第70話 山道と薔薇園とぽつんと一軒家

 車に乗り込むとすぐに自分でシートベルトを装着するコンの手つきはもう慣れたもので、リクライニングまで弄ってシートの最適な角度を固定すると、手足を投げ出し、エアコンから放出される冷気を身体で受け、完全にだらけ切っていた。


 この様子じゃ、神様の威厳もへったくれもあったもんじゃない。


 俺はそんな気の抜けた様子のコンに渋々と言った感じで苦言を呈するのだが、当の本人はというと…。


「あのなあ…もう少し警戒した方が良いんじゃないか?その、色々と…」


 本来なら淀みが溢れた原因を調査する所なのだが、家から出て郊外へ向かう途中に何度もコンに確認したが、全く気配は見当たらなかったそうだ。


「そんなこと言われても…気配が消えてしまったのじゃから仕方ないじゃろうに…ワシだって、ちゃんと考えておるのじゃ…。あ、えあこん、もう少し強めで頼むのじゃ」


 そう言ってコンはシートにもたれて両手を後頭部で組むと、尻尾を器用に動かして俺の左腕に絡めると、エアコンの摘みの方へと誘導してくる。


「あのなあ…一応、警戒態勢は維持しておかないと…いざって時に動けないぞ?…って、腕を引っ張るな…これでいいか?」


 と、俺が悪態を吐きながらもエアコンの摘みを捻り、一段階強めると、コンは満足げに尻尾をゆらゆらと動かし、文明の利器を存分に堪能していた。


「むふー…じゃからぁ…今の所淀みは全く感じられんから大丈夫なのじゃ。抜ける時に力を抜くのも仕事の内じゃぞ。警戒しすぎて疲れてしまっては元も子もないではないであろ?」


 チラリと運転しながら横目でコンの様子を確認すると、完全に目をつむり昼寝モードだった。


 なだらかで平らな胸が呼吸に合わせて上下している。


 今日はいつもの巫女服を履いているので、後頭部で腕を組んでいる都合上、脇の辺りから柔肌がちらちらと覗いているのを見てしまい、一瞬ドキッとしたのは秘密だ。


「…むっ!今お主、よからぬことを考えておったじゃろ?」


 コンは右目だけ器用に開けて、こちらへ尻尾を伸ばし、俺の耳の辺りをくすぐる。


 コンの尻尾が優しく敏感な耳を刺激すると、毛先のフサフサ、ちくちくとした感触にビクンと身震いする。


 俺は体をねじって尻尾を跳ねのけ、何とか姿勢を元に戻すと、運転に集中するべく視線を前方に向ける。


「おいこら、運転中だからマジでやめろ…危ないって…」


「全く、不埒な奴じゃ…まあ、安心せい、とにかく今の所は大丈夫じゃ!」


 俺が軽く注意すると、コンは呆れた様子でそう言い放つ。


「まあ…コンがそう言うなら…そうなのか?」


「うむ、問題ない。ワシは疲れたから少し寝るので着いたら起こしてくれ…あふっ」


 と、コンは一度背筋をグーっと伸ばして体制を整えると、再び目を閉じ、暫くすると完全に「くー…くー…」と、可愛らしい寝息を立てて、眠ってしまった。


「寝る子は育つ…ってか?まあ、大丈夫そうなら…目的地までは寝かせておいてやるか…」


 微笑ましいコンの様子確認して、俺は車を走らせた。


 目的地まではまだかかりそうだった。


 ◇


 運転に集中して車を走らせていると、辺りの景色が変わってきた。


 先程までは街の中といった具合で、住宅や畑といった人が住んでいるであろう居住スペースが目立った風景だったのだが、今はどちらかというと背の高い木々が立ち並び薄暗く、景色も家や畑と言った人の生活している痕跡というよりも、切り崩された崖や、好き勝手に伸び放題の雑草等、緑が多く山道を走行している感じだった。


