Gioco-11:決然では(あるいは、赤射/常套ルォゴコムゥン)
場はがんがんに緊張・緊迫感が増して来ていて、そこの坩堝のような底に今自分がいることに関して、勝手に顔面全部の毛穴が開け広がり瞼もめくれて白目になってしまいそうなほどの重圧を感じている。
「一撃で炭化」。そんな威力の「炎」を撃てるってことだよねへぇ……
実際に真杉くんの身体を包み始めている「臙脂の光」は、まばたきを忘れた僕の目の前で秒速一センチメートルくらいでその輪郭を押し拡げていってるよ……ピィィィィィ……といういささか間抜けな音がその細身の元から聴覚を三半規管ごと揺さぶってくるように響き出す。これはあれだ、「大技の前の溜め動作」だ。であれば、
この、今の隙に飛び掛かって「臙脂」を体感、その上で「消す」……?
「……『消す』のなら今のうちかもねえ。この『気力はヒート』っていう奴は、三段階まで溜めることが出来るけど、溜め時間がクソ長いんだよねえ……実に六十秒。設定考えたヒトは何考えてたんだろうねえ……ま、
僕の挙動は見切られている、んだろう最初から。椅子にふんぞり返って座った姿勢の割に、その体勢には隙が無い。普段運動もしていない僕の、バイト先と家とを原付で往復するだけだったこの少し腹の出始めただるだる
刹那、だった……
「エッベラグトパマッ、ジンヅルフィーモソワエッダァラッ!!」
幼さの残る声質でありながら、決然と何かを孕んだかのような強い、鋭い言葉。それは僕の右斜め後方より、放たれていたわけで。鈴を手首のスナップを利かせて鳴らした時のような、凛とした、女の子の声。僕の固まっていた思考は、脊椎は、その音でようやく少し動くようになった。
なったけれど。
振り向けた目には、包丁らしき刃物を華奢な身体の前で震えながら構えていたエプロンワンピース姿が像を結んだわけで。愛らしく思えたその小顔は今や、顔中の筋肉が鼻下あたり一点に集まったかのような凄い形相を為していたわけで。それより何より、真杉くんに向けてのその敵意、いやもっと行って「殺意」……どちらにしろその類いのものを向けていること、それがやばい気がした。ぽこ、とまたも間抜けにその赤茶色のおさげ髪の上空には、<町を出て西に少し歩くと、森に辿り着きます。その奥の泉のほとりに『満足37の洞窟』がありますよ>との、先に見たあの白黒ウインドウが展開しているけれど。
頬骨から下は笑みの表情を形作っているけれど、その上の目元は既に暗く開いた穴のような虚ろさを醸す真杉くんの顔と、お姉さん少女の顔が向かい合っている。まずい……面倒くさそうに見やる顔の周りにももう熟成されたと思しき「溜めの炎」が今や忙しない蠢きを見せている。もう「最大」まで達したと、思って間違いない。この場で撃ち放たれてしまったら、ここにいる全員が終わってしまうよ。いや……待てよ。
真杉くん自身も危険に晒されることになるよねそれだと。撃てるのか本当に? ハッタリ? いやいやそれ楽観的過ぎィ……背後、入り口。塞ぐように鎮座していたのは、黒柴ことフィドくんの真っ黒い巨体であったけれど、その場を空けようとか、ご主人を逃がそうというような素振りも見せていない。炎放った瞬間、そこから離脱するのかもとか思っていた僕だけど、そうじゃなさそうだ。
考えろ。
おっぴろげた鼻穴から酸素を、働きの鈍い大脳へと送り込んでいく。自分で、考えるんだそれしかない……「最初に触れたオブジェクトを瞬で焼尽」、って言ったよね確か。最初に触れたものだけを燃やし尽くすってこと?
「……」
そんな気がしてきた。でもまったく自信は無い。でも最初の「青白炎」は触れたマスターだけを燃やした。でも次の奴は僕の右手を貫通しておさげの子に着弾してしまった……挙動が違う。二通りあるのか? 「接触弾」と「着弾点火弾」。見たことがあるッ!!
このクソゲー世界にはそういったオマージュというか質の悪いパロディが溢れていると見た。「町」に入る時の切り替わり方、白黒の会話ウインドウ……そういったものを臆面も無く取り入れている可能性、それは高いんじゃあないか?
さらに鑑みて、今回は僕の「消す」力との速さ比べみたいなことを言っていた。であれば「接触」だ。僕との間合いのあいだに入りかけているこのお姉さん少女の姿を認めてから、ほんの少し、苛立つような眉間に皺が寄った……もっと観察しろ、もっと考えてそして、
自分で動け。
「あああああ……ッ!!」
ねちゃつく口内に僕もイラつきながらも、腹からの声を出す。僕に、意識を向けろ。もうこれ以上ここの人たちにその「炎」は撃たせない……!!
両手を前に突き出しながら、間合いを計ると見せかけて左へ、左へとじりじりと移動する。お姉さん少女をその射程角度から逸らさないと。そうだ、確実に僕に着弾させるんだ。「接触」、したその瞬間に、消す。消して……みせるっ。
「……」
真杉くんの余裕の顔つきは変わらない。今やうねり過ぎて点滅しているみたいに激しく巡っている「炎」を纏わせながらも。えらい威力なんだろうな……喰らったら本当に「瞬」なんだろうな……でも、
もう肚は決まってるんだ。君は間違っている。「能力」とかに頼ってコミュニケーションを放棄するなんて、あまつさえ人を傷つけるなんてことはいちいち法律とか道徳とかに照らし合わせなくても分かるはずだよ。
止める。その火の球を。そして真杉くん、君を。
「ふふ……考えてる考えてる。『触れて発動』と『そうじゃない場合』のどっちか? とかかな。教えてあげるよ、『接触型』さ」
!! ……どう取る? どう受け取るべきか。あくまで信じるなら、なるべく腕を伸ばし指先で接触、火が回るだろう「瞬」の間に「消す」。偽っての「点火式」であれば、触った瞬間避けつつ、「消す」。
うううん考えれば考えるほど、「接触型」の方が僕にとっては不利な気がする……であればやっぱりストレートに接触……
とか頭の中でごちゃごちゃ考えてしまっていた。それがいけなかった。
「……ッ!!」
撃つ瞬間は何らかの動作とかなんやらがあると思っていた。あるはずと思い込んでいた。僕の意識がコンマ数秒途絶えた、その瞬間を狙われた。瞬きの間に僕の身長くらいある「火球」というよりは「炎の壁」みたいなものが視野全部を臙脂色に染めていて。
伸ばしていた手を思わず引っ込めてしまっていた。反射的な反応。そして縮こまり固まってしまった。最悪の悪手。でも、
刹那、だった……
「!!」
僕と「壁」の間に手を広げながら割り込んできたのは、あの、お姉さん少女のコだったわけで。背中に炎を着弾させながらも、にこりと僕の方を向いて笑って頷いてくれて。
瞬間、臙脂の炎に包まれる身体。そこまで事態が進んで初めて僕にも何事が起きたかが大脳に伝わってくるのだけれど。
動け、この「瞬」を逃すなっ。
僕は何を叫んだかは自分でも認識できなかったけれど、手を伸ばし、突っ込んでいく。目の前の、炎の人型へと。
消えろ、消えろッ消えろァ、消え、去れぇぇえええええええええッ!!
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