Gioco-09:覚醒では(あるいは、収滅の刻/似非グイレイルデバァグ)
凍り付いたままで澱んだ、的な空気に全身の肌を擦られているような感覚……
「さっきも言ったけど……所詮これは『ゲーム』だと、そしてそう割り切るのが吉だよってことはまず言いたい」
持って来させた料理に一瞥をくれながらも、椅子にもたれ掛かったまま真杉くんはそれに手を付けることも無く、まあ食べなよ、味は少し癖があるかもだろうけど想定の範囲内だとは思うから、と僕にその肉の塊を煮込んだような、それにしては色は毒々しい紫色をしたスープがよそわれた皿を勧めてくるけど。見た目もそうだけど、目の前で今ひと一人が燃やされてしまったわけで食欲は当然無かったものの逆らってはダメだという脊髄からの命令を受け、何とかフォークをままならない手に何とか握り締めてそれに手を付ける。
「ゲーム」。ここに来てからは何回も思わされたことだけれど、そんな風にばっさりと割り切っていいものなのか、僕には分からないよ……確かにここに住む人たちには意思が、意識があった。僕らと同じ人間だと思ったんだよ……だから、何で。なんでそのワケ分からない「能力」みたいなので問答無用なことをしちゃったんだよ……
ぐわぐわに意識も思考も揺さぶられてるからか、味はほとんど感じなかった。良かったのかどうかは分からないまま、僕は隣に座る真杉くんの変わりようをまだ受け止められないまま咀嚼を続けるばかりで。
「僕もこの世界に来たばかりの頃は戸惑ったよ。もっとユーザーライクに出来ているもんとか、そう思うじゃない? そういう御都合な展開は最早テンプレを通り越した様式美でもあると思っていたし。そこに来てこの『クソゲー』感。あまりに意味不明で不条理な世界でさ、僕はまた孤独に突き落とされた気分で意識がもうぐどぐどになりそうだったんだ……」
僕に話しかけているのだろうか。こちらを向いている涼やかな瞳は、でも僕を通り越して遥か彼方を見ているかのような遠さだった。周りはまだ混乱とそれを抑え込もうと必死になっているような人の感情でこの店舗の中の重力を増しているかのようだよ……やっぱりそこには人の意思があるようにしか思えなくて。それを簡単に疎通できないからって、それを放棄してしまうっていうのは間違っている気がするよ……
「……だから僕はいちかばちかで『ゲームライク』なことに徹することにしたんだ。ま、自暴自棄とも言うかもだけれどね。『町』を一歩出れば、正にそこは魍魎はびこるオープンフィールド。それらしい武器も何も持たない僕は、当然のように襲い掛かってくる『モンスター』たちに対し何も抗うすべは持たなかったんだ。でもね……」
何がおかしいのか、眉間に皺を寄せた真杉くんの笑い顔は、出会ってから今まで見せたことの無い、何らかの感情が乗った表情に見えた。同時に薄ら寒さをもよおさせるほどの、空虚さも持っているように思えた。思わず収まっていた肛門がまたヒクつきだすよ……
「……集団で襲いかかってきた巨大なトカゲみたいな正にの『モンスター』にさ、鋭い牙で蹂躙されつつ咀嚼されながらね、ああ死ぬんだな、って思いながらせめて最期はこの、丁寧に塗られた書割みたいに綺麗な青空でも見上げながら死ぬかな、とか思って空を仰いだらさ、自分の中で『数字』が浮かんできたんだ、【威力:255】っていうたったそれだけの文字と数字の並びがね」
話が、飛躍し過ぎている気がして、よく分からないよ。「よく分からない」だけがずっと続いてるんだよ、僕の中では……どうしよう。逃げてしまおうか。いやどうやって。彼の機嫌を損ねたら、それだけであの「火球」だよ。それにしてもあの猫神ぃぃ、僕には
いや待てよ。彼女がそういったのに辟易としていたのは確か。であれば僕にそのチーター達を『修正』しろという、そういった使命を与えたんだろうか。「しばらく転生者は無かったのに」みたいに真杉くんは言ってた。僕はイレギュラーな存在なのでは。そして、
デバッグするべき対象は、もしかしたらこの真杉くんなのでは……
震えが脊椎を駆け上がり、今や鳩尾辺りを前後左右に激しくそしてリズミカルにシェイクしているかのようだよいやそんなん無理だってば僕にはそれこそ何も与えられていないわけだしさぁ……
いや、いや待てよ……
「能力」が与えられてないって決めつけるのは、早いのでは。猫神様はあからさまな能力云々は毛嫌いしていたようだけど、その存在は否定していなかったんじゃあないか……?
転移してすぐ行った「ステータスオープン」。膨大な数字の羅列を目の当たりにしてうんざりしてしまった僕だったけれど、ひょっとして。それらはパラメータを示すものじゃあなくて、全部が「能力」だったと、言えなくはないんじゃあないか……?
