Gioco-03:不穏では(あるいは、密度だけなら/誰にも負けやしない空間)
「わ、分かりました。あ、いや諸々全部が分かったということでは無くて、その、僕が置かれたる立場とかですね、何をすべきなのかということがですね、分かったと、そういうわけなのです……」
だだっ広い大空間に響き渡る、壊滅的にダメな僕の返しのどこがその猫神様の琴線を震わせたのかは分からなかったけれど。むふーというような満足気な鼻息がその整った鼻梁から甘い香りをも伴って三メートルくらいは離れているこちらまで漂ってくる。その本当に猫顔を評するとしっくりくるほどの猫っぽい美麗顔が綻ばせられると、それはかなり魅力的で引き込まれそうになるよ、いかんいかん、異世界のとば口、ここが一番大切なところじゃあないか。しかして往々にしてがちりと構えてしまうことで人は、要らん火種を散らしてしまう生き物なのかも知れないのであった……
「そ、それでつかぬ事……本当につかな過ぎることを伺うことになるのですが、その、僕に与えられたるその、まあ端的に言ってしまうと『能力』? 的な? 代物はですね、固定性なのかそれとも僕側に選択の余地があるのかどちらなのでしょうかねぃ……?」
極めて当然の問いと思われた。ゆえに過分な期待をもってして卑屈顔の前のめりにて猫様の返答を万全体勢で待ってしまった。
それがいけなかった……
んバッカにゃロォォォオウッ!! というような、ここに来て初めて聞いた猫神様の野卑なる胴間猫声がいきなりこの奥行不明の大空間に響き渡ったか渡る前か分からなかったけれど、音速を超えていたと推測されるほどに僕の網膜には三筋の爪跡が中空に振り抜かれた残像しか結ばなかったその瞬速の猫パンチが僕の顔面に斜め四十五度の平行の三線を刻んだと思った時にはそこから青い炎のようなものが立ち昇ったのをのけぞって仰天した視界で追うばかりであったのだけれど。
「そんなスれた転生者はもうおなか一杯なんざがばッ!! こっちからのたっての頼みニャから下手に出るようにしてたらそういうとこニャぞァゥッ!!」
逆鱗を引っこ抜いたとしてもここまで激昂することは無かろうと思われるほどの、それは強烈で何なら透明感までも感じさせるほどの純粋な「怒り」が、全・体毛を逆立たせたかのようなその女性から吹き上がってきているのだが。ぼ、ボク何かそこまで気に障ること言いました? それにそこまで下手に出られていた感も無かったかとぉ……と言うか顔熱いぃッ!!
「そういうのはもぁう食傷ッ!! ままならない現世から転生してきたのならッ!! 何故てめえの裁量ひとつでまっさらニューワールドを闊歩してみたいと望まぬのニャッ!?」
正論のような、そうでも無さそうな言の葉が続けざまに出てくるけれど、精神的なマウントを取りに来てるような気がしてならないし、これは絶対あなたの趣味嗜好なのでわ……
いまやギラついた猛禽のようなご尊顔を晒している猫様から次に何が放たれてそして僕に撃ち込まれ、何がしかが始まる前からダメージが蓄積されていってしまうか分からなかったので、ととと取り敢えず落ち着いてください分かりましたのでもう脊髄で把握を終えましたので……とこれまでの現世ではそこまで必死こいてしてこなかった執り成しというものを正に必死で繰り出すのだが。
「……人がどのように勇者になっていくのか、それを見守りつつ見極めたい、この世界を創りしこの最強神には、そのようなな切なる思いがありますですのニャ……」
一転、穏やかなる声にて遠くを見る目をしつつそんな僕以上の執り成し事を述べてくる猫神様だったけれど、そこに漂うよしなし事感も凄まじい薄ら寒さをもってして僕の脊椎を駆け上ろうとしている……!! が、ここで流れに逆らってしまうほど、僕の学習野は摩耗はしていない……ッ!!
「その御言葉、不肖わたくしにようやく届きました……そして、いただきましたるチャンスを、この
なのでこれでもかの作り物めいた感情でもってして、そのような温度の通わない言葉を片膝を突きかしこまった姿勢にて述べた。後悔はしていない。
途端にころり機嫌を良くしたかの「ニャ!!」という声に、序盤最難関と思われた修羅場を脱した感に包まれ、ようやく一息つけた、その、
刹那、だった……
「ではいざこちらの不完全な世界へ。そしてそこに横たわる数々の『
厳かに言おうが、その言葉の本音感は偽れては断じていないわけで。そして心なしかあっさりさっくり行こうとした感もりもりだけれど、「役割のひとつ」と言うか役割そのものの気がしてならないし、あ、そういう感じなのかぁ……僕は創造主が創りし「世界」の
乾いた笑いが、乾き切った唇のささくれをそよがせながら、乾いた空へ漏れ流されていく……もはや御役御免とばかりに自分の右手の爪の仕上がりを確認し始めた猫神様の姿も薄れていくけれど、それでも僕は。
――てめえの裁量ひとつでまっさらニューワールドを闊歩してみたいと望まぬのニャッ!?
猫神様が、それは体よく言い放っただけであろう言葉に、少しだけ、ほんの少しだけ揺さぶられるところがあった。
世界を、自分の意志で。本当の自分の、本当の意志で、歩いていく。
そんなこと、今まで全然出来なかった。出来ていなかった。流されるだけなのに、その場に澱み留まっていた自分。この先過ごしていたとしても、多分出来なかった。何者でも無い自分で、何物かも分からない世界に立ち向かっていく。
そんなことが、本当に出来るのであれば。
思ってた以上にこの身体に滾るのは、「熱い
何であろうと、やってやる。
白く輝く闇が僕を包んで、そして意識がまた遠のいていく。僕の運命の車輪はまさに今、動き出そうとしていた。
が、それがのっけから脱輪していることに気づかされるまで、それほどの時間は残されていないのであった……
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