 郊外であるこの辺は殆ど山道になっていて、ぐねぐねと曲がりくねった道をひたすら進み続けてもう既に三十分程が経過していた。


 カーナビに表示されていた目的の住所はこの先を道なりにとしか表示していないのだが、その道なりがまだまだ続きそうだった。


 背の高い針葉樹林の中を走る事一時間程でようやく目的地が見えてきた。


 薄暗い山道を抜けると、ひと際開けた場所に出る。


 そこは西洋風の建物がぽつんと立っており、山の中にこんな館があると、推理小説やそれこそ昼ドラなんかで事件が起こってしまいそうな見た目をしていた。


 俺はその辺の空きスペースに車を止めて、一度辺りを見渡してみる。


「こりゃ凄いな…地主だから金持ちだとは思っていたが、ここまでとは…」


 屋敷の入口部分には塀が立っており、鉄格子の門が最初に目に入る。


 そして屋敷の手前には噴水付きの庭園があり、庭園を埋めるのは色とりどりの薔薇の花弁だった。


 赤や青や黄色や白の花弁が美しく咲き誇り、丁度季節的に満開といった具合だった。


 噴水の手前にはバラのアーチが設置されており、見た目も美しく華やかだ。


 館の外観は古びた二階建ての建物で、白をベースにした外壁に、三角形のとんがり屋根が付いており、藍色のペンキが塗られている。


 向かって正面にあるのが恐らく本館で、その左隣には二回り程小さいが、造りや意匠はほぼ一緒の別館が建っている。


 本館に対してこちらはこぢんまりとしており、本館を学校等にある体育館くらいの広さだと想定すると、こちらは街のコンビニくらいの大きさだった。


 どちらの建物も壁には所々に長く伸びた蔦状の植物が蔓延っており、建物全体を覆っていて、外壁には窓が取り付けられており、窓枠の所にも蔦が絡んで館の雰囲気をより一層歴史あるものだと認識させられた。


 一階部分には突き出した部分があり、丁度そこが入口の様だが、その上の部分がバルコニーとなっていて、柵の隙間からテーブルと椅子がちらっと見えた。


 館の主の趣味なのか、確かにこの薔薇園を一望しながらお茶をするのは気分が良さそうだなと思った。


「良い趣味してるわ…というか、こんな豪邸に住んでるって…どんな職業の人が住んでいるのだろうか…」


 と、一人ぼそぼそとぼやいていると、本館の正面玄関から細身で長身の燕尾服…というのだろうか?を着込んだ老人が姿を見せた。


 彼はこちらの様子に気付くと、一礼してこちらに歩み寄る。


 その仕草は大したもので、こちらを待たせず、かといって優雅さを損なわない程度の早歩きだった。


 老人が門の前に来ると、一瞥してから口を開く。


「お待ちしておりました、四季様ですね?お屋形様がお待ちでございます。どうぞ、こちらへ」


「えと、連れも居ますが…いいですか?」


「ええ、構いませんよ。お連れ様もどうぞこちらへ」


 と、老人はにこやかに目じりを下げると、鉄格子の門を開き、俺達を敷地内へと招き入れる。


「起こすのでちょっと待ってくださいね…ほら、コン、着いたぞ?起きろ…?」


 俺は助手席側のドアを開き「くかー…すぴー…」と、呑気に寝息を立てているコンのほっぺを軽く叩いて覚醒を促す。


「う…んぅ…?」


「ほら、着いたぞ?地主さんに挨拶にいくからしゃんとしろよ?」


 と、声を掛けると、コンは眠たそうに眼を擦ると「くかぁ~…!」と、大きなあくびをして、ゆっくりと体を起こす。


「うぅ…まだ眠いのじゃが…仕方ないの…ふぁああ~…!」


 と、二度目のあくびをかましたところで、老人と目線ががパッチり合うとコンは口をぱくぱくさせて、一瞬固まってしまった。


「………」


「その、お嬢様はまだ眠たいようですな?では、温かいミルクティーをご用意いたしましょうか。きっと目も覚めますよ?」


 と、老人はあくまでもこちらを客人として扱ってくれていたのだが、完全に気の抜けただらけた顔を見られてしまったコンは、顔を真っ赤にして、俺の後ろに走って隠れてしまっていた…。


「くぁwせdrftgyふじこlp;@:」


「何言ってるか分からん!落ち着け!」


「あうっ!」


 と、目覚まし代わりに軽くデコチョップをかましてやると、コンは額を抑えて涙目になりながら、巫女服の裾で涙を拭っていた。


「うぅ…暴力反対ぃ~…なのじゃぁ~…!」


 と、そんな様子を見ていた老人はニコリとほほ笑み、屋敷の中へと案内してくれた。


「ほほほ…仲がよろしい事で。では、お二方こちらへどうぞ。お屋形様がお待ちでございます」


「あ、ああ…」


 と、豪邸の圧に若干気後れしながらも、俺達は屋敷の中へと入って行ったのだった。


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