Gioco-02:強引では(あるいは、同刻に響きし慟哭/カモナマイ異世界!の巻)

 意識がまったくの無のようなところから戻って来たかと思うやいなや、下からライトアップされているような、そんな落ち着かない空間、に。


「……」


 自覚できるほどのこれでもかの大の字で仰向いていた。周りは暖かい、ようで底は冷たい。感覚がよく分からない。乾燥して貼り付いていた両瞼を意識的に開けようと力を入れたら、左、右の順に時間差で割れ開いた。ものの、視界に入るのはオール白の中にいびつにうねるピンク色という抽象的な像のみであって。背面全面で感じているのは、泡のようなそれでいて弾力があり過ぎるほどのピンポン球くらいの球体を敷き詰めたような圧を分散させるかのような謎の触覚を有するものであったものの。


 担ぎ込まれた病院だとしたら、僕の知識経験には到底該当し得ないベッドおよび病室であるから必然「未来」のものとなる。タイムスリップ……? ありえないことでは無い。いつか冴えない自分には必ず非日常的なことが起こると、既に理解は完了していたのだから……ッ!!


「目覚めましたかニャ……勇者よ……」


 と異常なる現状を自分なりに咀嚼していたけれど、それを遮るかのようなやけにはっきりとした女性の声が響く。というか反響が凄い。ひと文節前に喋ったらしき余韻がどんどん残響していくからどんどん聞き取りずらくなっていくよ、未来のどこなんだろうここは。


 身体は……動く。両手足の指を全部ぴこぴこと動かしてみてそれは確認した。が、なまりになまった身体は腹筋の力だけでは上体を起こすことは出来なかったので、もぞもぞと両手を突きつつ周囲を見渡せる姿勢へと持っていく。何だろう、音の具合から室内、密閉されたところかと思っていたけど、遥か遠くの地平線までが見渡せる。白とピンクの。


 無念……これは夢だ。覚醒したかと思いきやそれは二重三重の夢の出来事だった……その経験はある。中学二年当時、意中のコに告白OKされ翌朝彼氏ヅラで話しかけたら全部それは僕の脳内の出来事であり、以降の学校生活において「汚デイトリッパー」と呼ばれ汚物のように女子全体から避けられた記憶が蘇らなくていいのにこみ上げてきて、僕は考えるのを一時停止する。と、


 刹那、だった……


「……はぁッ!?」


 いきなり左の肩口に熱。それも一点に集中されたかのような、何と言ったらいいか、高密度の。思わず湾曲する背中と撥ねる尻を持て余し、僕はその柔らかな球状のものが敷き詰められた地面(?)をのたうち回る。無駄に少し跳ねながら。


「目覚め……ました……かニャ……勇……者よ……」


 再び過剰な反響を伴って為されるのは、そのような女性の声であったけれど。心なしかこちらに言い含めるような、もっと言うと「聞けコラ」的なイラつきを如実に感じる……


「な、何です? 僕ぅ?」


 とりあえず声の出処を探さないとと、まだ痛熱さが支配する左肩をかばいつつ、四つん這いになりながら周囲三百六十度を満遍なく見渡す。十時方向、に人影。そして僕のリアクトにはリアクトを返さないスタイルで諸々を進めていくようだ。声はマイペースに紡がれていく……


「貴方は選ばれし者、この世界を救うべく異世界から転移してきた、勇者なのです……」


 そっちか。そっち系の話だったわけか。初手から間違えていたけれど、まだまだ修正は利く……はず。声の主は背もたれがやけに高い籐の椅子のようなものにしなだれるように腰掛けていたのだけれど、吊り目上がり口角にアンニュイな表情はまるで猫のようだ……と思ってたら耳の所にはこれでもかの黒い正にの「猫耳」が生えていた。僕の知っているそれとは少し位置が違っていたものの、このヒトがこの場を仕切っていること、さらには何らかの「熱」を他者に撃ち放つことが出来るということだけは理解しておいた方がいいと脊髄で把握を終えていたので不用意なつっこみをする事などなく、聞いてますよ的な佇まいで卑屈な微笑にて姿勢を正すにとどめることが出来た。よし、僕はやれる。諸々への対応準備オーケーだ。


「ここは……僕がいたのとは別の世界……なんですね……」


 普段はあまり人の目を見て話すということが苦手な僕が今は猫耳さんの黒く艶めく瞳を見据えながら一言一句をお気に召すような感じに仕立てながら台詞じみた言葉を紡ぎ出している……やれば出来る、僕の可能性を僕が信じるんだ。


 ニャ!! という声と共に為される、よくできました風の笑顔はかなり魅力的に映るのだけれど。すらりとした体躯には不釣り合いの双球がゆるっとしたシックな紫のドレスのそこだけをタイトにしておる……いかんいっかーん、集中するんだ。静かな光を湛えた大きな猫目だけれど、その視点は僕の右肩辺りにロックオンされている。目からビーム、それはもう御免こうむりたいわけで。と、


「勇者よ……私こと、最強神さいつよしん『ネコルソン=オア=バァーグメへェン』の導きに応じよく来てくれましたニャ。そして今!! 正に私の創りし世界『ネコロノミコス=セサナモペアレポーブリカ』があやうい……ッ!!」


 まったくこちらに響いてこない初出の固有名詞に面食らう暇も与えてくれずに、


「そんなわけでその世界を乗っ取ろうと企む『七曜しちよう』とかイキレ名乗っているハッゲ共をスコカンと倒して平和を取り戻して欲しい……端的に言うとそういうことになりますニャ」


 いろいろと突っ込みたかった。いや、聞きたいことは山ほどあった。が、それらを全て許さないだろう眼力に押され、僕はそ、それは大変だ的な、いい感じで食いついてますよ感を出すのに必死だったわけで。多分僕の意向やその他諸々は軽く無視されるだろうしそれで済むならまだしもまたあの「熱」を喰らうのは避けたい。どうやら僕には痛覚を伴った実体も現存しているようだし。いや待てやはり。ということは。


 これは異世界転移だ。まごうことなく。それ以上でもそれ以下でも無く。


「……」


 多分に呑み込みが早いように思われるかも知れない。だが、多分に望むところであった。幼き頃から「残念ハーフ」というレッテルを当たり前のように貼られてイジメとイジリから等距離にあるくらいの絶妙に合法かつしんどい扱いを受けてきた僕には、いつか、そんな白昼夢的な何かがキマったかのような出来事が起こると、信じていたところがあったから。


 そう、僕こそが、選ばれし者。二十歳になってもゲームの話題しかイニシアチブを取れないけれど、それゆえにッ!! このゲームの如き世界では覇権を取ること、それが出来るやも知れない……


 と、急速にやる気が湧いてきた僕こと、遠部とおべトエルウル楊尊ヤンソンの……


 儚い希望が打ち砕かれるまで、残された時間はそれほど無いのであった……

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