1月11日 「そっか」 いきなり大きな声を出したので…(宮下奈都)

「そっか」


いきなり大きな声を出したので、ふたりが同時に私を見た。


「笑えばよかったんだ」


借金だって、不合格だって、ネコババだって、男に騙されたことだって、笑ってあげればよかったんだ。だって、ただの失敗なんだから。それだけのことなんだから。


「キルケゴールが書いてた」


死に至る病というのは絶望のことだと。あの本は泣ける小説でもノンフィクションでもなく、哲学書だった。


「失敗自体は病じゃないんだ。絶望さえしなければいいんだ」


若いふたりにいっているのではなかった。このふたりならだいじょうぶだという気がした。だいじょうぶじゃないのは、私だ。これまでずっと失敗を回避してきた私自身だ。


「ありがとう」


わけのわからないことをいい出した私に戸惑ったらしく、ふたりが顔を見合わせている。


失敗したって、笑っていいんだ。笑ったらいいんだ。そうわかったら、もう怖くなくなった。失敗も、そして、生きていくことも。



『誰かが足りない』予約6から、宮下奈都

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