「『威力』。頭の中に浮かんだ文字をただ、ぐちゃぐちゃになっていく意識の中で何となく読んでみた、呟いたんだ。そしたらそれだけで」
真杉くんは笑みを浮かべたまま、椅子の背に引っ掛けていた右腕を無造作に自分の前に伸ばし差し出して見せたのだけれど。
それが。その動作が。
ひどく嫌な予感を僕に刺し込んで来ていて。その手の先に、幼い顔を強張らせながら立ちすくんでいたのは、僕がいちばん最初にこの町に着いた時に話しかけてくれた、赤毛のおさげの女の子、だったわけで。最悪の光景が網膜からの情報を先んじて脳内に描かせてきてしまう。ダメだ。真杉くんはただ能力の説明をするためだけに、
女の子に「火」を、放とうとしている。頭蓋骨の内側を思い切り金だわしでこすられているような痛熱さ。スローモーションのように揺らめきながらそれでも最悪の結末に向けて転がり出していってしまう目の前の視界全部。毛穴全部を冷たい金属の糸でひとつひとつ吊られているような寒さ。
気が付いた時には身体が動いていた。椅子から身を少し起こした中途半端な中腰だったけれど。伸ばした。伸びる限りに、自分の右腕を。差し出す。遮るために。
自分でも正気じゃあないと、脳の片隅では警鐘は打ち鳴らされていた。それでも。
遮らなくちゃあいけないと思った。放たれようとしているものを。あっちゃいけない未来へと収束していきそうな事象を。はたして。
「『威力』は『グレネード』」
歌うかのように、真杉くんが呟いた声が、確かに聞こえた。それは床板の下辺りから暗く響いてくるような、そのような重さがあったけれど。これはあれだ。「詠唱」だ。呪文とか魔法とか、いわゆる「能力」の発揮に伴う、掛け声的なものだ。であれば、
「……は
当然、出てくる。撃ち出されてくる。バスケットボール大の、あの青い「火球」が。それは分かっていた。そういうことを平気でやるんだと、もう分かってしまっていたんだ。哀しいけど。真杉くん……
「あ、熱つぁぁあああああああああああッ!!」
熱い時に人は「熱い」という事実を、手の皮にごっすりと質量のありそうな「熱」を擦り付けられながら、僕は脊髄に刷り込まされている。でも炎は僕の手首を一瞬で舐めるように包み込んだかと思ったら、そのまま、
「……ッ!!」
あっけなく通過してしまっていったわけで。え? 悲鳴、そして、え?
振り向いた先には、行き着いて欲しくなかった光景が展開していたわけで。「火球」は、そこに着弾することは最初から決まっていた、みたいに正確に、女の子の顔の右半分にぶつかり、そこから火柱のようなものを天井向けて高々と、
……吹き上がらせていたわけで。
思わず見やった真杉くんの顔には、やはり笑みが。僕がどうにかして防ごうとかしていた考えすらも読み切っていたかのような、自分の思い描いた通りに事が運んだことを、ほんの少しだけ満足したかのような、そんな表情に、僕には見えた。
「うわあああああぁぁぁぁぁあぁぁあああああッ!!」
声が、出ていた。自分の右手もまだ燃えて熱さと痛みをズキズキと与えてきていたけれど、それよりも。
「とめ、止めてよ真杉くんッ!! 何でだよッ!! とめっ」
その右手でまだ平然と座っているその黒革つなぎの襟元を掴みながら懇願している僕を、別の視点から見ているような僕がいる。でも、
「……放たれてしまった『能力』は引っ込められない。『事象』をまっとうするまではね。そういうもんだろう? 『能力』ってのは」
僕の右手から揺らめく青い「炎」に自分の左頬を炙られているくらいの近距離なのに、その涼しげな顔は相変わらずだ。言ってることが理解できないのも相変わらずになっちゃったよくそぉぉぉぉおおお……!!
消さなきゃ。
「……!!」
消さなきゃ炎を。こんなことしてる場合じゃない。
椅子を股に挟んでしまい、前のめりに倒れてしまうけれど、それでも両手を掻きむしるようにして前へ進もうと、進もうとする。あの子のもとへ。
「……」
仰向けに倒れた小さい身体はどこも動いていない。なんで。顔の右半分を青い揺らめく炎で照らされながら。なんでこんな目に遭わなくちゃあならないんだっ。
消えろ、消えろ。パニックに陥っている人たちを、そしてこの子のお姉さんだろうか、前にも会って何か言われた少し年上の女の子……泣き叫んでいるその子も押しのけ、仰臥したままの女の子に被さる。
「あはは。消えないってば遠部くん。キミも日本語が通じなくなっちゃったのかな? そして話をしようとも言ったはずだよ? 座りなよ。今ならその火の点いた右手首から先を切断してあげるからさあ……あまり僕を待たせないで?」
はっきりと分かった。真杉くんは、
「……」
イカれてるよ。ゆっくりと上体を起こし、その。さっきまでは好意的に映っていた笑顔と向き合う。よく見てみたら、それはただ顔の筋肉が収縮しているだけ、みたいな、何の感情も乗っていない表層だけのものと分かったから。
だから。
顔を合わせたら、初めてその薄ら笑顔が引き攣った。女の子の顔の、僕の右手の、
「炎」が消えていたから。消火したと言うよりは、消滅したという感じで。そして、
「僕は君ともう、話はしない」
自然に声が出ていた。自分でも不思議なくらい落ち着いた、震えなんて微塵もない、抑揚もまったく無いそんな、
声だったけれど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます