第76話 急襲夜話としょんぼりさん
スマホを操作して電話に出ると、門倉さんの落ち着いた様なゆったりした、低い声が受話器から聞こえてくる。
「はい、もしもし…?」
「四季様、お疲れ様です。今、お時間よろしいですかな?」
「ええ、大丈夫です。丁度こちらも門倉さんが加わった話をしていたので。仲間にも紹介していた所です」
「そうでしたか、ではスピーカーにして貰ってもよろしいでしょうか?」
「わかりました」
と、俺は門倉さんの指示の通り、スピーカーモードに切り替えると、スマホをテーブルの中央に置いて、皆にも聞こえるようにする。
「よろしいですかな?皆様聞こえておりますでしょうか?」
「あ、だいじょーぶっす!聞こえてるっすよ!」
「おっけー…なのじゃー!」
「ええ、聞こえているわ」
と、皆が返事をすると、門倉さんは続ける。
「ほほほ、門倉と申します。皆様よろしくお願いします。ではさっそく本題に入ってもよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」
と、飄々とした様子で返事をすると、門倉さんは一つ咳払いをして続ける。
母さんとばあちゃんは気を利かせて、家事をする手を止め、二人してリビングを出て行く。
テレビの音や、生活音が消えた事で、電話口の声だけに集中することが出来た。
「本日お聞きした内容ですと、相手は半グレ組織…バッドウルブズの者ということでよろしかったですか?」
「ええ、そうです」
「ふむ、それだとやはり、少々面倒な事になっていますな」
「と、言うと?」
門倉さんは一度言葉を区切り、受話器の向こうで紙をめくる音が聞こえる。
「私の調べた限りだと、バッドウルヴズ…若者中心の半グレ集団で、主にドラッグの販売や窃盗や特殊詐欺などの犯罪で資金を調達しているグループで、この辺を治めている地元のヤクザも手を焼いている最近出来た組織とのことです」
「地元のヤクザが手を焼いている…?」
門倉さんの情報には驚いた。
別れてからたったの数時間程度で、これだけの情報を調べてくれていたのだから、俺の探偵としての作業はなんだったのか…と、若干落ち込みもしたのだが…今はそれどころじゃない。
一体どこに掛け合ったらそんな情報が手に入るのやら…。
そんな事を考えていたが、門倉さんは気にせず続ける。
「はい。本来なら商売敵になるのでしょうけど…そうもいかないらしく、どういうわけか、ヤクザの上層部に可愛がられているとかで、組としても表立っては手出しできないらしいのですよ」
「それは…妙な話ですね…?」
俺はつい考える時の癖で、顎に右手を当てて左手で支えを作って首を傾げる。
普通なら自分のシマを荒らされたら、報復が行くのが渡世だと映画やドラマではお決まりの展開なのだが、恐らくこの辺は現実でもそうだと思う。
最近は暴対法によって、力が弱まったとはいえ、ヤクザというのは形を変えて存在しているのだ。
現在ではシノギとしてオーソドックスなのはキャバクラや風俗、祭りの的屋、全てではないが土建屋なんかもそうだし、芸能界や政治家なんかとも組んで事業を起こしたり、変わり種としてはメイド喫茶を運営していたなんて話も聞いた事がある。
その内の違法なシノギとして薬物売買をしているとしたら、自分のシマで薬物を売るってのは十分報復に値するくらいの事だと思うのだが、それでも手出しできないとなると、相当な圧力がかかっているのだろう。
恐らく幹部辺りを買収しているのだろう。
「ええ、そうなのです。恐らく薬の販売で得た多額の資金を賄賂として渡しているのだと思います。渡世ではよくある話ですな。ああ、そちらの方は概ね分かっているとは思いますが、厄介な事というのはもう一つの方でして…」
どうやら予想通り…まあ、これは誰だってそう思うわな。
しかし、門倉さんは更にもう一つ問題があるという。
一体どういう内容だろうか?
「もう一つ?」
「はい。私先程四季様にお聞きしておりました潜伏先を下見に行っておりましてですね?バレない程度に偵察を兼ねて中の様子を少し伺ったのですが…その時に聞こえた会話から、どうやら彼等はアジトの場所を移動するとの事です」
「え!?」
「なんですって?」
俺と樹は同時に声を上げる。
しかし、門倉さんはそんなことは気にせずに続ける。
「ですので、潜入するなら明日…と、言わず今夜にでも乗り込むのがよろしいかと思われますがいかが致しますかな?」
あまりにも唐突な申し出に一瞬脳がフリーズしてしまう。
が、しかし。
それが事実ならそんな場合ではない。
「ちょ、ちょっと待ってください…!」
俺は何とか声を絞り出してそう答える。
「実を言うとあまり時間はありませんので、お早めに」
「というか、門倉さんは今どこに居るんです?」
現状を把握する為に門倉さんにそう尋ねると、門倉さんは落ち着き払った様子で答える。
「私は今丁度アジトから離れたコンビニの近くですね」
コンビニ…ということは駅前辺りだろうか?
