Gioco-15:気概では(あるいは、究明/十全/テイクケアロブどうでもいいワーカー)

 とは言え、その日から僕が始めたことと言ったら、まあ言うて「日常」であったわけなのだけれど。


 「ボッネキィ=マ」という名のこの町は、カウボーイ然とした男の人たちの恰好を見た時から予測はついていたけど、西部開拓時代を模した雰囲気に彩られていた。ところどころあの猫神様の趣向かは分からないが、多分に間違った、あるいは多分にカリカチュアライズされた箇所は見受けられたけど。


 そして町の「領域」を一歩出るとそこは魑魅モンスターたちが跳梁跋扈する物騒なオープンワールドであるわけで。モンスターを狩ることを生業としているガンマン、ガンスリンガー達もいるけど、逆に狩られることも多いそうで、比較的温厚な牛のような奴と馬のような奴は何とか家畜化できているが、近場の町に出向くにもひと苦労だそうだ。


 「だそうだ」と伝聞口調で言ったけれど、僕がこの三週間(『週』の概念は何日かまだ分からないから正確には二十一日)でいちばん必死こいてやったことは「言葉」の習得だ。おさげの少女メットォンナプロァッカちゃん――呼びにくかったので「メッちゃん」て呼んでみたら気に入ったらしく、「メッチャン、メッチャン」と嬉しそうに跳ね回ってみせてくれたこともあってそう呼ぶようにしている――七歳のコと一緒に目につくあらゆるモノを指さしつつその名前を教えてもらって町中を歩き回っていた。


 まずは単語、と思った。それをしっかり把握して記憶しておけば、何となく言葉は伝わると、それに賭けた。結果としてそれは正解だったみたいで、周りの人も無我夢中で単語を連呼する僕を察してくれて、若干大袈裟に単語を区切って丁寧に話しかけてくれることもあって、何とか意思の疎通というものが出来つつあるのがここ最近。


 人手は慢性的に不足しているみたいで、僕もただタダ飯を喰らっているわけにはいかないと思って積極的にいろいろな仕事を手伝った。水汲みとか、柵の補修とか、「火熾こし」とか。


 そう、真杉くんが操っていた数々の「炎」の能力は、僕も扱うことが出来るようになっていた。青白火球こと「威力はグレネード」、臙脂溜め弾こと「気力はヒート」、そして黄緑剣こと「廻天之力はトーチ」。その、「何々は何々」というワードを発声すれば発生するという、何ともなゲーム仕様ではあったものの、実際にこの世界にあるものにも干渉することは出来て、燃焼させることが出来た。


 いかにも「能力」的なエフェクトの「炎」から、いわゆる見慣れた揺らめく「炎」に変化する瞬間は見ていれば分かるのだけれど、その辺りの「境」というものが何であるのかということまでは分からなかった。でも便利なので使わせてもらっている。


 文明のレベルは実際僕がイメージしてるのとは少し異なっていて、色々まちまちだ。西部開拓時代を十九世紀後半くらいとざっくりくくると、ライフル銃、リボルバー式の拳銃なんかはあっておかしくは勿論ないけど、他に得体の知れない「光」を発する器具があったりもする。電気かなと思ったけど、淡くぼんやり輝く光源は、どうも動力を必要としていないように見えた。そしてどこから引っ張ってきているのかどの家屋にも水の出は良くないけれどシャワーは完備されている。何故だろう。いや、そこは触れなくていいところだと思う。猫神様のしょうもないこだわりとかだろう、どうせ。


 そんな感じで緩くもあり、懸念している「七曜」案件に内心びくつきながらも緊張したりしながら日々を送っていた僕だけれど、


「……トォーベは、なにの、練習を、しているの?」


 日が出ているうちに今日の作業……町の隅に設置された僕の身長以上ある馬鹿でかい「燻製器」にて遠出の狩りに出る人たちのための三日分の食料を作製するという、だいぶ慣れてこなれてきたその仕事を終えた僕は、その燻製器の前で「能力」の練習というか、確認作業みたいなことを厳かに行っていたのだけれど。


