Gioco-08:残酷では(あるいは、ブルーJET/ストライプフレア)

 場は混乱を極めていたわけで。突如として。


「……ッ!! ……ッ!!」


 怒号怒声悲鳴阿鼻叫喚。落ち着いた内装のサルーン内は、男の人たちの低い声が床から、女の人たちの高い声が天井から、それぞれ突き破るように湧き上がり渦巻いてそれらが急速に撹拌されているかのような音の奔流に包まれているわけで。蹴倒された椅子が倒れるくぐもった音、食器が割れ砕ける甲高い破砕音。


 その中心に事態を招いた張本人、真杉くんの力み無く立ち尽くす姿があったのだけれど、あまりに自然体過ぎてまるで周囲のことはVRでの話ですよみたいな存在感の無さを僕は感じているよでも肌に感じるのは紛れもない「実態感」だよどうなっちゃってるんだよ……今の一分くらいのことが焦げ臭と共にフラッシュバックしてくる。


 ……


 酒棚が焼け焦げ破損した様を見て、バーカウンターの中で驚愕と逡巡を見せたのは一瞬だった。マスターらしき男性はすぐさまかがみ込むと、向かって右手側、少し真杉くんと間合いを取った場所から再び姿を現したかと思ったら、その両手は既に銃身の長い猟銃ライフルだろうか、それが既に構えられそして片目を瞑ったマスターの目はまっすぐに標的を威嚇目的では無く捉えていたように見えたわけで。


 あぶないッという僕の何にもならない注意喚起の言葉がかさついた声帯を震わせる前に、ゆらと肩口をただ揺らしたかのように見えた真杉くんの目の前すぐには青白い……言葉にすると本当に陳腐なんだけれど「火の玉」「火球」が浮いていて。そのバスケットボール大のものがすっというそれは静かな感じで驚愕の目を見開くマスターの保持した銃身の先に触れるや否や、


「……!!」


 爆発的に、正に爆発的にとしか言い表しようのないくらいに瞬時に、マスターの身体全体を覆い隠すようにして燃え広がっていて。青白く揺らめく炎に包まれたシルエットは銃を両手に掴んだまま、何と描写していいか分からない、激しい踊りを踊るように腕と脚を振り回しながら、カウンターを乗り越えるとこちらに向けてどさと倒れ込んできた。


 動けなかった。どころか呼吸をするその仕方も何かうまくいかなくなって四回くらい連続でキナ臭い空気を肺の中に送り込んだ時点で、吐き出す息と共にボワーッというような変な叫び声が勝手に喉を震わせていた。


 周囲の人たちは燃えたまま床を転がるマスターを着ていた上着ではたいたり、グラスに注がれていたビールとかの飲み物を掛けてそれを消そうとしているけど、火の勢いは全然収まらない。まるで今、他人事のように凪いだ目でその様子を見つめている真杉くんのように、淡々と、人型の周囲を増しもせず減りもせずに舐めるようにただ覆い続けている。


 何が。何で。


 フラッシュバックが終わって空白になった頭で、口から出ていたのはそんなままならない言葉の断片で。すがるように見た先にはやはり凪いだままの涼しげな表情があるばかりで。


「遠部くん。これがこの世界でのコミュニケーションの取り方だよ。言葉も意思も、どうせ疎通することなんか出来やしないんだ、このクソの世界ではね。そう、こちらがどんなに下手に出ようが、友好的に交渉事を進めようとしても無断なんだ、無駄だったんだ。だったらもう、こういった分かりやすい方法を取るしかないよね。そしてそれがこの世界のルールであるなら、それに則る、乗っかる。それが正しいって、まあ正しいって決めてしまおうって、そういうわけさ」


 何を。何を言ってるの真杉くん。


 床に突っ伏したまま動かなくなったマスターの全身を包む青い炎はゆっくりと、でもその勢いは緩めないまま蠢いている。何も出来ないことを悟ったのか、周りの人たちの驚愕や慟哭、そして恐怖がぐちゃぐちゃに噴き出してこのサルーンの中の空気をかき乱している。口を半開きにしたままそれでも顔を上げてもう一度真杉くんに何かを言おうとした僕だったけれど、本人はさっきからずっと緩やかな微笑のままで、今は周囲を取り囲む男の人たちの拳銃の銃口を前にして佇んでいる。そして、


「……水と、料理だよ。それを出せばいいんだ。そのちんけな銃弾とかでは僕は倒せないんだよ、うぅんもうこの辺のくだらないやり取りは不要だって。僕に従うほかは無いんだ。遅かれ早かれこの町も僕らの『拠点』とさせてもらうんだからね。だから早いところ僕に従えるように、僕の喋っている言語、『日本語』を理解した方がいいよ?」


 周りに伝わっているのか、理解できているのかを全く意に介せずに、真杉くんはフラットな言葉を、言う通りに日本語で放っている。それでもその細身の身体の周囲には再び「青白火球」がいくつも現出していきていて。ゆらゆらと漂い始めてきていたわけで。


 銃を向けている側が青ざめ震えている。既に人の流れは出口を求めて濁流みたいな騒然さを醸しているけれど、その入り口のスイングドアを鼻先で押し開けて間口の狭さに肩が詰まったのか、のそりと首だけをねじ入れて来たのはあの黒柴犬フィドくんであったわけで。その光を全て吸収しているかのような体毛を逆立たせるわけでもなく、こちらも主人に似て極めてフラットな感じのままでその場に居座るのだけれど、誰もそこから通さないという無言の意志だけは強固に感じる……店内にいた人達の動きが止まる……いや、数メートル離れたここからでもその全身が震えているのが分かる。そして、


 硬直のままだけど自分に対して銃を下げないその人らに向かって、今にも真杉くんはその体まわりを音も無く巡る「炎球」を発射しようとしているかのようだよどどどどどうしよう……ッ!!


 刹那、だった……


「まままま真杉くんはいこれっ、こここここれ瓶に入っているけど水、なんじゃあないかなあああ……あと食べ物? う、ううううんこのさ、この人が食べている、こ、こういう料理がいいかねえ、どどこにあるんだろううう……」


 ガタガタの身体は震えを通り越して何かファンキーなビートを刻んでいるようだったけれど、精一杯の声を張り上げ、そしてわざとらしくも大袈裟にパントマイムのように示して見せる。真杉くんに、と言うよりは、周りの人に対して。伝わって……くれっ。


「……ッ!!」


 僕の必死の目配せに気づいて察してくれたのか、まず真っ白なエプロンの女性がカウンターに身を翻しつつ入ると奥のキッチンらしきところから既に盛られていたソテーみたいな皿を両手に掲げて持って来てくれた。それを機に店員さんもお客の人も問わず、店内からどんどんと飲食物を手に手に僕のいるテーブルの所に集めて来てくれる。その様子を微笑のまま見るでもなく眺めていたような真杉くんは、鼻からひとつ息を吐き出すと、それを合図にしたかのように、身体の周囲を回っていた炎も収まっていく。そして、


「へえ……まあいいや遠部くん、座りなよ。食べながら、今後の話をしよう」


 拒否権は、無さそうだった。もう今や怖ろしさしか感じなくなったその凪いだ笑顔に、顔の表面だけに貼りつかせたような笑みを相対させながら、勝手にもじもじとひくついてしまう肛門周りを押さえつけるように示された椅子に腰を擦り付け降ろすのだけれど。


 ど、どうなっちゃうんだろう僕……

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