Gioco-06:承前では(あるいは、メイビー/クレイジー/ビーザーター♪)

「『転生者』、って僕らは自分らのことを呼んでいる。まあありがちではあるけど、それ以外に呼び表しようがないってこともあるし」


 たどたどしく自己紹介を終えた僕だけど、それを自然に受け止めてくれた。なんて器デカしヒトだよもう……


――真杉ますぎ悠也ゆうや、よろしく。


 そして穏やかながらこちらの琴線を揺さぶり震わせてくる爽やか笑み……シンプルに名乗ってくれたけれど、名前までイケメンだね……緩やかに波立つ長めのつやつやの黒髪……何て言う髪型なのかは分からないけれどふんわり空気を孕んでその下の小顔を引き立てているよ……思わず床屋で十五年来のスポーツ刈り、からの無精に伸ばしたぼさぼさの己の頭に手をやってしまうけれど。


 ぼぼ僕はこの「世界」を救えとか「七曜」とか言うボス的なものを倒せとかでも最後にぞんざいに言い放たれた「世界のデバッグ」っていうのが的を射ていた気もしないのだけれど、とにかくあの猫のヒトに有無を言わされずにこんなところに放り出されたのだけれど見ての通りの着の身着のままの甘渋コーデのままに丸腰で武器となりそうなものも秘められた力とかもなくて肝心のステータスも項目多過ぎて分からないし、いきなり現れた町みたいなところはあったんだけれど誰とも話は通じないわ悪い事してないのにヘイトを溜めまくるわで途方に暮れていたんだよ……と、一度しゃべり出すと早口が止まらなくなり相手のリアクションも食い気味に封じてしまう僕の悪い癖がここ異世界でも遺憾なく発揮されてしまったわけで……それでも。


「僕は半年くらいになる。あくまでここの時間軸でのってことになるけど。でもまあここは本当に『地球』とかに似過ぎているところがあるのは確かだね。おそらくは創造主みたいな輩の嗜好なのだろうけど」


 軽やかに、薫風が吹いたのかと思った。僕の滅裂な言葉群をちゃんと受け止めてその上でまともに返答/応答してくれてるよこれは夢なのかそれともこれが異世界なのだろうか……


「ただそれプラス、もっと捩じくれた『志向』みたいなのも横たわっているのはさらに確か。何と言うか、『ゲーム』的な、不条理感はずっと感じている。情報がまったく与えられない、っていうのがまずそうだよね……僕もいきなり投げ込まれるように来たんだ」


 普通の会話、言葉のキャッチボールに物心ついた時から飢えていた僕は、真杉くん――もうそう呼んでしまおう――が僕の顔を見ながら言ってくれる単語ひとつひとつに快い酩酊感のようなものを感じてきて目も鼻も口も半開きとなって小刻みに相槌を打つというダメなリアクトしか取れていないけれど。あかーん、情報収集、それが大事。


「で、でも真杉……っくん、キミは何と言うか適応しているように見えるよあのあのデカい獣も手なずけてるしすす凄いよどう立ち回ればそんな風に出来るんだよ……」


 うぅん、もう少し落ち着いて喋れないものかな、僕。でもそのいつもなら相手を真顔にさせる雑多な言の葉の群れをも、すると受け流すのはその微笑みなんだな……


 ままならない脳のままの僕に対し、フィド、とその背後におすわりの姿勢で控えていた獣に呼び掛けた真杉くんは、身を包む黒革のつなぎと対比的に色白い手指を伸ばして底抜けに「黒く」見えた首元辺りを優しく撫でている……絵になる……


「『法則』があるんだよ。それこそゲーム的な。さっきも言ったけど、この世界を創ったヒトはそういう『分かりやすさ』みたいなのがお好みのようでね。それにうまく乗っかることが出来ればすんなりと物事が進んでしまう、そういうところがあるんだ。例えば『八回逃げることに失敗してもう観念したら自分の普段の力以上の力を連発して出せて強敵をあっさり倒せた』とかね」


 こちらを振り向き、悪戯っぽく笑った顔も何だろう引き込まれる何かを十二分に有している……とか見とれている場合でも無いか。「法則」。猫神様も言ってたような……「法則ルール」。ん? でも彼女はそれを「究明してデバッグしていけ」とか言ってた気が。でもせっかくのそのアドバンテージを潰すことは無いよね……そもそもデバッグとやらのやり方も分からないし、それにあれほど「能力チート」を毛嫌い過剰反応していた御方であって、そんな力が僕に与えられているとも分からないし。


「あとは運も良かったかなぁ……送り込まれた先が本当に鋭角に切り立ったまさに崖、ってとこでさ。その行き止まりのところに背後からこれまたお約束的にオオカミみたいな獣が群れで包囲してたっていう局面で泡食って尻餅ついたら、キミと同じく『いきなり現れた町』に入ってたっていう」


 それは……僕と同じパターンだ。僕は逆に虚無的に荒涼感溢れる場所で、たまたま後ろに振り向いたらそこが謎の入り口だったっていう感じだったけど。


「そういったヒトが住み暮らしている『町』の入り口は何故かそこに行かないと感知できない、入れない『仕様』になっているんだよね……便宜上は『モンスター』たちから身を守る、みたいな説明づけが為されていたけど。たぶんそこまで『創り込み』出来なかったんだろうね、あるいは敢えてそうしているのか、そこは分からないけど」


 うぅん、猫神様の思考は本当に分からないな。敢えてシームレスにしなかったのには理由がある? 何だろう、レトロゲーム好きとか? 神的思考は人間にはほとほと理解できませんなぁ……と、


「コミュニケーションが取れなかった、って言ったよね? それは遠部トオベくんが悪いわけじゃあないよ。意思疎通の仕方にも、法則、って言うかコツみたいなものがあるだけさ。この近場にあるんだよね? じゃあ一緒に行ってみていいかい? 教えてあげるよ」


 遠部くん、と呼ばれた……何と……心震わせる……響きかっ……!!


 はからずもこみ上げてきていた嗚咽のような何かを必死に食道付近に込めた力で抑え飲み下すと、ここここっちだよ……と精一杯のキモくならないように気を付けた笑顔にて案内をする。いやぁ、初っ端から詰んだかと思っていたこの異世界転移だけれど、非常に頼もしい仲間に恵まれたよもうここで真杉くんと一緒に暮らしていくもありかなぁ……


 しかしそんな完備されたかのような甘美さは即座に瓦解させてくるがあの猫様的思考だから気を付けないとな……とか、そんな形ばかりの警戒心では見きわめられなかった、


 本当の混沌が降り落ちてくるまで、それほどの時間は残されていないのだった……

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