Gioco-04:迷惑では(あるいは、序曲からの/ジャズソング捜して?)

 目覚めた、ところは何処だかまったく見当もつかなかったけれど、仰向けで振り仰いだ空は見慣れた青さであったことが、ほんの少し、ミリ単位のことではあったけど僕に安堵をもたらしたと言えなくもない……


 本当に、異世界に転移したのだろうか。まだ出来のいいVRであることの可能性は捨てきれてはいない冷静な僕が頭の中にいる反面、動く両手の感覚は慣れ親しんだいつもの僕のそれであって安心しなくもないけれど、いつも通りが過ぎて先の昏睡状態みたいな時に拉致られて連れて来られた地球上のどこかなのではとの疑念はまだ晴れていない。


 とは言えいきなりゴブリンとかが襲い掛かってくるような展開もそれはそれで厳しいわけで、取りあえずは現状把握、それが最優先の気がした。


 それにしても猫神様と対峙していたあの白ピンクの大空間……あれが異世界の入り口、あるいは次の間的な場所だったんだろうか。そこでの記憶も体感したことも概ね覚えている。またも両手を突いて上体を起こすということに早くもの既視感を覚えつつも、あの「熱光線」のようなものを喰らった左肩が無事か襟元から覗き込んで確認してみたけれど、いつもの肉付きよく適度なハリを持った自分の産毛に包まれし肩が存在するだけだった。痛みも無い。乾燥しきって粉を吹いていそうな顔面をつるりと撫でてみたけど、焼け焦げた煤とかぐちゃぐちゃに溶けた肉とかが付着するようなことは無く、まあほっとした。


「……」


 ばきばきに固まっていた身体を少しづつ曲げ伸ばしつつ、僕はその場に立ち上がる。土の地面。やや赤っぽい。そしてびっしりと背の低い草、が遥か地平線の果てまで伸び広がって見えるけどううぅんここは何処だぁ……?


 開幕平原。昨今あまり無いタイプの召喚のされ方だ。さざめく草々の香りを運んでくる穏やかな風は心地よく、春先の日中のような、それはぽかぽかとした陽気に包まれ僕も穏やかな気持ちに落ち着くのだけれど。転移時に着ていた合皮のジャケットが不要なほどでありそれをもぞもぞと脱ぐと、下には胸の部分に「令和」と墨痕鮮やかに大書された黄緑色のパーカー、下はぐずぐずのケミカルウォッシュのジーンズ、と最新の下連雀系甘渋カジュアルコーデにてキメたままであって。恰好はそのままで送られてきたんだねぇ、という多分にのんびりとした思考を浮かばせつつも、気になるのはそこじゃあ無く。落ち着いているフリを誰に対してしているかも判然としないままさりげなく三百六十度見渡すものの本当に草原しか無い。何も無さ過ぎる……


 いや、初手からどうすればいいの。何だろう、黎明期の乱立RPGのような唐突不親切感が漂い始めているのを脳の悪寒を司っているだろう部分が感じている……これならまだ開幕森、開幕手負いアンド何者かに追われている、開幕でも隣には不安げな顔をした美少女が共にいて手を握り合いつつ走っている、というような状況の方が良かったよと言うか断然それであるべきでしょうがよ……いやな予感しかしないのですが。


 いや、即そんなネガティブ思考に陥ってどうする。闊歩するんだろニューワールドを自分の力で。それにこの導入部の唐突感は、その前段の猫様の前説のようなもの有りきゆえの、かも知れないじゃあないか……差し当たって危険が迫ってるわけでもない今、落ち着いて自分の立ち位置を探ること、


 それこそが最適解なのでは……?


 だいぶ状況に飼いならされている感は否めなかったものの、僕にはまだ切り札的なものの存在があったため、急激に落ち着くことが出来た。そう……異世界であるのなら、あるのならば!! あるじゃあないか共通言語的なマジックスペル、ステータスをオープンする的な問答無用のワードが……ッ!!


 い、言っちゃう? いまここで言ってみちゃう……ッ?


 傍から見ても自分視点でも、だいぶキモい笑みを浮かべているだろうことは知覚できた。が、それもやむなしと思えなくも無かった。いつか一度はやってみたかったランキング九位に座する事象がいまこの瞬間、ボタンを押すくらいの容易さにてこの僕の前に鎮座しているのだろうから……!!


 深呼吸をする。そうだよ、最初の御開帳こそはこのようにして、周りも自分も凪いだ状態で行うこと、それが望ましい……その上で、自分に与えられたる「能力」「パラメータ」などを吟味し、今後めくりめく予定の異世界キャッキャウフフ生活ライフの未来予想図を描く……ッ!! その時は、今だッ!!