「分かりました、すぐに向かいます!」
「では、お待ちしております」
と、言った具合で門倉さんとの通話は途切れた。
「四季ちゃん…?今から、行くって本当?」
「そうっすよ、ちょっと待つっす!話が大きくなりすぎてるっすよ!元々半グレ集団だって相当ヤバイのに…ヤクザとの繋がりまであるやつらの所に乗り込むって…四季っち正気っすか?コンちゃんには悪いっすけど、一般人の手に負える話じゃなくなってきてるっすよ!?今からでも遅くないっす!そんな奴らなら警察に任せる方が絶対いいっすよ!」
樹は鋭い眼光をこちらに向けて、俺の顔をしっかりと見据えている。
花奈は席を立ち眉尻を下げて俯き、切羽詰まった様な表情で胸に手を当てて言う。
確かに花奈の言う通りだ。
だが、ここまでやってきたのはコンの為だ。
いや…実際はそうじゃないかもしれない。
最初は確かに神様に依頼された事に胸を躍らせ、浮かれていた自分がいた。
非日常…俺が好きな漫画やアニメやゲームの世界に自ら接触出来たその事に喜びを感じていた。
本当は自分の為なのに、それをコンの為だ等と言い聞かせて、動いてきたのだ。
だが、実際問題現実は非常である。
非日常であるとは言い換えれば、無法地帯であり、法律に守られている普通の暮らしとは違い、それはもう常に危険と隣り合わせであり、何があるのか想像もつかないのだ。
下手をすれば最悪命を落とすこともあるかもしれない。
もっと言えば、母さんやばあちゃんたちを巻きこむ可能性もある…というか、既に一度その可能性はあったのだ。
たまたま反応が消えたというだけで、それは妄想や幻想などではなく、確たる事実であり、真実だ。
そう言った命の危険性やリスクがある事を踏まえて、樹と花奈は恐らくそう言っているに違いない。
「四季…?」
隣に座るコンは瞳を潤ませ、不安げな表情でこちらを覗き込んでいるが、俺はそんなコンの頭にポンと手を置くと、目を閉じ、腕を組み数秒間を空けて、静かにゆっくりと頷いた。
「大丈夫だ。危険なのは十分分かってる…でも、それでも…それでも俺は行くよ!」
ゆっくりと発せられた言葉に、花奈は口を押え、首を左右に振り、信じられないという顔でこちらを見ている。
「ねえ、四季ちゃん?勇気と無謀は違う物なのよ?」
樹は相変わらず腕を組み、鋭い眼光で威圧するかのようにこちらを覗き込んでいるが、俺がそう言うと暫くして、樹も観念したかのように一度大きなため息を吐くと、肩を落として脱力した。
「分かった、降参よ…。何がそこまで四季ちゃんを駆り立てるのかは知らないけど、やるってんならとことん付き合うわ…ま、やれるとこまでやりましょう。でも、危なくなったらすぐ撤退する事。それだけは守って頂戴?」
「すまんな、樹。俺はウソツキにはなりたくないんだ。コンと約束したからな」
と、コンの方に視線を移すと相変わらず不安げな表情を浮かべ、耳をペタンと垂れ下げていたが、俺の視線に気づくと、笑みを浮かべ首を傾げていた。
「というか、門倉さんの情報だとアジトが移るらしいから…準備もくそもないよ…。もし本当にアジトを移動されてしまったら、二度と仙狐水晶を見つけられないかもしれない。正直選択肢がない。やるって決めたならもう、行くしかないんだよ…」
再び樹の方へ視線を戻すと、樹はこちらへ鋭い眼光を向けたまま、問いかける。
「一応聞くけど、会ったばかりのその門倉さんって信用は出来るのかしら?」
「コン、お前はどう思う?」
俺はそう問いかけるとコンは耳をピンと尖らせて、ピクリと反応する。
「ワシは…その、嘘はついていなかったと思う…。嘘を吐いたり騙そうとすれば自然と悪意が生じるのじゃが…そのような気配は見えなかったし、それに…騙すとかそういうことは、あの者達はせぬと思う…のじゃ」
と、コンはゆっくりとだが自分の考えを言葉にして、伝えてくれた。
俺もコンの考えに賛同する様に言葉を続ける。
「俺も大丈夫だと思う…。地主さんがわざわざ派遣してくれた人だし、そもそも所有物を取り戻す為に動いている人間を陥れるメリットが無い…と思う。正直、確証はないけどね」
確かに確証はないが、少なくとも彼女に悪意があるのなら俺は現時点で詰んでいる。
そうじゃないと言える根拠は出会ってすぐに人を派遣してくれたのと、こちらの事情を理解してくれたという点、そしてコンの言葉が一番大きい。
「そう…二人がそう言うなら、私も信じるわ。ということで今から乗り込むのよね?じゃあ、薬局によって貰えるかしら?荒事になる可能性が高いからバンテと雑誌だけは買わないとね」
バンテージと雑誌って…昭和のヤンキー漫画かよ!と冷静に突っ込みそうになってしまったが、全くの無防備で飛び込むよりは幾分かましだろう。
「…分かった。んじゃあ、行くか…」
と、俺が声を掛け立ち上がるると、コンは静かにコクリと頷き、俺の後に続いてリビングを後にする。
しかし、一人浮かない顔をしている花奈は、席に腰掛けたまま俯いたまま、黙りこくっていた。
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