Gioco-05:混迷では(あるいは、平面⇒立面/次元端境キミ見たかい?)

「聞いていいかな? 旅行者なんかがね、ひとまず泊まれるところを探しているのだけれど。ホテル? 宿屋? そんな感じの」


 好意的な感じで話しかけてきてくれた年端もいかないコに対し、僕はまだ立ち位置が全然定まらないこの「世界」の一端でも掴もうと、そんな差しさわりは無いけれど聞いておくに越したことは無いだろう件を繰り出してみる。最大限自然な微笑みを湛えたまま。キモくならないように、御縄を受けることのないように。


「……!! ……!!」


 僕の発した音声は、自分が意図したところの日本語であったものの、それがうまいこと翻訳されてこのコに伝わらないかなと期待して敢えて放ったところはある。向こうの言葉は「ウインドウ字幕」みたいなのでこちらには伝わったからね。しかし、


<ようこそ、ボッネキィ=マの町へ!!>


 そのコが困ったような顔でもぞもぞと喋ってきたのは最初の時と確実に音節も言葉の長さも違ったはずなのに、現れ出てきたのはそんな、同じ字面のものであったわけで。あれ?


「あそうだね『ボッネ……』うぅん少し言いづらい町名だね、あっ、それでええと……お金、とかね。まあモンスターを倒すとその死体が何故か変化する的な希少な石とかでもいいんだけど、そういった通貨みたいなの多分僕持ってないんだよね……しかも丸腰でもあるし。でも素手とかでも倒せる奴もいそうな気もしなくもないしで、うん、そういったのを売買できるお店? みたいなのも探してたりするんだけれど……」


 段々と早口になってしまう自分を押し留めながらも、常態的に脳内に居座るようになった「いやな予感」の奴が「旦那いい加減に悟りなせぇ」的な、隙あらば大店の金品をちょろまかしてそうなタチの悪い番頭的な口調で僕に言ってくるのを感じている……


「……ッ!!」


 泡食って色々と言葉を発する僕だけれど、少女は戸惑うばかりでついには涙ぐみながらも懸命に何かを訴えようとしてくれるものの。


<ようこそ、ボッネキィ=マの町へ!!>


 ……表示されるのはそれ一辺倒であって。と、そんなやり取りの不穏な気配を感じ取ったのか、その少女よりも少し年が上と思われる、恰好は色違いなだけの臙脂色のワンピースに純白エプロンの少女が何かの店舗だろうか、そこの木製のデッキから飛び降りると、険しい表情で駆け寄ってくる。そしてべそをかき始めた小さい少女の手を取ると、僕の方をきっと見据えて何事かを怒気を孕みつつ言い放ってくるのであった。しかし、


<町を出て西に少し歩くと、森に辿り着きます。その奥の泉のほとりに『満足37の洞窟』がありますよ>


 ぽこと間抜けな音と共に浮かび出てくるのは、例の白黒ウインドウなわけで。何だよこれ……会話は……成り立たないのかっ……?


 固まってしまった僕に対し殊更に勢いよく背を向けると、少女たちは手を繋いだまま小走りで去って行ってしまった。


「……」


 いたたまれない、何とも言えない空気が砂埃と共に僕の周囲に舞っているように感じるけど。遠巻きにしていたウエスタンな恰好の屈強な男の人たちも、まるで僕がいないかのように存在を認識していない様子にて、めいめい談笑を始めたり歩き去って行ってしまう。


 な、何がいけなかったのだろう……大自然の中に放り出された時の孤独とはまた違った、群衆の中での孤独を感じるよまあ僕結構そういう扱いをずっと受けて来ていたからねメンタル的には慣れてるから全然平気だよ……と心の中で何とか受け流そうという構えで不随意にこみ上げてくるものを何とか飲み下しつつ、どうしよう感はどんどん濃密に体まわりに立ち込めていくようだけれど。


 いまさら町の中央通りみたいなところに進んでいく勇気は無かった。心なしか無言の拒絶感のようなものを赤青緑紫とかの突飛な髪色をしたどの人らからも受け取っていたし。うぅん急速に萎んでいく僕の異世界ライフ……


「……」


 やはり、現世でダメな奴はどこに行ってもダメなんだろう……何が自分の意志で闊歩だよもう何か帰りたくなってきたよでも帰る方法なんて知らないし教えてもらってないし……悄然と町外れの一点に向かって歩いて行ったら、また切り替わるようにパノラマ大草原の只中にいた。「町」がすぐそこにあるということは全く今の状態からは分からないわけであって。何か理由でもあるのか、それともあの猫神様の「仕様」なのかは分からなかった。「デバッグ」……そんなこともおっしゃってたけど、よく分からないしなとりあえず今日はここで過ごそう……と体育座りにて草の上に腰を降ろす。見上げた空には太陽らしき天体がひとつ。異世界と言えどそこは変わらないんだぁ……


「……ッ!?」


 とか、零れ落ちそうになるものを堪えつつ無理やりにおへちゃな笑顔を上空向けてカマそうとしていたら。


 その日輪の内側に、黒い影が黒点にしては大き過ぎる佇まいにて染み出すように現れそれがどんどん大きさを増していっている……と思った時には落下してきたと思わせるほどにそれは凄まじい勢いで僕のすぐ目の前に着地したのであって。衝撃音がつんざくと思って鼓膜をそれに備えていたら、全くの無音だった。何?


「……」


 一頭の、何だろう獣だった。四つ足ではあったけれど見知った奴でもいそうな感じでも無かった。東京生まれ東京育ち/平成生まれ平成育ちの僕にとって身近でみたことのある大きな動物って動物園のゾウとかトラとかあるいはパドックでの競走馬しか無かったけれど、何というかそれらとは根本的な趣きが違っていた。と言うか僕の記憶の限りでは、それら大型獣は空高くはあるいは低空でも飛ばない。


 ゾウくらいの体高の、イヌのような、もっと言うと柴犬のような顔と毛並みをしている。でもその毛は真っ黒で、黒いと言うよりはそこに何も無いがゆえの「暗さ」と言うか。じっと見ていると却ってその存在感が薄れていってしまうような、そんな虚ろ感のようなものを有していた。ぴんと立てた三角の両耳は愛らしいと言えなくも無かったけど、僕の方を見下ろしてくる黒い両目にもまったく光らしきものは宿ってはいなかった。吸い込まれそうな目とかはよく言われるけど、僕がいま対峙している双眸は光から何まで吸い尽くしてしまいそうなほどの「黒さ」を持っていた。


 そして、


 そのデカ黒い柴犬に跨っている人影も僕の方を見下ろしているよ……逆光で後光が差している状態だからよく見えないけれど。と、


「やあ、キミも『来た』人だよねえ……ここ最近無かったから打ち止めかと思っていたけど、何で今になって? いや、それもまた気まぐれかもねえ……あの猫ちゃん先生の」


 投げかけられたのは日本語。それだけで警戒心も何も解けてしまった僕だけれど、さらにそんなフレンドリーな感じでふわと話しかけられたことに、この上ない安堵感を与えられ少し泣きそうになってしまっているほどだよ……まさに救世主。


 すと、といった感じでその黒柴から僕の目の前に降り立ったのは、黒革のつなぎのようなものに細い長身を包んだ、黒髪の青年……僕と同じくらいの年と思われる感じの人だった。


 その整った顔に浮かんでいるのは、爽やかな微笑。ヒトに嫌悪感無しにフラットに話しかけられることにすら慣れていない僕に、その輝きは非常に眩く映ったのだけれど。

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