら瞬で何かが弾け出てきそうな、そんな緊迫した空気の流れのようなものが漏れ出て来ている。敵意。それは隠しようも無く、隠している風でも無く。何なら自然とも言えるくらいに違和感なく蔓延していってるけど、うぅんそれって怖い。


 そして僕の「消す奴」に、初っ端から勘づかれている。先ほど思わず首を絞めてきた冷たい「鞭」のようなものを消してしまった僕だったけど、そうか、いきなり声帯を押さえられたのは、「能力詠唱」を封じるためだったんだね随分と理にかなった行動で……


 手の内を半分くらい晒してしまった、と思わなくも無かったけど、あのまま締めオトされてたらそこで一巻の終わりだった。だから結果オーライ。と思ってまずは落ち着くんだ。そして何とか相手の意識を「消す」から逸らさないと。幸いと言うか何と言うか、「ノー詠唱」で発動できるモノをもうひとつ、僕は懐に隠し持っているぞ。


 「磨断丸ムァ=ドゥァン・グァゥン」。以下、諸々を考慮し「銃」と呼称する……には昨日のうちに六発がとこ「弾」を装填している。やってみて気づいたけど「銃」、これって能力発動のタイミングを掴ませないし、何が出るか分からないってところは、相当相手にとってはやりづらいのでは。とするとこれは大正解だったのかも知れない……


「……」


 いやいや、まだ何も始まっちゃあいないじゃないか。僕の描いた理想未来絵図では、七曜の面々全員の「能力」、つまり「言葉」を奪って無力化するっていうことなんだから。だから絶対に、その肝心の「消す」を察せられたらアウトと肝に銘じろ。その上で状況を、状況を考えて動かなくちゃあダメだ。


 向こうさんの会話の端々を繋ぎ合わせて考えてみると、真杉くんは「何者かにやられた」と思われてる、でも「本人には会っても無いし、未だその居場所は不明」、と見た。なぜなら言葉を失った真杉くんを知らないようだから。だから多分そうなんだ、と思う。希望的観測盛り盛りの、実体薄い理ではあるけど。いやそこは信じ切ろう。


 でも張った罠にのこのこと素性不明の僕が引っかかった、ってことは、少なからず真杉くん絡みで怪しまれていると見て間違いは無い。よって平和的解決は不可能。「殺さず確保」とか言われてたしね。その上そうだあれ何だ? さっきお二方くらいがカメラONしたリモート通話のように、中空に浮いた「ウインドウ」でこちらを見聞きしていたよね……それも「能力」? あるいはこの世界にご都合よくある「器具」?


 とにもかくにもやりにくいという状況は確か。いまこうしている間にも、僕の情報は向こうさんへとだだ漏れていってしまっている……それ以前に名前とかはね、最初からリークしてたしね。うぅんそれは「分析力エレキ」の力によるものなのかなぁ何か違うような気がするんだよなあ……


「だんまりかい? 手の内は見せないかい? なかなかの場慣れした強者感ありありだよなぁ何者だい本当に? ……見た目で判断するわけじゃあ勿論無いが、ま、じゃあ始めようか? おっとこっちの名乗りがまだだったかぁ」


 ぬうう、目の前の長髪長身はそんな軽やかな穏やかな言葉を放ちつつもその垂れた二重はこちらをブレずに見据えてくるわけで。極めてフラットにナチュラルにシームレスに「戦闘」に入ろうとしているよ「場慣れしてる強者」はどっちだよそれにこの段階に至ったらもう僕を舐めても侮ってもくれてなさそうだよそこが唯一のアドバンテージと言えなくもないってのにぃぃぃ……思考が乾燥するように固まっていってしまう。と、


「『水の七曜』、加々良カガラ 寿史ヒサシ。推して参るなんつって」


 刹那、だった……


 長髪、加々良の長身が前にこごめられた、と視認した時にはもうその黒革に包まれた右腕は水平に薙ぐように振り切られていたわけで。来ると分かってた不意打ち、っていうのも変だけど、分かっていてもそれでも。


