Gioco-12:緊縮では(あるいは、振れ合うことでしか/近づけないベクトル持ち達)

「……」


 赤黒く視界が染まったところで。身体前面をはするような、でっかいおろし金で擦られるような痛みが来て。やっぱりこの「炎」は実際に「燃やす」ことの出来る事象であることを再確認して。


 してる場合じゃなくて。


 声を出そうと口を開けたら、食道までも鋭利なトゲトゲに刺されまくるような痛熱さが飛び込んできて。慌てて食いしばった歯はガチガチ鳴りっぱなしだったけど、頭の中では「消えろ」の三文字を無数に放ち続けて。


 何がどうやってかはやっぱり分からなかったけれど。一瞬後、だったのかも計りようも無かったけれど。


「……ッ!!」


 意識を失っているのだろうか、目を閉じたお姉さん少女の顔が、僕のそれの間近まで接近してきていて。唇と唇が触れ合ってしまいそうだったから僕は何とか顔を右に背けてこと無きを得るけど。投げ出されるようにぶつかってきたその細い身体を受け止めきれずに情けなくも結構硬かった床板に尾てい骨を二回ほど跳ねつつ打ち付けてしまい、おうぅという声が出てしまうけれど。


「……」


 荒い呼吸の中で、服とか皮膚のごくごく薄っ皮のところから煙のようなものが立ち昇っていたものの、それでも彼女と自分の身体がほぼほぼ無事であることを確認し、それは大きなため息へと変わる。途端に感じるようになった、華奢だけど何と言うかの心地よい厚みと重みと熱を持った体の感触と、ほんのり香ってくるスズランの花のような匂いとに鼻息が今度は荒くなりつつなってしまうけれど。何とか……なった良かった……


 それにしてもこの子……勇敢にもほどがあるよ。あの危険極まる真杉くんに包丁ひとつで向かっていこうとしたり、放たれた炎に自分から身を挺してとか……無謀というか何と言うか……


 いや、違うだろ。


 僕を、僕を信用して託してくれたんじゃあないか……? あの「炎」に対抗できるのが僕だけだと察し、自分が囮になることで隙を作ってくれた……? それでもダメだったから、自分が盾になることで時間を稼いでくれた……? 僕に向けられた一瞬の笑顔は、それだったんだよそうに違いないよ……


 このバーの中にいる人みんなを救うためにはそれしかないと判断して、気丈にも立ち向かってくれたんだよ、僕が、僕がふがいないばっかりに……!! と、


「……ふぅん、『接触弾』はいまいち相性悪かったかぁ……なら少し威力は落ちるけれど、キミに触れることなく至近まで近づかせての『点火弾』かなぁ……やれやれ」


 ひどく、やる気の無さそげな声は、未だ椅子の背に沿ってふんぞり返ったままの姿勢でこちらを興味無さそげに見やってくる、真杉くんから放たれてきたのだけれど。もう僕には分かるよ。そういう態度全部が虚勢だってことをね。実際の君の感情は、あの炎以上に揺らめきサカっているはずだっ。自分の能力を僕なんかにキャンセルさせられて。


 その余裕ヅラが僕にはひび割れて来ているように見えるよ。


 自分の、小太りの身体に今宿っているのは、熱だ。それは呼吸をするたびに手先足先まで勢いよく回っていき、反面、こめかみから上には冷却水のような感じで巡っているよ。


 完全な、「消し方」まではやっぱり分からなかった。けど、頭の中で強く念じれば、そうなるということだけは分かった。より詳細に。より脳内に思い描くことが出来れば。


「……もう、君の『炎』は効かない」


 冷静を取り戻そうと呼吸を深めている真杉くんに向かって、敢えてそう言う。煽っているわけじゃない。僕も必死で何とか出来ているに過ぎないから。だから、この場はもう諦めて立ち去って欲しい、それが本当の本音だった。プラス、自分に言い聞かせるように。「出来る」と思わないと、本心から、自然に思わないと、多分出来ない。消せないと思われるから。


「『自信』ってやつが急激にヒトを成長させたりとか、そういうことってあるよねえ……でもそんな時って得てして足許はすくわれやすいもんなんだよねぇ……」


 精一杯のポーカーフェイスを貼りつかせたままの僕から視線を切らずに、ゆらという感じで立ち上がったその細い身体には、また違った色の……黄緑色の炎の膜のようなものが張っているけれど。


