Gioco-13:終結では(あるいは、決着の/ドローレ痛み分け/込ミエンツォ)

 うっすら焦げ臭い空気が淀むこの場にあるのは、もうほとんど戦闘の雰囲気では無かった。少なくとも僕にはそう感じられた。真杉くんと、僕の、決定的な決裂の、空虚な確認作業みたいなのがあるだけだった。


「この『斬る』を喰らってさ……『体感』して『消す』っていう暇が今度こそ本当にあるかな……? 頸動脈から一気で斬り抜くまでコンマ何秒だろう……そんな状態状況下で果たして冷静着実に『能力』って展開するってことが出来るもんなのかな……?」


 やや落ち着いた? プラス芝居がかった物言い。その内容は確かに納得も納得させられるところが大部分だけれど。そんな言わでものことをこの場で述べているってこと自体が。


 僕が言ったことが図星をズボと貫いていることに他ならないはずだ……って考えてないと僕も流されそうな流石の説得力だよ……いやいや今更コミュニケーションに囚われている場合じゃない。これはコミュニケーションじゃ断じて無い。人を出し抜くための詐術だよ。気を失った華奢な身体を後ろで固まっている人たちに預けた。そして背中で、このバーにいる人たち全員のそしてあのお姉さん少女の、無言の、それでも僕に託そうとの「意思」を感じている。肚から声を出せ。


「やってみたらいいよ……その『剣』さえ消すことが出来たなら、もう僕は後はどうなってもいいって思ってるんだから」


 願わくば、無事でありたいけど。


「手打ちにしようっていう交渉かいそれは? また面倒くさいことをやってくるもんだね……そういうのは対等の立場にないと成立しないんだよ最後に教えておいてあげるとね」


 そう言葉を流し出す間にも、その右手に軽く構えられた「黄緑剣」は照度を増してきているように見えた。んん? もしかしてハッタリじゃあないってこと? ま、まーさーかーねへぇぇ……


 まだ「消す能力」の発動を完璧に把握していない。一発喰らう……「体感」は必須と思われるけど、首かぁ……即刻、意識を断ち切られたのなら「体感」も「発動」も無かろうなのではと思わなくもない。


 が。


 もう迷うな。「消す」と決めたのなら「消す」。この世界が何であれどうであれ、もう決めたんだ。


 それにもうひとつ、分かりかけてきたことがある。それが為せるのならば。いけるはずだ。いけると……信じたい。


「……」


 僕は両腕をだらりと身体の側面に垂らすと、軽く膝を曲げたノーガードスタイルを取る。心持ち、猫背になって首を真杉くんに差し出すように。恐怖心は閾値をもう軽々突破しているのか、常態と思えるまでになってきた。「感情」振り切った境地の「平常心」……それもまた、使える「能力」のような気もした。


 いや、今は目の前の、正にの土壇場をどうにかしないとだ。僕はどうあれ絶対に、真杉くんだけは、止めて見せる。ゆらりと力み無く立つ細身の姿が、やや斜に構えた。来る……ッ。


「……『廻天之力はトーチ』。最強の……キミの言うところの『虎の子』であることは確かなんだけどね、キミは考え違いをしている」


 この言葉はハッタリか、そうじゃないか、判断しろ。感情に流されるな。平常を、保ち続けるんだ。揺さぶられるな。備えろ、その瞬間に向けて。決意込めて、それでも身体は脱力を続けたまま、相手の挙動を見据える。けど、


 刹那、だった……


「『最後の』、じゃあないってことさッ!!」


 光った。身体が。オレンジ色に。と思った瞬間には、


「……!!」


 三メートルがとこあったはずの間合いは瞬で詰められていて。無防備な僕の懐に完全に入り込んでいた真杉くんの顔が愉悦で歪む。「能力」。別の。爆発的な瞬発力を得るとか、その辺りの。振りかぶる動作も無く、ただただ次の瞬間、最短距離でその剣先は僕の首元狙い薙ぎ払われて来ていたけど。


 でも。


「『威力はグレネード』」


 僕はその時には「詠唱」を既に終えている。狙ってくる箇所は分かっていたから、首元左に既に意識は集中させておいた。後は出来て当然と考えること。そうすれば僕にだって。


「ああッ?」


 「能力」を発現させることが出来るはずだよ。例の「ステータスオープン」で羅列されたあれはパラメータの多寡じゃあなく、能力を撃ち放てる回数あるいはエネルギー的なものだったんじゃあないの? であればバラつきはあったけど「ゼロ」であった数値は無かった。てことは「全能力」を……プレイヤー誰もが全部使えるとかいうキャラ立ち住み分け一切考慮無しのクソゲー的仕様なんじゃあないのかな? 案の定、