「……ッ!!」


 その、こちらの意識の狭間をフレーム単位で突いてくるような「斬撃」は。彼我距離三メートルくらいはあるから、とか思っていたのをはっきりの油断と断じてくるようであって。


 思わずのけぞってしまった僕のガラ開いた首元。そんな体勢になることも見越して放たれていたかのような、小さな光る粒……「飛沫」? が三発くらい断続的にそこに着弾してしまったのだけど。衝撃によるグウ、という呻きの後は、気道が狭まってしまったのか、声が出ない。それよりも呼吸をしないと。でも性急に肺から空気を出し入れしようとするものの、水に浸みたスポンジを通すみたいにままならないよ。尻餅をついてもがきながら、僕はすっかり見失ってしまった「カガラ」の姿を、気配を、何とか探ろうとするけれど。


「!!」


 間髪、間に合った。いやな予感、冷たい気配。それらを察した瞬間、反射的に身体をぐるり時計回りに捻らせて、あまり変わらないけれど「厚み」を最小限にした。それが功を奏した。次の瞬間、上空に既に放たれていたと思しき「氷の槍」みたいな細長くさらにわざとらしくぬめるように青々と光を発しながら代物が四本、僕の横向いた小太りバディをはするようにして大地に突き立っていたわけで。


 「水の」って言ってたけど、扱うのは「氷」とかもありのようだ。いや基本、能力は全種類誰でも使えるクソ仕様だから、敢えてそうしているんだろうか。キャラ付け? 縛りプレイ? 御結構なことだけど、逆にそう見せているだけかも。相手にそう思わせておけば油断は誘えるだろうし。僕は右の脇腹を尺取り虫のようにうねらせながら、取り敢えず「槍ぶすま」領域から無様に抜け出るけれど。


「なんだぁ? ほんとに防戦防戦かぁ~? 『詠唱』出来ないんならよぅ~、さっきの『ちぎる』やつみたいな『別の』放っておかないとまずいんじゃあないか~?」


 やっぱり。いつの間にか僕の頭の方へと移動していたか、そんな間延びした声が降ってきて慌てて僕はそこから遠ざからんと両手足をわたわたと必死で動かしながら飛びすさるけど。やっぱりカガラは探って来てる。僕に「消す」を出させようとしている。そのためにこっちの喉を潰しに来たわけで。『詠唱能力』を使えないようにさせておいて見極めようって肚だよ。何て冷静。何て慎重。何てこった……


 いや落ち着け。逆に好機。


「……ッ!!」


 パーカーの下、懐に収められた、と言うか肉厚な左脇に挟まれるようにしてホルスターに収まっている「銃」のことは極力意識しないように、ずりりと立ち上がった僕は「この場から後ずさって逃げよう」感を全身で演出してみる。半分は演技では無いのでそれはそれは自然に出来たけれど。


「いやそれは悪手だわ。腰は落としているけど逃げるならそこで溜めないわなぁ。消せてないというか『逃げ』の気配を強く出そう出そうとしているのが消臭できてない」


 ぬぅう、こちらの思考が全部読み取れてるとでも言うのかぁぁぁい? そこまで詳細には考えてないけどねぇぇぇ? うん、「油断も隙も無い」という言葉をするりと自然に体現してきているよううぅんどうしよう……


「……」


 押し込まれてきた僕だが、開き直って腰を落とした姿勢のまま、懐から「銃」をしゅらりと抜き出す、ことは出来ずに銃口部の照星サイトの出っ張りが引っかかったのか危うく懐で暴発しそうになるところを何とか引きずり出すと両手で保持してカガラに照準を合わせていく。これでもかの「撃つぞ」感を出しつつ。


 こうなりゃ真っ向勝負。と見せかけた搦め手で何とか一矢を、と思うけど、真杉くん並みの上手うわて感に、うんまたこれ全部読まれてんじゃないの的な不安が脳内から晴れてはくれないのだけれど。

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