第74話 アルビノ美人とガラス玉(3)

 門倉さんはにこやかにほほ笑むと、イリスさんの左横に立ち、茶菓子を取り分け、手渡していた。


「えと、とりあえず…よろしくお願いします…で、いいのか?」


「ええ、主からのご命令とあらば、しかとやり遂げて見せましょう」


「頼りにしているわ門倉。ところで…」


 と、一旦話が纏まった辺りでイリスさんはコンに目を向ける。


「さっきからその棚ずっと見てるけど…食べても良いのよ?」


「へぁっ!?」


「どこから声出してるんだよ…」


 イリスさんが俺達との会話に夢中になっていると完全に油断していたのか、会話の矛先を向けられたコンは、一瞬間抜けな表情を浮かべたが、すぐに神妙な顔つきに戻り、頬っぺたをぷくりと膨らませて、頬を紅潮させていた。


「いや、違うぞ!べ、別にそんな…おいしそうじゃなぁ…とか、良い匂いじゃな―とか…そんなことは思っておらんのじゃ…じゅるりっ!」


 語るに落ちたとはこのことか。


「思いっ切り顔に書いてあるが?」


「う、嘘じゃ!いつじゃ!誰がワシの心を読んだ!妖術か!?呪いの類か!?」


 俺が指摘すると、コンはわたわたと左右を見渡し辺りを警戒する様に耳をペタンと畳み込むが、今更取り繕ったところでもう遅い。


「いや…顔を見れば誰でも分かるわ!というか涎を拭け!みっともない!」


「あうっ!暴力反対なのじゃ!しかし…お許しがでたのじゃ…その、ピンクのやつ…貰っても良いか?じゅるじゅる…」


 俺は一発軽くデコチョップをかましてやると、コンは後ろにのけ反り、必死に手でおでこを抑えるが、目の前に魅力的な餌をぶら下げられては、痛みもそっちのけで、涙目になりながら涎を垂らし、カラフルな色のケーキを指さしてリクエストしていた。


 何て逞しいというか、現金なやつなんだ。


「ええ、いいですとも。コン様、こちらお取りしますね。こちらのミルクレープもいかがですか?しっとり滑らかでもっちもちですよ?」


 そんな様子を見かねた門倉さんは、お皿を取りそこにリクエストされたケーキを取り分ける。


 リクエストされたのは一個だったが、他にもクッキーやらビスケットやら細かいお菓子も一緒に乗せてくれる辺り、流石の気遣いだなと思ってしまった。


 まあ、コンはコンで門倉さんおすすめのお菓子に夢中の様子だったのだが。


「みるくれーぷ!?なんじゃその…甘美な響きの食べ物は…ふふ、ワシの尻尾と同じく黄金に輝く生地じゃ…ふふ、黄色い食べ物に不味い物はないのじゃ!それも、頂くのじゃ!」


 先程まで借りてきた猫…いや狐か?状態だったのだが、今は正に水を得た魚…餌を得たコンだった。


 甘いお菓子を前に、食べていいと許可がでたので、コンは目をキラキラと輝かせ、皿に盛られたお菓子に顔を近づけて興味深げに観察していた。


 匂いを嗅いだり、指先でちょこんと触れてみたり、その動作が可愛くて、門倉さんやイリスさんも自然と頬が緩んでいた。


「ふふ、かしこまりました」


「ちょっとは遠慮しろよ…」


 と、そんなコンを尻目に俺がそう言うと、イリスさんが口を開く。


「あら、構わないわよ。残ったお菓子は包んであげるからハルさんにも持って行って頂戴?」


「その、何から何まですみません…」


 重ね重ねこの人には世話になりっぱなしであるが、本当の金持ちというのは懐が深いのだと改めて思い知った。


「いいのよ。元々あなた達の為に用意した物だし、それに…久々に館の人間以外とお話出来て私も楽しかったわ」


「そうですか…」


「ええ、だから気にしないで頂戴?」


 イリスさんはそう言うと、皿の上にあるマカロンを一つ頬張り咀嚼する。


 イリスさんが食べていると、なんでも美味しそうに見えるのだが、その点はコンと同じだなと思った。


「分かりました。ありがたく頂戴します」


 俺はそんなことを考えていたのだが、一度頭を下げてお礼すると、横で目を輝かせていたコンが話しかけてくる。


「のう、四季よ!見ろ!んふぅー!このみるくれーぷとかいう食い物は凄いのじゃ!甘くてむにむにでまったりじゃ!口の中にのーこーな甘みが広がって、もっちもちなのじゃ!」