「……」


 気怠い感じで、右腕を前に差し出す。と、その手には揺れ動く「炎」で出来た、いかにもな形の一メートルくらいの刀身の「剣」が現れて来ていた。何気ない動作、仕草。でも僕には分かった。その「黄緑剣」が真杉くん最大の「能力」であろうことを。


 能力持ち同士だから分かるんだろうか。感じる。先ほどまでの「青白球」も「紅蓮溜め弾」も、まるで前座に思えるほどの。そしてそのことが僕に伝わっているということを当然理解しているみたいな顔で真杉くんは今まででいちばん醜い微笑を浮かべて僕を見下ろしている。


 あの「剣」……僕を焼き尽くす前に「両断」しそうだよ怖ろし過ぎるよ……胸に沸いたかに思えた熱を一気に冷まされてしまいそうな、それほどまでの重い……僕の細胞ひとつひとつを上方から押さえつけてくるようなプレッシャーを感じているよまずぅい……


 でも。


 同じくらいの恐怖……とまでは行かないかもだけど、不気味さは感じているはずだ。この僕の「能力」にも。だから、その最大級の技に思えるそれも……


 ハッタリあるいは威嚇のはず。


 大きく息を吸い込む。僕の完全な読み違い、思い違いかも知れない。それでも。


「……」


 僕はもう助けられているんだ。だったら今度は。助けなくっちゃあいけないはずだっ。助けようと……しなくちゃあならないはずなんだ。ここ一番、張るんだ、自分を。それが自分の、「てめえの裁量ひとつでまっさらニューワールドを闊歩する」ってことになるはずだから。


「……いいのかい?」


 恐れとか迷いとか、そういう負の感情が乗らないように気を付けて、かと言って不必要に煽らないように注意深く。顔は無表情を保ちながら、あくまで大袈裟にならないように「分かってるよ」感を滲ませるように最大限留意しつつ言葉を放つ。こんなにも考えながらコミュニケーションを取るのは初めてだ。でも僕は君が放棄したそのやり方で貫いてみせるよ。


そうだよ……一方通行の「能力」で相手に有無も言わせないなんてやり方が罷り通る場なんて、この「異世界」にだってあるわけが無いんだっ。


「その『能力』まで失ったら、君はただのモブに埋もれてしまうんじゃあないかい?」


 僕の今のこの言葉もハッタリ八割だ。「能力を消した」僕の「能力」は……その能力自体、その存在そのものを消すものだとしたら? という、憶測に任せた不確かなものではあるけど。


 ……的を射ている可能性だってあるはずだ。


 根拠はただひとつ。「接触弾」は相性悪くて「点火弾」ならどうとか言ってた割に、それをやろうとして来ないこと。代わりに出して来た「剣」も、さくっとそれで僕を斬り捨ててしまえばいいのに、先ほどからそれをやろうとして来ないこと。うんまあ残念ながらそんな薄い理しか持ち得てないけれど。でも。


 僕より考え深くて、僕より遥かにキレる君が「やらない」っていうことがその可能性を高めているんだ。伝わるんだよ、言葉が無くたって。コミュニケーションは伝わる。お姉さん少女が目で伝えて来てくれたように。僕が下手なパントマイムのようなもので伝えたように。相手の立場に立てば。相手の意思を深く感じ取ろうとすれば。


「……もう君にはその虎の子の『剣』しか能力は残っていないんじゃあないかい? それまで失って、この世界で生きていくことは出来るのかなあ?」


 質問の体。でも僕はその言葉を受け流そうとして受け止めてしまっている真杉くんの挙動にしか着目していない。その体勢。腰を落とした構えというよりかは、腰が引けた感じだ。無意識の。それにこちらに向かってこようという気配がまず無いよ。


「『能力』は失わない。キミの素っ首を瞬で切り離してそれでおしまいさぁ……おかしな邪魔ももう入れられはしないだろう? 今度は『燃やす』じゃあなく『斬る』って言ってんだからさ……ッ!!」


 だいぶ、感情が表に出てくるようになったね。そんな風に気持ちをぶつけてくれてたなら。


 分かり合えたかも、しれなかったのに。

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