Gioco-10:拙速では(あるいは、善因悪果/ルルリジデッツ)

「……何をしたんだい? 『能力』? キミはその発動の仕方とか、知らないと思ったけど」


 平静を装うとしている感。真杉くんの変わらず軽く響く言葉にはでも、今は質問疑問をさりげなくぶつけて僕から情報を引き出そうとしているような、そんな隠された必死さ、みたいなのが感じ取れた。感情の動きというか、ここに来て初めての。


「……」


 僕は無言を貫く。「話はしない」、それは情報を不必要に与えないってことでもある。残念だけど、ほんとに無念だけれど、もうはっきり「敵」だよ君は、真杉くん。仲良くなれると思ったのに。楽しくコミュニケーションが取れると思ったのに。いや、もうそこはいいよ、そんなことより君の考え方やしでかした事の方が、全然許せないよっ。


 抱き起こした、少女の顔の「青い火」は消えてはいた。いたけれど……っ、右目周りを覆うのは、黒く赤く、焼け焦げた跡。それを僕の肩越しに見たのか、背後で少女のお姉さんの引き裂くような泣き叫び声が響き、僕の熱いんだか冷たいんだか分からなくなっている大脳の辺りを震わす。


 はやく何かで冷やしてっ、と、通じない言葉は百も承知で周りで固まる大人たち向けて引き攣った唇を何とかわななかせながら怒鳴る。我に返ったかのように駆け寄ってきた女の人に腕の中でぐったりしている小さな身体を委ねると、僕はずっと浅いまま鼻先辺りでやり取りしていたような呼吸を一回、深く肺奥まで落とし込みそれから絞り出すようにして往復させる。


「……」


 震え固まる両膝に何とか力を込めて立ち上がる。振り向いた先には、それまで通りに椅子に身体を預けたままの細身があったけれど。その固められたうすら笑顔の中の瞳の鋭い光まではもう、偽れてはいないみたいだった。


 「能力」とやらが発動した結果起きた「青い炎」。それはおそらく、この創られた世界の道理なんだろう……都合よく、「転移してきたプレイヤー」だけが行使できる。


 「消せない」と言った。はたいたり水をかけたりでは全く効果は無さそうだった。その割にはこの世界に住む人たちを燃やし焦がしたりしていた。どういうことかは分からなかったけど、それがこの「ゲーム」の理なんだろう。理……「法則ルール」なんだとしたら。


 そして猫神が言っていた「法則を究明し、適切なデバッグを行う」ことが僕に課せられたタスク……いや使命であるのなら。


 こんなもの、消してやる。


「ふぅん……だいぶ後から来たキミは、いわゆる僕ら『プレイヤー』とはまた異なる部類のヒトなのかなぁ? 僕らの持っているものとは違う……『次元の違う能力』を持っている?」


 流石と言うのもなんだけど、流石の洞察力だ。真杉くんは僕の「炎を消した能力」の実態に早くも気づき始めている。


 ……肝心の僕が気づいていないのに。


「……」


 決然と見返したような顔に、なってるだろうか。実は何も分かっていないまま、ただただ直情に突き動かされるだけで相対してしまっただけと、見抜かれていないだろうか。いや考えろ。さっきは「消えろ」って心の底から念じた。だから消えてくれたんだろうか……それとも違う要因ファクターがあったりするんだろうかそれこそ「魔法の詠唱」のように……でも僕の歯はそれはリズミカルにガチガチ鳴っていたけどこれといった意味為す言葉なんて発していないよねモールス信号的な物ってことも無いよねぇぇえ……いや落ち着け。息を吸い、背筋を伸ばして声を放つ。