 しっぽをぶんぶんと揺らし、耳も元気を取り戻したのかピクピクと小刻みに揺れている。


 これはあれだ、嬉しいとか美味しいとかそういう時に無意識にやっているコンの癖だ。


 これが出るってことは、相当美味しかったのだろう。


 まあ、その証拠に口の周りは悲惨な事になっていたのだが。


「コン様、これを」


 その様子に気が付いた門倉さんがさりげなく、ウエットティッシュを差し出してくれた。


 コンは食べるのに夢中でこちらの様子に気付いてなかったので、仕方なく俺はそれを受け取り、中から数枚ティッシュを引き抜くと、コンの口元にそれを向ける。


「あ、すみません。それはいいが、お前なあ…もう少し落ち着いて食べなさい…ったく、口の周りクリームでべたべたにして…ほら、拭くからこっちむいて…」


「んっ!」


 と、俺が口を拭こうとすると、コンは唇をツンと突き出して、こちらに寄りかかって来る。


 すかさずそれを拭ってやると、ぷるぷるなプリンにも負けないくらいもっちもちぷるんなコンのほっぺたと口の周りが綺麗になった。


「ふふ、仲が良いのね?」


「ええ、まるで兄妹…いえ、親子の様で微笑ましいですな」


 イリスさんと門倉さんにそう言われると、なんだか照れ臭くなってしまうのだが、そんなこともお構いなしに、コンは次なる獲物に目を付けた。


「ぬふぅ~こっちのしふぉんけーきとやらも、あまあまふかふかなのじゃあ…甘いお菓子が一杯あって…ここは天国みたいに良いとこじゃのぅ…?」


 コンは両手にシフォンケーキを持って、交互に齧りついていた。


 その際にニコニコと笑顔で頬張るその姿はまるでハムスターの様で、神様の威厳やへったくれもあったもんじゃなかった。


 いやだがしかし、コンはホントに…美味しそうに食べるなあ…。


「では、コン様こちらをどうぞ。お菓子に合うようにブレンドしております」


 門倉さんがコンにカップを差し出す。


 カップは白磁のポットと同じく、真っ白で傷一つない高級そうなものだったが、意匠で所々の持ち手の部分や底面に金色の筋が入っていた。


 その中には薄いベージュの液体が入っており、微かに湯気を立てていた。


「ん?なんじゃ?この土の様な色の液体は?」


 コンは差し出されたカップの中身を見つめて匂いを嗅いだり、中身を見つめたりと、興味深々だった。


 その証拠に尻尾がふよんふよんと門倉さんの腕に纏わりつくかのように揺れ動いていた。


「ほほほ…ミルクティーでございますよ。お砂糖をたっぷり入れておりますので、甘くて飲みやすいかと。コン様の分はもう丁度良い具合に冷えております故、どうぞご賞味ください」


 門倉さんはコンに丁寧に説明すると、カップをコンの前に置き、手を使ってジェスチャーで飲む真似をする。


 コンは注意深く門倉さんを観察しており、その様子を真似て自分の目の前に置かれたカップを両手で持ち上げ見つめている。


「おー…うむ、それなら、頂きます…なのじゃ!んぐっ、んぐっ…ぷはっ!なんじゃこれ!なんじゃこれ!」


 一呼吸おいてから、コンは意を決して口を付けると、カップの中身を一気に飲み干した。


 全部飲み干した後、コンはスッと胸元の辺りまでカップを下すと、俺と門倉さんの顔を交互に見比べあたふたと慌てふためいていた。


「どうした?」


 見かねて声をかけると、コンは我を取り戻したのか、ピタリと落ち着いてこちらを見据え、言い放つ。


「さっぱりしておるのに、甘くて、でも何かよくわからんがうまいのじゃ!」


 余程のカルチャーショックだったらしい。


 まあ、本人はよく分かってないが、とにかく美味しい物くらいの認識なのかもしれないが。


「あのなあ…何かよく分からんて…。牛乳だよ、ほらホットケーキ食った時にも入ってたろ?あれだあれ!」


「おお、みるくとは牛乳の事か!牛乳すごいの!牛の乳でこんなに美味しくてまったりなのじゃ!」


 コンは口の周りに付いていたミルクティーを舌でべろんと舐め取り、ニコニコと笑顔で飲み干したカップを眺めていた。


 どうやら余程気に入ったらしい。


「ほほほ、ミルクはコクがでますからね。たまたま良い茶葉が手に入ったので合わせてみましたが、お口に合いました様でなによりですな」


 コンの様子に釣られて、俺も置かれていた紅茶に手を着ける。


 確かに鼻腔をくすぐるのは紅茶特有の渋みと、さっぱりとした飲み口だが、喉の奥に纏わりつくような感覚は無く、スッと染み込む様な、だけどそれでいて、香りは鼻に抜けるという不思議な味わいだった。


 安いパックの紅茶しか飲んだことが無かったが、確かにこれはいつものとは一味違うと認識できる程に、美味しかったのである。


「本当に美味しいです。紅茶にはあまり明るくありませんが、渋みも少なくすっきりしていて本当に飲みやすいですねこれ。お心遣い感謝いたします」


「ええ、おきに召して頂けたのならなによりです」


「ちなみに、何て名前の茶葉ですか?よろしければ教えて頂けると嬉しいのですが…」


 これは俺も後で通販で購入して、母さんたちや樹達にも飲ませてあげたいくらい本当に美味しかったので、門倉さんに銘柄を尋ねてみたのだが…。


「ふふ、そんなに気に入ったのなら残りの茶葉も持たせてあげたら?」


「あ、いえ…そんな、そこまでは…」


 イリスさんはそう言って、門倉さんに指示を出す。


 流石にそこまでしてもらう訳にはいかないと思ったのだが、彼女は続ける。


「いいのよ、元々そのために用意したものだから。飲みかけで申し訳ないのだけどハルさんにも入れてあげて頂戴な?」


「…わかりました。本当に何から何まですみません」


「いいのよ、私の土地の物を探してくれているのだもの。これくらいはしても罰はあたらないわ」


「そうですな、ではお包みしてまいります。何かございましたらお申しつけください」


 と、色々と逆にお土産を持たされて俺達はイリスさんの所を去ることになったのだった。


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