 声を掛けてきたのは、「お姉さん少女」こと、タォリメッアズリィモュナちゃん。これまた聞き取るのも繰り返すのも困難な名前だったわけで、「……アズリィ?」と何とか耳に入ったところだけを発音してみたら、これまた何故か気に入ってくれたみたいで、「うんィエラ。アズリィ」、と笑って頷いてくれたので以後そう呼ぶようにしている。その、


 夕焼けのオレンジ色の光をバックに赤毛のおさげを揺らしながら僕に向けられているのは優しげな微笑であって……この三週間で沢山話して、妹のメッちゃんではちょっと難しかった、色々な事象とか動作とか感情とか。その辺りの言葉を教わったわけで。書き文字も随分習った。


 たどたどしいけれど何とかコミュニケーションも取れるようになった。そうなってみてやっぱり、この世界に住む人たちも僕らと変わらない人間であるということ、それが実感された。


 よって、身勝手な「プレイヤー」たちに好き勝手やらせるわけにはいかない、と、僕にしては珍しいほどの正義感のようなものが、少しは筋肉もついてきたこの身体の奥の、底あたりをここ最近では流れるようになって来ていた。そのために出来ることを、ずっと考えてきてもいた。


 「デバッグ」、行き着く思考の先はそこだ……それだ。真杉くんを「無力化」させることが出来たように、悪質な「七曜」始めとするプレイヤーを「普通」の人へと変えていく。図らずもあの猫神様の意向に沿ってしまう居心地の悪さを尻穴付近で感じてきてしまうけれど、大切なのは僕の意思だ。


 意志だ。


 この町の人たちを理不尽な暴力から護る。「世界を救う」というようなスケールからは大分縮小化しちゃうかもだけど、それで全然いい。やるんだ。自分の意志で。


 と、いつになく意気込む僕だったけど、「消す力」だけでは心許ないことこの上無いわけで。なんせ自らが喰らわないと発動できない仕様だ。真杉くんの時は何とか凌げたけれど、いつか破綻する未来が網膜にあぶり出しのように現れ始めて来とることもある……真杉くんから他の七曜たちにその情報は行ってる可能性もあるわけで、「一撃炭化」……そのような高威力のものを出会いがしらに、あるいは察知されない間合いからスナイプでもされようものなら対処はまあ困難だ。だから僕も出来うる限りの「能力」を身に着けて……「発動可能」な状態にして様々な状況に対処できるようにしておかなければと切に考えている。


 「能力」の発動は、「発語」。音声で該当ワードを一字一句間違えずに唱えれば、脳内で「ピピッ」みたいないかにもな効果音が鳴った後、放たれる、あるいは「臙脂」のように「溜め」が始まる。つまりは準備完了となるわけで。はっきりと言い放たなくても、唇をほぼ動かさない腹話術的な発語でも、同等の効果が得られることは分かった。相手のふいを突いて……みたいなことも出来るかも知れない。「剣」を振りかぶりつつ「突進」をかましたり……うぅん実際真杉くんにやられてた気もしないでもないけど。


 「能力」発動のキーワードを知らなければダメ、逆に言うと知っていればプレイヤーなら誰でも可、ということになる……ザルだ。もしくは「低レベルやり込みプレイ」のような、そのような自由度を狙っての仕様かも知れないけれど、どちらにしろありがたいと、言えなくもない。


 そしてさらに、


 「気力はヒート」「威力はグレネード」とか。少し珍妙な詠唱に、記憶が刺激されたのであって。先の戦いの時にも脳のシナプス周辺をむずむずとさせて来られたこともあり、改めてオープンする系のステータスウインドウを出現させてみて、確認してみてそして確信した。


 これはあれだ、昨年流行った超感動のノンフィクション大作……「来野くるの31サーティワン」のッ!! 主人公の脳内人格能力とォッ!! 寸分たがわず一致しているに違いないんだよッ!!


 それを参考にしていけば、当てはめていけばッ!! 能力の全てがクロスワードのカギが透けてそして噛み合うようにして、露わにされていくこと山の如し……ッ!!


 乾坤一擲の閃きが僕を貫き、そして目の前に開けていくは、無敵の三十一能力を纏いし、あの主人公以上に能力を使いこなして跳梁跋扈している僕の、そんな未来予想図であったわけで。


 いける……何だかいけそうな気がするッ!!

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