 僕の身体の至近には既に「青白い炎の球」がひとつ現出していて。それに真杉くんの黄緑剣の切っ先が触れた瞬間、その構えた剣ごと、その全身ごと、


「……!!」


 青白い光で覆っていったわけで。動きが一瞬、ほんの一瞬だけ止まった。今しかない。


「うわあああああああッ!!」


 我ながら間抜けな雄たけびだったけど、自分の身体をちゃんと動かすきっかけにはなってくれた。飛び掛かる。両腕を突き出し、ガラ空いた相手の首元へ。夢中で掴んだそれは、思いがけず細く感じられて。でも躊躇はその場に捨て置いて。


 「消す」。君の……「言葉」を。


「……!! ……!!」


 後ろに数歩あとずさった真杉くんの全身を舐めていた「炎」も消しておいたけど。困惑、驚愕、そんな素の感情を滾らせている顔は何かを詰問しようと激しく動いて見えるけど。何も発せられては来なかった。


「……『能力』の発動には、『発声』が必要みたいだね。そこもまた何と言うかの『仕様』だけれど。それにその『剣』しか君には残されていないなんて、思っては無かった。それ以外の何らかの仕掛けはしてくるって、思ってた。だから僕も仕掛けた。真杉くん、君は他人の考えを決めつけ過ぎだよ……一律プログラムみたいな思考をしてる人なんて誰一人としていやしないんだ、どの世界にも」


 言葉を奪ってしまえば、「能力」は発動できない。アホのような話だけど、現に目の前の人が喉を押さえつつ頑張って僕に攻撃を振りかぶろうとしようとしているサマを、そしてそれが何も為しえてない結果を見させられているわけで。


 終わりの気がした。狂乱の表情で何事かを僕にぶつけようとした真杉くんはそれが叶わないことを悟ると、やる気なんかさらさらない威嚇をうっすら出しつつ僕が二、三歩近づいていっただけで後ずさり、出口まで慌ただしい足さばきにてにじり下がっていく。その後ろには今までの様子を、黒い穴の開いたような目で眺めていたフィドくんの大きな顔が覗いていて。


「……!!」


 振り返った真杉くんの目が激しく揺れ動いたように見えた。表情の無い暗い瞳と相対した瞬間、そのまた何も無い黒い空間が内部に展開しているような口を開け、ボウという感じで一声吠えられたからだろう。傍から見ててもその巨大黒柴犬が、飼い主に見限りをつけて今にもその大口で頭から齧りつきそうに見えたから。でも、


 違った。続いて発せられた低いうなり声はどうやら僕に向けて放たれているようだった。それと同時に、腰から崩れ落ちた飼い主へ少しでも近づこうとぐいぐいと入り口につかえている黒毛並みの巨体をねじ込みつつ、これまた真っ黒い巨大な舌を出してべろりと放心状態の真杉くんの顔辺りを舐めていて。


「……」


 それにいざなわれるようによろよろと立ち上がった細身の背中は、もはや僕の方を振り返ることも無く、出口から身体を引き抜いた黒犬の背中に押し上げられるようにして乗せられると、そのまま僕の四角い視界からはするりと消えていった。去り際、僕と目が合った気がした。けど、その茫然とした感じの瞳からは何の感情も読み取ることは出来なかったわけで。とにかく、


 お、終わった……


 気が付けば僕も膝から崩れ落ちていて。顔の右半分は引き攣れていて、左半分は弛緩しているというようなどうしようもない顔面をさらけ出している締まらない締めではあったものの。


「サルゥアコンタルヴィ、エメンタ!!」

「ジャフウラ、エッコ、メセィエヲラァッ!!」


 そんな僕に周囲から次々に掛けられる言葉の意味は全く分からなかったものの、その「温度」みたいなのは脊髄辺りに響いて伝わっているわけで。肩を叩かれ引っ張り立たせられ、そして僕はいろいろな笑顔と向き合うのであって。


「……リ、エベンテォォラっ」


 そして意識戻ってて良かったは良かったけど、思い切り僕の首元に抱き着いてきたお姉さん少女の今度は意思のある強い抱擁に、その沸き立つようなスズラン似の透き通る香りに、身体に感じる心地よい熱に、


「お、オウフ……」


 本当にオウフとしか言葉を発せられないダメな僕がいる。

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