「……君に、もうこんなことはさせない。僕がさせない」


 ハッタリ。簡単に通じる相手とは思えないけど、「何かある」を匂わせておかないと一気に押し込まれる気がした。ここは木造の店舗内。他の人もまだ逃げ口は無くて数十人がとこの大勢とどまったままだ。こんな密閉空間で大規模な「火球」なんてカマされでもしたらコトだよコト過ぎるよ。心臓周りの血流がやけに粘度を増したかに思えて熱重アツおもい。声が震えないことだけに神経を集中させていたら、思ったより抑揚の無い、冷静と思えば冷静と思えそうな低音が出た。何とか対等の場に立てたのかな……それでも今にも彼我距離三メートルくらいしかない真杉くんの許からとんでもない「能力」が撃ち出されてこないか、恐怖で顔面がかちかちなのですが。と、


「ふぅんふうん……いや面白いよ。能力をキャンセル出来ちゃう『能力』っていった感じかなぁ……? 今まさに初めて発現したようだけどね」


 カマをかけられてる、んだろうか。いや「初めて」であることが分かっても、自在に操ることが出来るか出来ないかまでは推し量れないん、じゃ、ないだろうか……


 果敢ない願いにも似た、僕の思考は、


「改めて、じゃあ僕らの仲間に入らないかい? 何かと使えそうなその『能力』……さらに互いに協力することで強固になるのでは、とかね。ちょうど一週間くらい前に、『土の七曜』の欠員が出ちゃったところでもあるし」


 ひとことで断ち切られてしまったようで。対等なんかじゃない。見切られている気がする。僕がまだこの「消す能力」を自由には発することが出来ないってことを。そしてそれより何より何て言った? 「僕らの仲間」「土の七曜」……?


――そんなわけでその世界を乗っ取ろうと企む『七曜しちよう』とかイキレ名乗っているハッゲ共をスコカンと倒して平和を取り戻して欲しい……端的に言うとそういうことになりますニャ……


 世界を乗っ取る。まさに。「七曜」って創られたボスキャラなんかじゃあなく、「能力」を振りかざしてこの世界の人々を意のままに牛耳ろうとしている「プレイヤー」のことだったんだ……


 真杉くんには最初会った時に「七曜」の話もしてた。でもその時点では何も言及されることなくスルーされていた。つまりは、最初から僕は値踏みされていたことになる。僕は、僕は真杉くんのことを頼れる人……仲間……友だち、と、


 思っていたのに。


「……もうキミも割り切るのがいいよ。何度も言ってることだけど、僕らは所詮他所者よそもの。ここの世界のしきたりとか何やらには馴染めないのさ。であればこの世界を、クソの『ゲーム』を支配する。それが、最適解。僕らにとってのアドバンテージはまあ不条理ではあるけれどそこらへんに転がっているわけだしね」


 割り切れる、わけ無い。僕は精一杯の鋭い目つきで睨みつける。それを見て真杉くんは鼻から息をついて軽く顎にその細い指先を当ててため息のようなものをついた。それが合図かのように、


 真杉くんの身体の表面を、臙脂色の、理科でやった炎色反応でも見たことの無いほどの鈍く暗い「赤」の光がうっすらと覆い始めている……来る。「能力」が。さっきまでの「青」とは違う、何か……おそらくは違う「炎」が。まずい。


「……ッ!!」


 分からないままだったけれど、両腕を身体の前に突き出す。放たれてくるだろうそれを、受け止めるような恰好で。でも、


「交渉決裂、まあいいよ。手に入らないのならばこちらから『消す』までだしね。うん……キミの『消す能力』。それは制限があると見た。自分自身で体験・体感しないことには、『消す』ことは出来ないんじゃないかなあ……? さっきもそう。自分の右手に僕の『威力グレネード』を喰らった。だからその後に消すことが出来た……? であれば……」


 つらつらと詳細な解析。何だか僕もそんな気にさせられてきた。いやいや、そんな呑まれてる場合じゃないよって。それよりも、


「一撃で炭化するほどの『炎』で焼き尽くせばいいんじゃあないかな? 『体感』……する暇もないように」


 僕を消す気満々だ。どうすれば。

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