Gioco-17:清音では(あるいは、天蓋/降り落つ/プゥロカンディドイノセンテ)
そして決断の時は来た。
と、そこまで格好つけることは無いのだけれど、いろいろ思うところは僕にもあるわけで、そんな風に肩肘張ってないと、あっけなく決意の背骨がぐぐぐと猫背方向へと曲がってしまうような気がしていて。気合を入れろ、僕。
この町を離れる。その決心はこの世界に、そしてこの町ボッネキィ=マを訪れた日から数えてちょうど三十日が経った、まさにの今日、固めようとしていたわけだろ。
自分に当てがわれた部屋の窓から、何度目かになる柔らかな朝日を浴びている。ここの人たちには本当に、良くしてもらった。
だいぶ馴染んでいた。だいぶ離れがたいところとなっていた。でも。
「……」
ここで僕だけが、まったりスローライフを送っているわけにもいかない気がした。僕に与えられた役割、そして能力……それを的確に行使しなければならないように思っていた。猫神様の要請だからとか、それだけじゃあ無いと感じている。僕の中にこの一か月で湧いてきていた、この、説明しづらい「熱」のようなものを、うまく言葉では表せられないのだけれど。
一か月がとこ経過しても「七曜」の面々がこの町にやって来ないことを鑑みると、真杉くん経由で情報は彼らに行っていないとみていいと思った。あの後、彼が仲間の元に戻ったかどうかは分からないけど、戻ったにしろ伝えてはいないわけで、何と言うか、真杉くんがもう敵として僕の前に現れることは無いような気がして、少し気持ちの強張りがほどけているような、そんな胸の中のむず痒い感触も感じている。
けれど。それで問題の根本解決にはならないわけで。
「七曜」だった真杉くんは、この近辺まであの黒柴くんに乗ってやって来ていた。「探索」のために。つまりは今も彼らは探している……自分たちの支配下に置ける
そう考えてしまうと、どんなに長く見積もってもここが見つかるのは時間の問題な気がした。町の場所は「フィールド」からは視認……感知できないものの、「そうである」ということは真杉くんの言動からも知られていると推測される。しらみつぶしに探られたのなら……さらにこの町の人たちも生活のために毎日外に出ているわけで、その瞬間を見とがめられたのなら一発だ。やっぱり、ここが今まで見つからずに済んでいたのは幸運、だったとしか言い切れない。それに、ここ以外にも他の町では今も七曜による「支配」が為されていると思われた。
であれば。
やっぱりこちらから出向いて「七曜」の面々と対決するほかは無いよね……元々がヒトと争うということが苦手でダメな僕であったけれど、この町を、そしてここのヒトたちを守るという大義名分を首からぶら下げていれば。
何とかやれる気がしていた。というかそうやって自分をいちいち奮い立たせないとすぐにまた背骨の間の椎間板が萎んでしまうようにぐずぐずとした姿勢になってしまうのだけれど。
信じてみよう、自分を。この世界に来てからは、破天荒な環境ながら却って逆に「自分」って奴を今までよりもずっとリアルに感じている。自分の身体、自分の意識がなぜあるのか。自分が「自分以外」に対して出来ることは何か。
幸い僕にはアドバンテージがある。「デバッグ」の能力と、「何とか力」の能力とが。それを駆使していくことで、他の「プレイヤー」たちには想定できないことも出来るんじゃないかと、思っている。
この世界が「ゲーム」……もっと言うと「クソゲー」に根ざした世界であるということも理解してきた。その事象も逆手に取って何かカマせないかとかもずっと考えてきた。
それに。
「ステータスオープン」
最早慣れ切ってしまったそのワードを僕は臆面もなく言い放つ。言い放てるようになっている。そしてそれだけじゃあ無く、
<各プレイヤー位置>
そこに新たな機能も「追加」していた。そう、出来ると思えば出来るのが「創造力」という能力の凄いところであり。クソゲーにありがちな荒涼とした無味乾燥なステータス画面に、僕は逐一「便利機能」を付け加えていったのであった……デバッグというよりかはアップデート。おかげで「創造力」の残エネルギーみたいなのは遂に「000」を示してしまい、それ以降はうんともすんとも出来なくなってしまったけれど。そこは何となく察していたから、途中から優先順位が高いと思われる機能を実装しておいたつもりだ。そのひとつがこの「
いわゆる、あの、何とかマップである。
