Gioco-14:平穏では(あるいは、風穴のかみしも/望みしは刹那でもパーチェ)

 一夜明け。


 あの後、諸々の歓待を受け、飲み慣れない、本当にどんだけの度があるのかも分からない強いお酒も嗜んだところで僕は何か粗相狼藉を働かなかっただろうか……との危惧がこめかみ辺りを後悔が這いまわるところにさらに巻き付くようにして浮かぶけれど。


 遠くに臨む、赤茶けた岩山の乾燥した岩肌に、その後ろからじりじり昇り始めている朝日が照り返して僕の目に飛び込んでくる。昼夜の概念はあると見てよかっただろうけど、昨晩あのお姉さん少女に肩を借りつつ転がり込んだ客室の簡素だけど清潔感のあるベッドのシーツに顔から擦り付け倒れていったところで意識はブラックアウトし、幕間に鳴るジングルのような、いやネタの間あいだに鳴るようなお間抜けなメロディーが一節鳴り響いたかと思ったら、もう窓から差し込む光は暖色の柔らかさを有していたわけで。


 そういう仕様とかはさ、もうおなかいっぱいなんだよなぁ……


 その部屋の板張りの窓を引き開け、そこから上半身を外に突き出していた僕は、そのまま窓枠を両手で掴んだまま伸びをする。相も変わらずの猫神マターには自然と遠い目になってしまうものの、それでも雄大かつ美麗な風景に身体ごと包まれるように少し埃っぽい風に巻かれていると、行ったことは無かったけど海外ひとり旅行とかの一幕を体験しているかのようで感慨深く爽快だよ……そしてこれもまた仕様なのか、「一晩寝たら全回復」というお約束の掟かのように僕の身体には力が漲っているよ、最近ここまでの寝起きの良さは体感したこと無かったから何というかそれもいいな……


と、


 グォーム、という我ながら常人離れした腹の音に自分でも慄く。昨日あれだけ飲み食いさせてもらってこれか。そこは「仕様」とかじゃあ無さそうだね……うぅん、複雑だよねこの世界は。どっちかに寄せてもらえると諸々快適なんじゃあなかろうかいやそういうところがズレてるのがこの「クソゲー気質」なのかしらん……とか少し真顔になりかけていたら。


「トォーベッ!! トランクァケル、ベーゾェエッ!!」


 眼下から、そんな女の子の高い声が掛かる。僕の名前を呼んだのは、あの、例のお姉さん少女だったわけで。朝だからだろうか、まだその艶やかな赤毛は昨日のように編まれてはおらず、風を孕んでその中心の小顔の周りをたなびいているけど。


 いくつくらいなんだろう……異世界ゆえに年まわりのことはよく分からないけれど十四、五歳くらいだろうか……真杉くんと相対した時のあの行動力や胆力は相当なものだったけれど、いま見下ろすその笑顔は幼さを宿しているように思われる……とか、思ってる場合でもない。


「は、はいはーい!! 行きますよぉぉうー!!」


 掛けられる言葉の意味はいまだよく分からないけれど、僕を階下に呼び寄せようとしていることはニュアンスで分かる。だから僕も日本語のままだけれど、「了承」の意を言葉に込めて放つ。学んだことだ。言葉は通じなくても、意思は通じさせることが出来るって。


 服装は昨日のままの甘渋コーデであったけれど、まあいいやと僕は開け放たれたままだった木製の薄い扉を横目に、下へと続く結構急な板張りの階段を両脇にある手すりをしっかり掴みながら降りていくのだった……途端に上昇気流に乗って流れてくる何かが焼ける香ばしい匂い……はぁぁ、何でも無い日常って何物にも代えがたい物だったんだねへぇ……


「トォーベッ!!」


 匂いに引き寄せられるようによろよろと、リビングっぽい部屋に踏み入った僕に体当たりのような抱擁をかまして来てくれたのは、昨日この町に初めて入った時に声を掛けてくれた「妹」少女ちゃんであったわけで。「メットォンナ」と名乗ってくれた。その満面の笑顔は、曇りなく、傷も無い。


