Gioco-07:円滑では(あるいは、エッバデプレィザゲィム/ウェザユウォンテイトワノッ)
「そんな緊張することは無いよ、大丈夫だいじょうぶ」
軽やかな声はもう僕の心まで軽やかにしていくようで心地よすぎるよ……真杉くんは黒い巨大柴犬こと「フィド」くんを従えつつ、僕の示した「町の入り口」的なところに軽い足取りで向かっていく。
やっぱり、ちょっと離れたここからは何も無いように見える。うんざりするほどの草の海が広がっているだけだよ。そこに町があるのならアイコンとかそんな形で示していて欲しいけど。あくまで「ゲーム」に則ってるっていうんなら。
待てよ。
ゲームと言っても色々ある……今のところこの世界から受け取っている印象は「黎明期RPG」たるものであったけれど。それプラス聞いたことがある……ッ!!
とある革新的な作品が萌芽した後、雨後の筍というかそれ以上のプール週間後のビニールバッグに突っ込んだまんまだったサンダルに付着していたのか壁に引っ掛けてあったそれを秋口にふと見た時に隙間なく湧いていたコオロギのように一斉に駄作たちが孵化したという……
否、駄作というのもおこがましいほどの、そう、「クソゲー」たちが……ッ!!
この世界から漂ってくるのは、限りなくそんな臭いであって。そうなのか。そういうことなのか……
またも切り替わる、唐突に。「町」へと。さっき訪れた時のままだ。踏みならされたのか撞き固められたのかは分からないけれど一面赤土の、一応、雑草とか石とかは取り除かれて平らになっている道の幅は片側二車線くらいだろうか。一面赤土。それにうっすら細かい砂を撒き散らしたような質感の地面は、ちょっとした風でも砂埃が舞って、何と言うか雰囲気は満点なんだけれど非常に目に来る。
道の両側に居並ぶのは、木造の簡素な建屋群だ。五メートル四方の正方形くらいの入り口のある「面」がずらりとひしめいていて、建物同士の間隔は全くないからこれはくっついてるのかな……ずっと見渡す遠くには丸太を密に組んで木彫りの動物だろうか、飾りをあちこちに配した立派な屋根を有する豪奢な建物もあって、うん、何と言うかウエスタンな空気だ……映画のセットに迷い込んだ感はある。
「……」
そしてそこかしこで見える人々の営みは、心なしか僕らを避けがちであって。まあ言うて
「こういう『初めての町』に辿り着いたらさあ、取りあえずは道行くヒトに話しかけたり、置いてある
僕の隣でリラックスした歩様にてそう注意の言葉を掛けてきてくれる真杉くんだけれど。言ってる内容はだいぶ物騒だ。そして「クソゲー」と評したけれど、何と言うかこの世界を司る者は、それをわざと模した上でさらに罠に嵌めようとしてくる感じなのかも知れない。ピンクの大空間にて相対した猫神様の思考を読ませない掴ませない表情とか喋り口を思い出している。
……確かに、好きそうだ。
であれば「デバッグ」云々も罠の可能性が高い。いろいろ調べさせてそこに仕掛けられている地雷を逐一丁寧に踏ませてくるような魂胆なんだろう。くっ、危うく引っかかりまくるところだったよ本当に真杉くんと出会えて良かったよそれだけがこの世界におけるただ一つの僥倖だよ……
「それで、ここに住んでいるヒトたちは一応その『ゲーム』に組み込まれているは組み込まれているんだろうけど、それ以外にも自分たちの生活もあるって感じかな。あくまで私見だけれど」
左を歩く僕の目を時々振り向きながら、真杉くんは軽やかに言葉を紡ぎ出していってる。その内容とは裏腹の。ん? なんか複雑そうな印象を受けるんだけど。
「『僕ら』に話しかけられたのならこういうリアクションを返せ、っていうプログラムのような『
なるほど。流石の洞察力だ……そして「YTB」って? って聞いたらこの世界全土に共通する通貨のことだそうで。だいたい「一YTB」が日本円で「一円」に相当するらしい。もう何かそういう要らん設定はおなか一杯だよ本当の五臓六腑は空腹で汲々としているというのに……
言ってみたら「トゥルーマン・ショー」みたいな感じなのかな……とちょっと違うかもなと思いながらも何か自分も自分なりの考えを伝えたかったから言ってみた。そしたら自分の胃の辺りからゴア、というような腹の虫が鳴いた音が重なった。
「ははっ、なるほど? 自分も相手も分かった上での、って感じかな。互いの利益のためにやってるっていうのも付け加えてね。要は本当に
それよりもおなか減ってるようだし何か食べに行こうか、あの<SALOON>としか読めない文字の看板のところはおそらくバーとかだろうしね、という気遣いがとても心地よく暖かいのですが。この世界でも腹は減るんだね……まあ実体は実体だしそうなんだろう……それよりも意識したら凄い脂っこい何かが食べたくなってきたぞ、Tボーンステーキとかいいよね……でも僕からっけつなんだけど、このゲーム内での何とかっていう通貨もミリほども持ち合わせていなかったようなのだけど大丈夫かな……?
「大丈夫だって。大事なことは意思疎通さ」
広い間口のその「サルーン」と大書された看板の下をくぐると西部劇とかではおなじみの木製のスイングドアが出迎えてくれるわけで。猫様の趣味は割とこういうところは共感できる部分はあるな……
「……」
僕の通っていた高校の階段教室くらいの広さかな。板敷きの床は横幅も奥行もそこそこある。テーブル席はざっと十以上はある。雰囲気はやはり開拓時代ウエスタン。そこかしこで銅製と思しきジョッキを傾けているのは屈強な髭の男衆たち。フリンジのさがった革ジャケットにジーンズ、その下から覗くブーツ、そしてつばの広いカウボーイハット。うぅん格好いいな……でもこちらに向けられてくる視線たちは一様に鈍く鋭い、みたいな胡乱な目つきだ。やはり疎まれてる感は半端ないな大丈夫かな真杉くん……
とか、微妙な無表情と愛想笑いの中間くらいの顔つきでへこへこと黒革つなぎの後をついていくのだけれど。
<『黒い主』の情報かい? 何か頼んでおくれよ ⇒ウイスキー ビール カクテル>
カウンター奥の恰幅の良いマスター、だろうか。ぽこと浮かんできたウインドウに書かれた文字とはかけ離れた、こちらを値踏みするかのような嫌な表情をわざとそのたるんだ頬に浮かばせているように見えた。うぅん僕はこんな接され方がデフォだから余裕で受け流せられるのだけれど、真杉くんはこの手の応対には慣れていないはず……ッ、ここは僕が能力がひとつ、「卑屈エンハンサー」にて向こうの敵愾心を呆れ感情にてキャンセルするほかは無い……ッ!!
と僕がいいタメをもってしてしゃしゃり出ようとした、その、
刹那だった……
「!!」
いきなり、カウンター後ろの棚に並んでいた酒瓶が何らかの衝撃で吹き飛んでいた。
続いて感じたのは顔面の肌を煽る熱気。そして焦げ臭さ。慌てて何が起こったか分からない混乱のままよく見ると、棚は綺麗に一メートルくらいの直径の円状に黒く、くり抜かれたかのように穴が開けられていたわけで。その衝撃的な光景にあわわわという言葉未満の音声しか出せなくなった僕の隣では、
「……清浄な水と、何かお腹にたまりそうな……肉料理があったらそれを二人分お願いします」
まったく凪いだままで、涼しげな笑顔のまま日本語で言い放った真杉くんの姿があるばかりで。
ええ?
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