自らの居場所と、その周辺の地形、ランドマークが表示されるようになっている。ありがちなインターフェイスだが、それだけに有用この上ない。どういった情報にアクセス出来たかは分からないけど、ここ以外の他の「町」の位置も黄色い四角で表示されている。さらには、これが最重要なのだけれど、「他のプレイヤーの所在地も」。いわゆるのGPS。衛星も無いはずなのにここまでとは……「御都合」の三文字が僕の前頭葉辺りにぷっかり浮かんでいるけれど、そんなくらいではもう僕は躊躇なんかしないんだっ。
使えるものは最大限使い倒す。それがこの世界で僕が掲げる信条なのだから……
「……」
悦に入りびたっている暇も無い。急な僕の決断は、やっぱり難色を示されたというか、責められたわけで。わざわざ危険を冒すことは無いとか、そういう労りのニュアンスばかりでそれはそれで恐縮してしまったけれど。
もちろんアズリィとメッちゃんにも怒られながら引き留められた。「能力」の怖さを身をもって体感して知っている二人だ。「いっちゃダメ」の幼い言葉は堪えた。けど。
最後は泣かれながらも、押し通した。万が一、この町に「七曜」が来そうな場合には、最大限の「力」を駆使して戻ってくるから、と約束して。それでもまあ納得なんてしてくれなくて、それ以降、顔も合わせてくれなくなったけど。
安心して暮らせるように。何も心配なく、クソみたいな「法則」に従うことなく、普通に、自然に、生活していくことが出来るように。……ちょっと。ちょっとだけ行ってくるよ。
格好はおなじみのパーカーにジーンズ。他の「装備」としては、背中に背負うというか巻き付けたようなペラペラの背嚢。の中にはでも、水と食料が二十日分、他にも色々な道具が格納されている。そう、「格納」。これもまた異世界御約束アイテムではあるけれど、それだけに能力での構築はイメージしやすくやりやすかった。すなわち、四次元につながっているかのように、物が無尽蔵に入るアイテムBOXってわけだ。プラスあの銃的な奴と。
準備は整った。
心の方はどうあがいても整いそうも無かったから、僕は殊更に何も考えないように日中を普段通りに過ごすと、夜もふけきってからさらにひと時入れて、意を決し誰にも挨拶もせずに静かにお世話になった家から忍び出るのだけれど。いい具合に月も雲に隠れている。闇に紛れて……夜逃げのような感じだけれど、まあ心境はそんなんだからいいか。とか、色々胸にせりあがってくるものを誤魔化すためのひとり変顔にて辞した、その、
刹那、だった……
「トォーベ」
背中に掛けられた声は、振り返らずとも主は分かったけど。振り返ってはいけないと思った。思い詰め過ぎて何かに引っかかったような、それでいて何かを伝えようと必死そうなその声色は、僕の視界に広がる闇を、瞬間、色濃くさせたように思えた。
「す、すぐに帰ってくるよ。すぐ、ほんとに、すぐ」
僕のそんな薄っぺらい掠れ声は、やっぱり喉に引っかかってしまう。すぐに帰って来られるかは分からなかった。帰って来ることが出来るかも、分からなかった。目の前の、町境に設えられた、十日くらい前に僕も手伝って歪みを直したはずの柵が、少しぼやけて傾いて見える。
「アゥメトレスァ」
随分長い間、そうして固まっていたかに思えたけど、実際はそうでも無かったのかも知れない。気の利いた言葉のひとつも吐けない僕のまた丸まりそうな背中に掛けられたのは、そんな色々なものが含まれたかのような、それでも精一杯の明るさが込められた、短い言葉だったのだけれど。
「
頭の中がぐわぐわになりそうだった。ありがとうはこっちの言葉だよ……感謝の気持ちはいくら示しても伝えきれないし、言葉もまだあんまりままならないから、どんだけ伝えられるか分からないけど。
それでも伝えなきゃいけないと思った。思い切って振り返りつつ、歪んでおへちゃになっているだろう顔を何とか笑顔に見えるように仕立てあげると、僕は出来る限りの感謝の言葉を連ねようと震える口を開く。でも、
刹那、だった……
「……!!」
間抜けに開いた唇は何かに塞がれ、僕の言葉はオウフの残響と共に夜の闇に散っていくのであり。
スズランのような香りが強まり、そして遠ざかる。と共に、暗闇の中に悪戯っぽい表情の、何か大人っぽく感じた少女の笑顔の残像は、僕の網膜を通して大脳の最重要フォルダに焼きつけられていったわけで。
いってらっしゃい、という快活さを取り戻したかのような鈴の音のような声に背中を押され、
「
何とか声を振り絞り、初期型ASIMOのようなたどたどしい足さばきだったけれどもこのボッネキィ=マの町にしばしの別れを告げる僕。身体の芯にはほのかにでも力強い光熱が宿った。
うおおおお、絶対に帰ってくるぞ。そして「デバッグ」、絶対にやり遂げてみせるぅぅぅぅッ!!
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