 昨日の「炎」によるその顔の、目の周りの火傷は、あの後、僕がそれを「消し」ておいたから。出来るかどうかは分からなかったけど、やらなくちゃいけないと思ったからやった。ら出来た。傷を治したというよりは元からそのような事象はありませんでしたよ風情で。周りに集まってた人達の喜びは、言葉よりも強く伝わってきた。僕のこの「消す能力」は謎のままだけれど、それでも人の役に立てて何よりだよ……チート無双ハーレムも結構だけれど、やっぱり、ね。やっぱり僕は人とのつながりを大切にしたいと思っている。そして、だけど、


 バーで全身を焼かれてしまったマスターを助けることは出来なかった。そこは無かったことには出来なかった。その事象を消すことはどうやっても出来なかったわけで。僕がもっと早く能力を使いこなせていたらもしかしたら。至らなかったかも知れないけど……そこが一点残った後悔だった。それでも、赤黒く焦げた身体からはもう炎は出ていなかったけれど、「延焼」を恐れてか誰も触れよう近づこうとしていなかったから、僕が背負って町はずれの墓地までちょっと引きずっちゃったけどえいこらと連れていった。墓守と思われる蛍光緑という突飛な髪色の結構なお年を召されたおじいさんが驚きながら何事かを怒鳴りながら小屋から出てきたけど、何も言えずにあわあわするばかりの僕を察してくれたのか、手招きをして案内してくれた。


 大きな砂場のような砂塵巻く墓地の片隅で、簡素な棺に入れられたその人を前に、僕は自然に合掌の姿勢を取っていた。僕の背後にはいつの間にかバーにいた人たちが集まって来ていて。そこで思ったのは、悲しい時ややるせない時に人間がする表情っていうのはどこの世界でも変わらないんだという、当たり前と言えば当たり前のことだったわけで。そしてその流れでバーに戻ったらしめやかな、途中からは賑やかな宴が夜を通して続いたわけで。そして今に至るわけで。


 朝食の卓を囲んでいるのは、少女たちの両親と、多分お母さんの側のご両親と思われる。髪の色が全員赤毛だ。それも艶やかで鮮やかな。そこだけが違和感……異世界感を感じさせなくも無かったけれど、紡がれている営みはよく見知った感じのものだ。絶え間なく飛び交う会話の意味は分からなかったけれど、笑い声も絶えないから、僕もつい自然に笑顔になる。そして僕を歓待してくれている雰囲気も勿論肌で感じているわけで、小麦粉のような穀物の粉を水で練って焼いたようなパンと言えなくも無い、かなり顎を使って咀嚼をする必要のあるそれを、ありがたく胃の中へと収めていく。さて。


「……」


 ひとまず、落ち着いた、とそう思う。まったりスローライフを満喫すること、それも可能なんじゃないかくらいにまで思っている。脅威は去ったと、言えなくもないと思う。でも。


 やはり気になるのは他の「プレイヤー」たちのこと、特に「七曜」の面々の事だった。転移者が何人いるかは分からない。その全員が全員あの真杉くんのような極端な方向に突っ走っているとは思えなかったけれど、同じような考えを持つ者同士が利害関係か何かでうっすらと結びついたのが「七曜」と、思えなくはない。そしてその名の通り七人いるんだろう。「土の七曜」が欠けたとか言ってたから、無力化させたと思う真杉くんも引いたら残りは「五人」だ。


 結構な頭数だねぃ……


 そして真杉くんレベルの猛者たちが集っているのならば……まあ相手取るのは相当に困難だろう。出来れば関わり合いたくない。けど。


 僕の情報が行ってしまっている可能性は高い。そして思うに「七曜」は、搾取・支配できるような人の集まり……「町」的な物を探し狙っている可能性は高い。思えば真杉くんもそうだった。出会った時から巧妙に、この外界からは視覚的には認知できない「町」に案内するように誘導させられていた。あの黒柴くんに乗って、そういう場所を探しに空から偵察みたいなことをしてたんじゃあないだろうか。その過程で途方に暮れて座り込んでいた僕を見つけた。不自然なほど何も無い大平原の、不自然なほどの片隅にただいるばかりだった僕を。


 真杉くんは仲間の元に戻っただろうか。もしそうだったら。仲間を引き連れてここにもう一度やって来るのではないだろうか。僕を消しに。そしてその後でこの町を自分たちの思い通りにするんじゃあないだろうか。であれば。


 僕が出来ることは何だ?

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