「す、すてーたふ、おぷーん……」


 多少噛み気味になってしまったけど、大丈夫だろう。要はそれがいとも普通に出来るという心構えという奴が大事だと見た。というかそうであって欲しい。僕は心の中にある△のボタン的なものを慎重にしかして思い切りねじ入れるように押し込んでいく……果たして。


 沈黙……いやな。


「……ッ!!」


 取るべきリアクションも見つからずに首から上が全部フリーズしたような状態になりかけたのは二秒くらいのことだった。今後毎回こうなら気障りなほどの静止ロード時間を挟みつつも、僕の目の前には、あの半透明な、ホワイトボードくらいの大きさの、文字や数字がずらりと並んだ(日本語・アラビア数字の)、実際には初見であるものの、見過ぎるほど見ている、知り過ぎているほどに知っている、あのあれのやーつが現出していたのであって。


 しかし、だった……


<創造力:189 記憶力:068 注意力:048

 直観力:092 観察力:055 分析力:057

 読解力:078 洞察力:038 判断力:041

 表現力:111 集中力:088 努力 :091

 成長力:133 気力 :045 活力 :033

 精力 :255 胆力 :065 魅力 :050

 筋力 :077 体力 :075 視力 :088

 聴力 :102 統率力:007 影響力:002

 発言力:003 説得力:012 演技力:112

 協力 :144 コミュ力008 女子力:001

 ………>


 いや何この「力」の羅列。


 パラメータであろうことはこの流れから分かろうものだけれど、多過ぎひん……? いやそしてその中身も良く分からないな……かろうじて「体力」「筋力」くらいは馴染みはある。が、それ以外は何。そしてそれを可視化数値化することでどう生きてくるというんだろう……さらに「コミュ力」「女子力」辺りから「力」のネタが切れてきたのか、目線を下に滑らせていくと「背筋力」「不可抗力」「遠心力」「出力」とか出てきてるよ無理しすぎだよそんなとこで新規性を出そうとするとケガしちゃうよ……


 いやな予感が、立ち合いがっちり決まった時の横綱のように完全に胸を合わせて来てなすすべも無く一気呵成に混沌へと寄り切ろうとしてくる……ッ!! まずい!! 僕は目の前に浮いているボードを見なかったことにしてとにかくこの場から何か目印ランドマークのあるところまで歩いていこうと身を翻した。その、


 正にのその刹那だった……


「!!」


 いきなり目の前の景色が変わった。と思うや、今までの荒涼とした風景から一転、活気とひといきれが溢れる、西部開拓時代の集落のような、そのような「光景」が僕の目の前に展開していたわけで……木造の、それらしき建屋、家屋。砂埃が立ち、何か馬のような生物が鼻息荒くいなないているのも確かにこの耳が知覚している。そして蛍光ピンク、蛍光黄色、蛍光緑、蛍光紫……なぜかマーカーのような目に来る色が溢れているけど、まごうことなき人の営みがある……!!


 シームレスという概念が無かった時代のアレだ……そして僕にとってはこの一歩は小さな一歩だったけど、フィールドから街的なものに今まさに踏み込み切り替わっていったこれは大いなる一歩である……ッ!!


 この「世界」にまた絡めとられようとしている感は否めなかったが、ひとまず大自然の中にこの身がフェードアウトしてしまう事態は避けられたようだ。良かった。と、近くに立っていた少女……僕の審美眼をもって吟味すると小学一年か二年くらいの年恰好だろうか……が僕の姿を認めると、小走りで駆け寄って来た。赤毛をおさげにして華奢な身体を深緑のワンピースとその上に白いエプロンドレスと言うんだっけ、そんなメイドっぽい服装にくるんでいる。そして、


「ッボルシキヒィマ、ボッネキィ=マッ!!」


 可愛らしい高い声でそんな風に発声されてきたのだけれど。うぅん日本語通じないのかそれはちょっと珍しい部類の感じだねぇ……とか愛想笑いの奥でそんな考えを浮かべていたら。


<ようこそ、ボッネキィ=マの町へ!!>


 ぽこんと黒地に白字のウインドウ的なものが僕の視界に浮いていて。それは正に字幕的な感じで目の前の少女の言葉を翻訳しているのだろうことは分かった。なるほど。


 この世界のことわりが少し分かったような気がする……


 これはあれだ、昭和の奴だ。コンシューマ向け黎明期RPGのやーつだ……


 今更ながらにあの猫神様のずれた志向/嗜好に真顔にさせられつつも、気を取り直し僕は「コミュ力:008」でありながらもそれを絞り切るようにして、何とかその少女と意思疎通を図ろうと言葉を発していくのであったけれど。

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